1,113 / 1,646
箱庭の世界で
しおりを挟む
リナムルへ帰る間、アズールは険しい表情のまま誰とも口を利くことなく足を早めていた。時折シンやツクヨの声に、焦りから後ろに続く者達を置いていっている事に気が付き、歩く速度を落とす光景が繰り返された。
「アズール・・・大丈夫かな?」
「気が気ではないだろう。最も身近な仲間の安否が分からないんだ・・・。きっとすぐにでも現場に向かって確かめたいだろう」
実際アズールはよく耐えていた。それは彼の中に現れたミルネの存在による影響が大きいだろう。何故あの時、都合よく彼女の姿が瞼に浮かんだのか。そして何故、研究員達を救助するという未来へ歩ませたのか。
それは彼女の姿を想像したアズール自身にも分からない事だった。
暫く森の中を歩み、間も無くリナムル付近へとやってこようかというところで、数名の気配がシン達の元へと近づく。獣の気配を身につけているシンとツクヨは、すぐにその接近する者達の気配に気がついたが、アズールは別のことで頭が一杯だったようで声を掛けられるまでその気配までも感じとれていなかった。
「見ろ、獣人族と人間の冒険者だ」
「迎えに来てくれたのかな?」
ツクヨが呑気な反応をしていると、やって来た者達の顔は先程のアズールのように強張っていた。合流した後、アズールがやって来た獣人族にどうしたのかと尋ねると、先にリナムルへ到着したエルフ族から、ガレウスやケツァルらが残った研究所への隠しポータルの場所で起きた出来事を聞き、動ける者で実力のある者達を集め様子を見に行く所なのだと語った。
「アズール!」
「分かってる!コイツらはお前達に任せる。俺も共に行こう」
聞かずとも行きたそうにしているアズールの様子を察したシンが声を掛けると、アズールも初めからそのつもりだったと言わんばかりに、研究員達のことをシンとツクヨに任せ、偵察隊に加わる。
「しかしアズール!アンタは今の今まで戦っていたのだろう?その・・・大丈夫なのか?」
「弱音など吐いていられん。すぐに向かうぞ。敵残党が残っていたら残らず始末する」
「始末って・・・!あんなのそう簡単にはッ・・・」
アズールの身体はWoFのユーザーであるシンやツクヨの身体とは違い、エンプサーとの戦闘で受けた傷やダメージが抜けていない。自然治癒能力も獣人族として元から備わっている常識の範囲を出ない。
アイテムを用いた回復や治療を施す他に、彼のダメージを回復する術はない。だがアズールはそんな事を心配する暇があるなら、一分一秒でも早くエルフ達の見つけた現場へ向かうぞと鋭い視線を向けた。
「我々の仲間に回復魔法を使える者がいる。貴方さえ良ければ移動しながら回復をしよう」
「それは助かる。この恩は武勲にて返そう。では行くぞ!」
既に位置を把握しているアズールは、颯爽と先陣を切り偵察隊を連れて来た道を戻って行った。
「彼らはどこへ?」
その様子を見ていた研究員の一人が、シン達に事情を伺う。一行は移動しながら研究所へ辿り着いた道のりと方法を研究員に話すと、彼は驚いたような反応をしていた。
「そうか。だから我々はあそこから抜け出せなかったのか・・・」
「抜け出す?」
シン達の話を聞き、研究所の周りに隠された移動ポータルがあることを初めて知った様子の研究員の男。どうやら研究所内では、何人か外へ逃げ出そうとしていた者達がいたようだった。
その大半は帰ってくる事もなく、消えた代わりに別の研究員が補充されていったと彼は語った。外へと向かった者達の中に、重要な役割を任されていた研究員の一人がいた。
彼だけは何事もなく研究所へ戻ってくると、まるで別人のようになって戻ってきたそうだ。暫くして、ダマスクのように生物の意思や記憶に関する研究で生まれた能力により、外での記憶を取り戻すことがあったのだと語った。
その男によれば、研究所の周りの森はどの方角へどれほど外へ向かおうと、必ず研究所へと戻って来てしまうのだと語ったのだという。
つまり研究所で働かされていた彼らも、あの空間に閉じ込められていたということだ。用がある場合は、外から一方的に上層部の人間が荷物や新たな実験材料と資料を持ってやって来るのだという。
だが、外から来る者達の顔も名前も、研究員達は誰一人覚えていなかったそうだ。それは記憶を取り戻したという研究員も例外ではなく、上層部の者がやって来たのと同時に思い出した筈の外の仕掛けすらも忘れてしまっていたそうだ。
研究員達は研究所という限られた箱庭という空間で、ただ言われるがまま研究をしていたに過ぎない。しかしその研究所自体も、何処かにある別の空間なのか、誰かによって作られたものなのか。定められた空間の箱庭に過ぎなかったのだ。
「じゃぁなんだ?俺達は作られた空間の中で、あの研究所を破壊したと?」
「恐らくは・・・」
「つまりどういう事・・・?」
「あの規模の空間が作られたものだとしたら、他にも似たようなものが幾つもあるのかも知れない・・・」
「その内のどれかに、オスカーが言っていた生物燃料にされた子供達の本体がいる!?」
アークシティという場所、組織がどれ程の技術力を持っているのかはシン達にも分からないが、その勢力の中には大規模な空間を作り出し、それを維持し続けるだけの能力を有している事になる。
それが技術力による組織的な力なのか、或いは何者かによる個人の能力なのか・・・。
「アズール・・・大丈夫かな?」
「気が気ではないだろう。最も身近な仲間の安否が分からないんだ・・・。きっとすぐにでも現場に向かって確かめたいだろう」
実際アズールはよく耐えていた。それは彼の中に現れたミルネの存在による影響が大きいだろう。何故あの時、都合よく彼女の姿が瞼に浮かんだのか。そして何故、研究員達を救助するという未来へ歩ませたのか。
それは彼女の姿を想像したアズール自身にも分からない事だった。
