1,099 / 1,646
改造の成れの果て
しおりを挟むリフトへ戻る際は、アズールと共に潜入した時のように姿を偽る事はせず、エルフ達を逃した時のように物陰に隠れながら進んでいく。
リフトで戦った百足男ことセンチの一件を考えれば、地下にはセンチの他に別の戦闘員が待ち構えている事を予想していたエイリルは、その時の為に魔力を温存していたのだ。
そして漸く戻って来た彼は、扉の向こうにリフトの無い光景を目にする。巨大生物によって地下へ運ばれていた構造を知ってから目の当たりにすると、初見の時とはまた別の不気味さを感じる大穴だった。
真っ暗で何も見えない深淵に視線を向けるエイリル。地下へと降りて行った巨大生物は最深部まで到達したのだろうか、彼のいる位置からは移動する音すら聞こえてこない。
「・・・大丈夫、行ける・・・行ける。俺は行けるッ・・・!」
奈落へと通じているかのような大穴を前に、足のすくまない者などいるのだろうか。エイリルは無音の大穴を、壁沿いに飛び降りいつでも巨大生物が登って来ても避けられるように対策を取る。
エイリルはエルフの羽を広げ、落下の速度と位置を微調整しながら闇の中へと身を投じる。どこまで落下するかも分からない中、歴戦の戦士であっても心を飲まれてしまいそうになるのを耐えながら、聞こえてくる音と気配にも気をつけていた。
その頃、シン達を倒したと思い込んだ百足男のセンチは、彼らの身体をエンプサーの眷属に引き渡し、巨大生物の待つリフトへと戻り、再び地上へと上がって行く。
「ったく・・・面倒事は全部俺にふっかけやがって。その上実験体まで奴の物かよ・・・。まぁだが、アイツはエルフの事は知らねぇようだしぃ?そっちは俺が頂いちまってもいいよなぁ?」
するとセンチはリフトから抜け出し、巨大生物の体表へと姿を表す。まるで体内から皮膚を突き破り現れる寄生虫のように巨大生物の中から出てきた彼は、大穴の外壁へ向けて、袖からムカデの身体を伸ばす。
先端を壁に突き刺すと、ワイヤーアクションのようにムカデの身体を伸縮させて、上方へと飛び上がって行った。
「もう待ちきれないぜッ!エルフなんてそうそう実験には使えねぇんだ。恋しくて恋しくて胸がはち切れそうだ!待ってろよぉ~!俺が髪の一本まで余す事なく有効利用してやるからよぉ!」
センチと言う百足男も、エンプサーに負けぬ程に狂った研究者の一人だった。彼もエンプサーと同じく自分の身体を弄り回した異形の存在。しかし、エンプサーのようにベースの肉体がラミア族などといった意思を持つ種族ではなかった。
センチのベースとなった姿とは、一匹のムカデそのものだったのだ。
アークシティの研究員達により、初めは虫にも意思を宿せるかという実験から始まり、肉体の膨張や自らの意思を持てるかと続き、次第に彼は人間の肉体へと変化する能力を手に入れた。
そして、まるで初めから人間だったかのように振る舞えるようにまで成長し、他の実験でモンスターのようになったムカデ達に命令を出せるようになると、地下へ資材を送る巨大生物の司令塔としての役割を与えられた。
シン達が乗っていたリフトとは、巨大生物の体内を利用した物であり、それを地下へと運んでいた巨大生物とは、センチという生命体のベースとなったムカデが巨大化した姿だったのだ。
センチは巨大ムカデの体内を自由自在に動くことが可能で、その肉体を使って自身の分身を生み出すことも可能だった。
シン達をリフト内で襲っていたのは、巨大ムカデの血肉を使って生み出したセンチの分身体に過ぎなかった。故に分身体にダマスクが干渉しようとしても、意識を乗っ取ることは叶わず無効化されてしまっていた。
巨大ムカデの血肉は無限に近いほど貪ることができる為、いくらでも分身体を作り出せる。しかし、それは巨大ムカデと接触している間に限られる。意思の共有や命令の伝達の範囲を出れば、巨大ムカデはその名の通りただの大きなムカデになる。
意思と人の身体を手に入れたムカデであるセンチは、自らも研究者となり様々な種族と命を使った生物実験を好み、エンプサーのように自らの強化と能力の摘出を行い、本来得られる筈の無い魔法やスキルを集めていた。
豊富で特殊な魔力を持つエルフは、その中でも極めて珍しい実験体として扱われており、中々研究者達の手元へはやって来ない。それこそエンプサーくらいの役職や立場でなければ、優先順位はほぼ皆無に等しい。
故にセンチは、魔力量においてエンプサーよりも遥かに劣る。使える魔法の量も限られ、二人の肉体改造の差は広がる一方だった。密かに劣等感を抱いていたセンチは、魔力面による戦力強化ではなく、より多くの眷属であるムカデを使役し、自身の指のように自由自在にムカデを触手として扱えるようになる程、技術力を身につけていた。
センチが離れた事により、自律機動へと切り替わった巨大ムカデは、直前に出された命令に従い大穴を登っていく。それよりも早い速度で、次々に両方の袖から伸ばしたムカデの身体を使い、ワイヤーのアンカーを突き刺し巻き取るように上へ上へと飛んでいく。
そして、彼もエンプサーのように獣人族から奪い取った気配感知能力で、大穴の上方から待ちに待ったお目当ての気配が降りてくるのを検知する。
「ヒャハハハハッ!テメェの方からやって来やがったぜッ!!お前も俺が恋しかったのかぁぁぁあああッ!?!?」
それまで壁に突き刺していた触手を、真っ暗で何も見えない上空目掛けて撃ち放つセンチ。気配で降りてくる者の大体の位置は掴んでいた。ウネウネ不気味に動きながら物凄い勢いでセンチの袖から伸びるムカデの触手。
彼の検知したその気配は、その触手を紙一重で避けるとすれ違い様に剣を突き刺し、触手を裂きながら落下していく。
0
お気に入りに追加
302
あなたにおすすめの小説
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」

秘密多め令嬢の自由でデンジャラスな生活〜魔力0、超虚弱体質、たまに白い獣で大冒険して、溺愛されてる話
嵐華子
ファンタジー
【旧題】秘密の多い魔力0令嬢の自由ライフ。
【あらすじ】
イケメン魔術師一家の超虚弱体質養女は史上3人目の魔力0人間。
しかし本人はもちろん、通称、魔王と悪魔兄弟(義理家族達)は気にしない。
ついでに魔王と悪魔兄弟は王子達への雷撃も、国王と宰相の頭を燃やしても、凍らせても気にしない。
そんな一家はむしろ互いに愛情過多。
あてられた周りだけ食傷気味。
「でも魔力0だから魔法が使えないって誰が決めたの?」
なんて養女は言う。
今の所、魔法を使った事ないんですけどね。
ただし時々白い獣になって何かしらやらかしている模様。
僕呼びも含めて養女には色々秘密があるけど、令嬢の成長と共に少しずつ明らかになっていく。
一家の望みは表舞台に出る事なく家族でスローライフ……無理じゃないだろうか。
生活にも困らず、むしろ養女はやりたい事をやりたいように、自由に生きているだけで懐が潤いまくり、慰謝料も魔王達がガッポリ回収しては手渡すからか、懐は潤っている。
でもスローなライフは無理っぽい。
__そんなお話。
※お気に入り登録、コメント、その他色々ありがとうございます。
※他サイトでも掲載中。
※1話1600〜2000文字くらいの、下スクロールでサクサク読めるように句読点改行しています。
※主人公は溺愛されまくりですが、一部を除いて恋愛要素は今のところ無い模様。
※サブも含めてタイトルのセンスは壊滅的にありません(自分的にしっくりくるまでちょくちょく変更すると思います)。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
スキル盗んで何が悪い!
大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物
"スキル"それは人が持つには限られた能力
"スキル"それは一人の青年の運命を変えた力
いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。
本人はこれからも続く生活だと思っていた。
そう、あのゲームを起動させるまでは……
大人気商品ワールドランド、略してWL。
ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。
しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……
女の子の正体は!? このゲームの目的は!?
これからどうするの主人公!
【スキル盗んで何が悪い!】始まります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる