1,096 / 1,646
悲しき怪物
しおりを挟む
彼はそれに気付いても、誰に相談する事も出来ずどうする事も出来ない。行き場の無い悲しみと疑問は、日を追うごとに積み重なるばかり。とてもではないが、真っ当な人間が一人で抱え込める容量をとっくに超えていた。
それでも実験は日に日に残酷なものへと変わっていく。いつしかラウルの心は壊れてしまった。考えてもどうする事も出来ない事には目を瞑り、目の前の研究がどのような結果を生み出すのかだけを考えるようにした。それが唯一、彼が命を繋ぎ止める為の方法だったからだ。
一方で、ラミア族という種族でありながら人間であるラウルに協力し、森の研究所で医療まがいの事をしていたエンプサーは、ラウルとは別の場所で研究を手伝わされていた。
彼女もラウルと同じく生き物を使った実験や研究に携わっていたが、彼ほど心を壊してしまう事はなかった。それは彼女が冷たい心の持ち主だったからなどという理由ではなく、単純に実験体となった生物に対して感情移入が出来なかったからだった。
生物としての種族が違えば、他の種族に対して生まれる感情にも違いがあるのは当然の事だろう。蟻や蚊を潰して殺すのに、感情を押し殺し涙を堪える人間がいるだろうか。
大半の人はそんなことすら考えたことは無いのではないだろうか。エンプサーが抱いていた感情もそれと同じだった。ラウルや研究所の為と、研究と実験を強要される恐怖はあったが、仕方のない事と割り切り言われるがまま、成すべきことを成していたに過ぎない。
そんなある日、姿を見せぬラウルが心配になったエンプサーが、地下に設けられた研究所内を休憩時間を利用し散策していると、並べられた大きな実験用容器の中に何処か懐かしさを感じる生物が入れられているのに気がつく。
彼女が感じた感情が何なのか、その生物が一体何なのかという確信はなかったが、エンプサーはその生物に妙に惹かれるようになる。
結局彼女がラウルと再会することはなかったが、歳月が過ぎ彼女が献身的で従順な態度を示した事により研究所内でもそれなりの地位と立場になった頃、研究室内にて過去の資料を目にする機会があった。
実験を行った被検体の様子や実験結果は、どの個体も須くデータとして記録されている。その中の一つにあった個体データに、彼女の目を引く者がいた。
それはラウルという心を失った人間種の個体であると記されていた。資料には見覚えのある顔写真が添付されており、今も研究所内に彼がいることを知ったエンプサーは、急ぎ彼が収納されているという研究室へと向かう。
しかしそこに並べられているのは、とても人間が入るような大きさの容器など無く、棚に並べられた容器は人間の女性でも片手で掴めるくらいコンパクトになった物ばかり。
中身は殆ど実験の過程で望んだ結果を得られなかったものや、処分するには惜しい個体などを保存するものだった。持ち出した資料に記されたラウルの被検体番号と、容器の番号を照らし合わせながら順番に確かめていくと、彼女はそこで長らく心の片隅で存在を気にかけていたラウルと再会する。
だがそこに居たのは、彼女の思い出の中にあるラウルとは全く別の形をした、小さく不気味な生き物の姿をしていた。保存状態である事もあり、動いている様子はなく生きていると呼べるのかすら怪しいその姿に、エンプサーは愕然としていた。
何とかして嘗ての彼を取り戻したい。新たに彼女の中に芽生えた感情は、他の何者をも犠牲にしてでも目的を果たそうとする、マッドサイエンティストを生み出してしまった。
エンプサーは自身の体すら研究の材料とし、研究所内に残されていた生き物の意思や思考、記憶の研究データを基にラウルと同じ人間の心、ラウルと同じ人間の体を求め、リナムル周辺にやって来た人間を連れ去り人体実験を行う。
人間の誘拐事件が巷で噂となり、調査のクエストが発注されるようになった事で、実験体を入手することが困難になってしまう。それどころか、研究所の存在を探る冒険者すら現れるようになり、このままでは研究を続行する事も難しくなってしまうと考えたエンプサーは、幻術や魔法による結界などを得意とするエルフ族に目をつける。
彼らを捕らえその技術の抽出を可能にした彼女は、研究所自体の隠蔽と仕掛けを作り出し、関係者以外が立ち入れぬような空間を生み出す。だがリナムル周辺にギルドの冒険者が増えた事により、表立った行動が出来なくなったエンプサーと研究員達は、敵対組織と渡り合う為に戦闘員と戦力の増強の為、生き物としてのポテンシャルの高い獣人族に目をつける。
その中で生み出した人造生物に、シン達を苦しめた百足男やダマスクのように別の生物の中に入り込み意識や肉体を乗っ取る、実体を持たない生命の研究を進める。
それぞれ百足男には“センチ“という名を。意識と肉体を乗っ取る生命には“ホロウ“という名を付けた。ホロウの研究自体は、彼女が研究所を引き継ぐ前からアークシティの研究員達によって行われており、その段階でダマスクは肉体を失いホロウへと変えられてしまっていた。
後にエンプサーが改良したホロウは、シン達が研究所へのポータルを見つけた際に襲い掛かってきた獣達に使われていたのだそうだ。ダマスクのように個の意思を持たず、目的と生存本能を植え付けられた、蔓延する意思の怪物。それが“ホロウ“だった。
奇しくも、ラウルと共に束の間の幸せを感じながら、森の研究所で助けて来た生物達を彼女は自分の目的の為に数え切れないほど捕らえては生物実験を行い、その結果として殺してきた。
もはやそこには、嘗ての彼女の姿はない。例えラウルという人間を元の姿に戻せたとしても、あの頃の温もりや心情へは戻れないだろう。
それでも実験は日に日に残酷なものへと変わっていく。いつしかラウルの心は壊れてしまった。考えてもどうする事も出来ない事には目を瞑り、目の前の研究がどのような結果を生み出すのかだけを考えるようにした。それが唯一、彼が命を繋ぎ止める為の方法だったからだ。
一方で、ラミア族という種族でありながら人間であるラウルに協力し、森の研究所で医療まがいの事をしていたエンプサーは、ラウルとは別の場所で研究を手伝わされていた。
彼女もラウルと同じく生き物を使った実験や研究に携わっていたが、彼ほど心を壊してしまう事はなかった。それは彼女が冷たい心の持ち主だったからなどという理由ではなく、単純に実験体となった生物に対して感情移入が出来なかったからだった。
生物としての種族が違えば、他の種族に対して生まれる感情にも違いがあるのは当然の事だろう。蟻や蚊を潰して殺すのに、感情を押し殺し涙を堪える人間がいるだろうか。
大半の人はそんなことすら考えたことは無いのではないだろうか。エンプサーが抱いていた感情もそれと同じだった。ラウルや研究所の為と、研究と実験を強要される恐怖はあったが、仕方のない事と割り切り言われるがまま、成すべきことを成していたに過ぎない。
そんなある日、姿を見せぬラウルが心配になったエンプサーが、地下に設けられた研究所内を休憩時間を利用し散策していると、並べられた大きな実験用容器の中に何処か懐かしさを感じる生物が入れられているのに気がつく。
彼女が感じた感情が何なのか、その生物が一体何なのかという確信はなかったが、エンプサーはその生物に妙に惹かれるようになる。
結局彼女がラウルと再会することはなかったが、歳月が過ぎ彼女が献身的で従順な態度を示した事により研究所内でもそれなりの地位と立場になった頃、研究室内にて過去の資料を目にする機会があった。
実験を行った被検体の様子や実験結果は、どの個体も須くデータとして記録されている。その中の一つにあった個体データに、彼女の目を引く者がいた。
それはラウルという心を失った人間種の個体であると記されていた。資料には見覚えのある顔写真が添付されており、今も研究所内に彼がいることを知ったエンプサーは、急ぎ彼が収納されているという研究室へと向かう。
しかしそこに並べられているのは、とても人間が入るような大きさの容器など無く、棚に並べられた容器は人間の女性でも片手で掴めるくらいコンパクトになった物ばかり。
中身は殆ど実験の過程で望んだ結果を得られなかったものや、処分するには惜しい個体などを保存するものだった。持ち出した資料に記されたラウルの被検体番号と、容器の番号を照らし合わせながら順番に確かめていくと、彼女はそこで長らく心の片隅で存在を気にかけていたラウルと再会する。
だがそこに居たのは、彼女の思い出の中にあるラウルとは全く別の形をした、小さく不気味な生き物の姿をしていた。保存状態である事もあり、動いている様子はなく生きていると呼べるのかすら怪しいその姿に、エンプサーは愕然としていた。
何とかして嘗ての彼を取り戻したい。新たに彼女の中に芽生えた感情は、他の何者をも犠牲にしてでも目的を果たそうとする、マッドサイエンティストを生み出してしまった。
エンプサーは自身の体すら研究の材料とし、研究所内に残されていた生き物の意思や思考、記憶の研究データを基にラウルと同じ人間の心、ラウルと同じ人間の体を求め、リナムル周辺にやって来た人間を連れ去り人体実験を行う。
人間の誘拐事件が巷で噂となり、調査のクエストが発注されるようになった事で、実験体を入手することが困難になってしまう。それどころか、研究所の存在を探る冒険者すら現れるようになり、このままでは研究を続行する事も難しくなってしまうと考えたエンプサーは、幻術や魔法による結界などを得意とするエルフ族に目をつける。
彼らを捕らえその技術の抽出を可能にした彼女は、研究所自体の隠蔽と仕掛けを作り出し、関係者以外が立ち入れぬような空間を生み出す。だがリナムル周辺にギルドの冒険者が増えた事により、表立った行動が出来なくなったエンプサーと研究員達は、敵対組織と渡り合う為に戦闘員と戦力の増強の為、生き物としてのポテンシャルの高い獣人族に目をつける。
その中で生み出した人造生物に、シン達を苦しめた百足男やダマスクのように別の生物の中に入り込み意識や肉体を乗っ取る、実体を持たない生命の研究を進める。
それぞれ百足男には“センチ“という名を。意識と肉体を乗っ取る生命には“ホロウ“という名を付けた。ホロウの研究自体は、彼女が研究所を引き継ぐ前からアークシティの研究員達によって行われており、その段階でダマスクは肉体を失いホロウへと変えられてしまっていた。
後にエンプサーが改良したホロウは、シン達が研究所へのポータルを見つけた際に襲い掛かってきた獣達に使われていたのだそうだ。ダマスクのように個の意思を持たず、目的と生存本能を植え付けられた、蔓延する意思の怪物。それが“ホロウ“だった。
奇しくも、ラウルと共に束の間の幸せを感じながら、森の研究所で助けて来た生物達を彼女は自分の目的の為に数え切れないほど捕らえては生物実験を行い、その結果として殺してきた。
もはやそこには、嘗ての彼女の姿はない。例えラウルという人間を元の姿に戻せたとしても、あの頃の温もりや心情へは戻れないだろう。
0
お気に入りに追加
302
あなたにおすすめの小説

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
スキル盗んで何が悪い!
大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物
"スキル"それは人が持つには限られた能力
"スキル"それは一人の青年の運命を変えた力
いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。
本人はこれからも続く生活だと思っていた。
そう、あのゲームを起動させるまでは……
大人気商品ワールドランド、略してWL。
ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。
しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……
女の子の正体は!? このゲームの目的は!?
これからどうするの主人公!
【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!

異世界無宿
ゆきねる
ファンタジー
運転席から見た景色は、異世界だった。
アクション映画への憧れを捨て切れない男、和泉 俊介。
映画の影響で筋トレしてみたり、休日にエアガンを弄りつつ映画を観るのが楽しみな男。
訳あって車を購入する事になった時、偶然通りかかったお店にて運命の出会いをする。
一目惚れで購入した車の納車日。
エンジンをかけて前方に目をやった時、そこは知らない景色(異世界)が広がっていた…
神様の道楽で異世界転移をさせられた男は、愛車の持つ特別な能力を頼りに異世界を駆け抜ける。
アクション有り!
ロマンス控えめ!
ご都合主義展開あり!
ノリと勢いで物語を書いてますので、B級映画を観るような感覚で楽しんでいただければ幸いです。
不定期投稿になります。
投稿する際の時間は11:30(24h表記)となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる