World of Fantasia

神代 コウ

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心を動かす存在

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 一人残って爆弾の起爆スイッチを握る手に力の入るアズール。必死に研究所内から出てくる研究員達と彼らの悲鳴を聞きながら、どうするべきかと判断に迷っていた。

 「ガレウス・・・ケツァル・・・。俺は奴らが憎いッ!直接関与していなくとも、奴らはミルネを攫い死に追いやった・・・。俺はッ・・・!」

 起爆スイッチにアズールの指が掛かる。厳密にはアズールの嘗ての仲間であり恋仲であったミルネの生死は不明だった。しかし、行方不明になったその日から随分と長い歳月が経っている。

 普通に考えれば生存はあり得ない。何処かで生きていたとしても、必ず獣人族の里には戻ってくる筈と皆考えていた。それでも、待てど暮らせど彼女らが一族の元へ戻ってくる事はなかった。

 仲間達にももう諦めろ、憎しみを糧にしろと過去のものにする事を薦められた。そうでなければアズールの歩みが止まってしまう。獣人族の長としての期待が集まるアズールを、そこで立ち止まらせる訳にはいかなかったのだ。

 その時に彼が誓ったのは、これ以上皆の前でミルネの事を思い引きずるのをやめるという事。強靭な身体能力を誇る獣人族の長として、多種族にも同種族の者達にも、弱いところは見せられない。

 様々なプレッシャーが掛かると共に、アズールの決意と覚悟も決まっていった。そう思っていたのだが。いざ大きな決断を迫られると、決まって彼の中に彼女の姿が浮かんでいた。

 無論、それを誰かに話す事はなかったが、彼の中の彼女はいつも彼を正しい道へ導くようにして励ましてきた。そう思うことで、アズールはその考えが正しいと信じて迷わず歩み出すことが出来たからだ。

 そして今、まさにアズールの中に再びミルネの姿が浮かんでくる。彼女は何も喋らない。いつもとは遠くに彼女の姿が見えていた。そして優しく微笑む彼女を見てアズールは・・・。



 エルフの作ったポータルの先。研究所を爆破して戻ってくるて筈となっているアズールを待っているシンとツクヨ。他の面々は既にその場を立ち、リナムルへと向かっている。

 あそこにはミアもいる。何か緊急の事態が起こっていれば、WoFのユーザーでる彼ら得中の連絡手段、メッセージを用いて何かしらの連絡がある筈。その緊急の連絡がないことが、二人にとってミア達が今も尚無事でいる照明になっていた。

 そして遂に、ポータルに動きが見られた。何かがポータルを通って二人の前に現れる予兆。シンとツクヨはすぐさま戦えるよう戦闘体勢を整える。歪む空間の先にシルエットが浮かんでくる。

 息を呑んで見守る二人。そのシルエットがアズールなのか。はたまた後を追ってきた黒いコートの人物か。次第に明確になるシルエットは、大柄なものだった。

 一瞬、二人はその姿を見て肉体強化済みのアズールを思い浮かべたが、大きくなるシルエットは、明確になると同時に歪な形になっていく。

 「シンッ・・・!」

 「あぁ、気をつけッ・・・!?」

 神経を研ぎ澄まし、一瞬で全力をたたみ込めるよう身構えていた。そこへ現れたのは、白衣を着た何人もの人間だったのだ。慌てふためくその者達は、移動して来た先で自分が何処に飛ばされたのかを確かめるように周囲を見渡していた。

 「おっおい、アンタ達は・・・」

 「ここは何処なんだ!?私達は助かったのか!?」
 「獣人が私達を捲し立ててきて・・・」
 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・」

 「獣人だって?シン、もしかしてアズールが遅かったのって・・・」

 ツクヨが言わんとすることはすぐにシンにも伝わった。アズールは彼らの進言を聞き入れ、研究所の職員及び研究員達をポータルへ誘導し逃したのだ。

 アズールにどんな心境の変化があったのかは彼らには分からないが、二人はポータルから次々にやって来る彼らをまとめ上げ、周囲に散らばらぬように努めた。

 シン達はまだこの場を離れる訳にはいかない。かといって彼らだけでリナムルへ向かわせるのも危険だ。研究員達を逃しているということは、もう間も無く彼もそのポータルを潜ってこちら側へとやって来る筈。

 二人はホッと胸を撫で下ろし、アズールの帰りを待った。



 一方、ポータルの反対側。研究所のエリア内では、研究所から逃げ出して来て者達をポータルの方へ放り投げるアズールの姿があった。彼は肉体強化をした状態で研究員達を捲し立て、多少の怪我など知ったことではないといった様子で彼らを摘み上げ、次々にポータルの方へと投げていった。

 「死にたくねぇ奴らは走れ!そう長くは待たねぇぞ!?」

 「ヒィィィ~!」
 「ゆ、許してくれぇ~」
 「乱暴は止してくれ。私達は何も知らなかったんだ」

 「黙れ。俺の気が変わらねぇ内に、とっととポータルへ入れ!モタモタしてッと全員まとめて吹き飛ばすぞッ!!」

 研究所から逃げ出してくる人の波が収まると、アズールは暫くした後にその場を離れ、自身もポータルの方へと向かう。そして最後に研究所の出入り口を見つめ、誰も出てこない事と周囲に逃げそびれた者がいないか確認し、遂にその爆破の起爆装置を起動させた。

 大地を揺らすほどの大きな揺れと音が周囲に響き渡る。周りにいた野生動物達が逃げていく音が聞こえる。鳥達が羽ばたき、木々の葉が激しく舞い散る。そして建物の屋上が爆破の影響で瓦礫を空へと吹き飛ばしながら、地上の研究所は崩壊し周囲を明るくする程の大炎上を起こしていた。
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