暫く森の中を歩み、間も無くリナムル付近へとやってこようかというところで、数名の気配がシン達の元へと近づく。獣の気配を身につけているシンとツクヨは、すぐにその接近する者達の気配に気がついたが、アズールは別のことで頭が一杯だったようで声を掛けられるまでその気配までも感じとれていなかった。
「見ろ、獣人族と人間の冒険者だ」
「迎えに来てくれたのかな?」
ツクヨが呑気な反応をしていると、やって来た者達の顔は先程のアズールのように強張っていた。合流した後、アズールがやって来た獣人族にどうしたのかと尋ねると、先にリナムルへ到着したエルフ族から、ガレウスやケツァルらが残った研究所への隠しポータルの場所で起きた出来事を聞き、動ける者で実力のある者達を集め様子を見に行く所なのだと語った。
「アズール!」
「分かってる!コイツらはお前達に任せる。俺も共に行こう」
聞かずとも行きたそうにしているアズールの様子を察したシンが声を掛けると、アズールも初めからそのつもりだったと言わんばかりに、研究員達のことをシンとツクヨに任せ、偵察隊に加わる。
「しかしアズール!アンタは今の今まで戦っていたのだろう?その・・・大丈夫なのか?」
「弱音など吐いていられん。すぐに向かうぞ。敵残党が残っていたら残らず始末する」
「始末って・・・!あんなのそう簡単にはッ・・・」
アズールの身体はWoFのユーザーであるシンやツクヨの身体とは違い、エンプサーとの戦闘で受けた傷やダメージが抜けていない。自然治癒能力も獣人族として元から備わっている常識の範囲を出ない。
アイテムを用いた回復や治療を施す他に、彼のダメージを回復する術はない。だがアズールはそんな事を心配する暇があるなら、一分一秒でも早くエルフ達の見つけた現場へ向かうぞと鋭い視線を向けた。
「我々の仲間に回復魔法を使える者がいる。貴方さえ良ければ移動しながら回復をしよう」
「それは助かる。この恩は武勲にて返そう。では行くぞ!」
既に位置を把握しているアズールは、颯爽と先陣を切り偵察隊を連れて来た道を戻って行った。
「彼らはどこへ?」
その様子を見ていた研究員の一人が、シン達に事情を伺う。一行は移動しながら研究所へ辿り着いた道のりと方法を研究員に話すと、彼は驚いたような反応をしていた。
「そうか。だから我々はあそこから抜け出せなかったのか・・・」
「抜け出す?」
シン達の話を聞き、研究所の周りに隠された移動ポータルがあることを初めて知った様子の研究員の男。どうやら研究所内では、何人か外へ逃げ出そうとしていた者達がいたようだった。
その大半は帰ってくる事もなく、消えた代わりに別の研究員が補充されていったと彼は語った。外へと向かった者達の中に、重要な役割を任されていた研究員の一人がいた。
彼だけは何事もなく研究所へ戻ってくると、まるで別人のようになって戻ってきたそうだ。暫くして、ダマスクのように生物の意思や記憶に関する研究で生まれた能力により、外での記憶を取り戻すことがあったのだと語った。
その男によれば、研究所の周りの森はどの方角へどれほど外へ向かおうと、必ず研究所へと戻って来てしまうのだと語ったのだという。
つまり研究所で働かされていた彼らも、あの空間に閉じ込められていたということだ。用がある場合は、外から一方的に上層部の人間が荷物や新たな実験材料と資料を持ってやって来るのだという。
だが、外から来る者達の顔も名前も、研究員達は誰一人覚えていなかったそうだ。それは記憶を取り戻したという研究員も例外ではなく、上層部の者がやって来たのと同時に思い出した筈の外の仕掛けすらも忘れてしまっていたそうだ。
研究員達は研究所という限られた箱庭という空間で、ただ言われるがまま研究をしていたに過ぎない。しかしその研究所自体も、何処かにある別の空間なのか、誰かによって作られたものなのか。定められた空間の箱庭に過ぎなかったのだ。
「じゃぁなんだ?俺達は作られた空間の中で、あの研究所を破壊したと?」
「恐らくは・・・」
「つまりどういう事・・・?」
「あの規模の空間が作られたものだとしたら、他にも似たようなものが幾つもあるのかも知れない・・・」
「その内のどれかに、オスカーが言っていた生物燃料にされた子供達の本体がいる!?」
アークシティという場所、組織がどれ程の技術力を持っているのかはシン達にも分からないが、その勢力の中には大規模な空間を作り出し、それを維持し続けるだけの能力を有している事になる。
それが技術力による組織的な力なのか、或いは何者かによる個人の能力なのか・・・。
0
お気に入りに追加
302
あなたにおすすめの小説
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
スキル盗んで何が悪い!
大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物
"スキル"それは人が持つには限られた能力
"スキル"それは一人の青年の運命を変えた力
いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。
本人はこれからも続く生活だと思っていた。
そう、あのゲームを起動させるまでは……
大人気商品ワールドランド、略してWL。
ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。
しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……
女の子の正体は!? このゲームの目的は!?
これからどうするの主人公!
【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる