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神代 コウ

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忘れていた記憶

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 強盗致死傷罪。

 とある男の記憶では、窃盗犯が家屋に侵入し財物を強取した後、住居人が助けを求めたり通報することを恐れ、暴行・脅迫し負傷を負わせる。その際に相手を死亡させてしまう、加重類型の刑にある。

 強盗が被害者を死亡させてしまった場合の刑罰は、死刑または無期懲役に処させる。と規定されている。

 ツクヨを襲った悲劇の一夜。

 彼は現場にはいなかった。その日、彼は仕事の関係で帰りが遅くなっていた。家にはその事も伝えており、妻も娘も仕方のない事と理解していた。

 家に帰るのが遅れることは、彼の家庭では珍しい事ではなかった。申し訳ないとも思いながらも、ツクヨが漸く仕事を終わらせ帰宅すると、家には明かりが灯っていなかった。

 娘はともかく、いつもなら妻は彼の帰りを待っていてくれていた。たまに先に寝てしまう事もあったが、それは彼女の都合や体調を優先するよう日頃から言い伝えていた。

 しかし、その日の家の様子は妙だった。明かりが付いていないにも関わらず、部屋の窓が僅かに開いていたからだ。たまたま戸締りを忘れてしまったのか。それでもツクヨの中に妙な胸騒ぎがしていた。

 足を早め自宅の玄関のドアのぶに手をかけると、鍵は閉まっていなかった。人は得てして、最悪の事態から離れた現実的にあり得る事態の想像をしてしまう。

 新聞やニュースでは殺人や事故、災害や病気などによる不幸な報道が毎日のように情報として入ってくる。しかし、それを目にし耳にした者の中に、一体どれだけ危機として焦りや明日は我が身と身構える者がいるだろうか。

 殆どの者は、自分の人生や生活圏内とは無縁の話だと、どこか客観的に見てしまう、考えてしまう癖のようなものが付いてしまっている。

 故に脳裏では分かっていても、嫌な予感というものは自分の意識とはかんけえいなく程度の低い想定をしてしまう。この時のツクヨもそうだった。

 家に明かりが付いていないのは、家族が先に寝てしまったから。窓が開いているのは閉め忘れてしまったから。玄関に鍵が掛かっていないのは、閉め忘れてしまったからと、誰かが家に押し入ったなどとは考えもしなかった。

 だが彼の脳裏ではそれも想定していた筈。なのに最悪の事態を最優先で考えられなかったのは、彼もそういった癖が付いてしまっていたからなのだろう。その認識の甘さを知ることになるのは、現実のものとは思えない凄惨な現場を目にし、変えようのない真実を目の当たりにして漸くの事だった。

 実際に自分の目で出来事を目にし、真実を目の当たりにすることで最悪の事態が起こってしまったのだと、彼の意識が受け入れたのだ。心臓が熱くなり鼓動が速くなったのを、彼の身体と記憶は強く覚えている。

 何も考えられなくなり、到着した警察や救急隊の言葉もろくに入ってこなかった。だが反対に、身体はこれまでに感じたことのない鼓動を全身巡らせていた。まるで、これは夢でも幻でもないのだと言い聞かせるかのように。

 ツクヨの記憶はそこからだいぶ先まで飛んでいた。

 と、されている。本人がそう語ったからだ。

 その間、彼が何をしていたのかは誰にも分からない。しかし、警察や医者が彼の身を案じていてくれていた事から、特に何もしていなかったのだと考えていた。

 だが違った。

 それは彼が忘れてしまっていた記憶。彼がやって来た研究所。そして再会した十六夜に言われるがまま入り込んだ装置の中で、その失われた記憶が目の当たりにしていた。



 警察の事情聴取や精神科医の診断を受け、彼は自宅へと帰された。強い精神的ショックを受けており、周りからは自殺してしまうのではないかと心配されていたが、彼はそのような行動を起こす事もなく、次第に他人の興味は薄れていった。

 ツクヨは自殺など考えてはいなかった。それよりも彼は、何故妻と娘は殺されてしまったのか。何故こんな目に遭わなければならなかったのか。その理由を求めるようになっていた。

 警察の調べでは強盗殺人として捜査が進んでいた。しかし手掛かりとなる証拠もなく、目撃者や証言もないことから、捜査は難航していたようだった。呆然としていた意識の中、ツクヨの中で強く印象に残っていたもの。

 それは“犯人“という存在だった。

 犯人に聞けば、家にやって来た理由、妻や娘を殺す必要があったのか。ツクヨの求める十六夜と蜜月の死ななければならなかった理由を知ることができる。

 一見して狂気のようにも思える発想だが、過度なストレスにより心身共に極限状態に落ちいた者の考えることなど、常人には決して理解し得ぬもの。彼にとってはその理由を知ることが全てだった。

 その為なら、例え死んだって構わない。死んで二人に会えるのなら、それも良いとさえ思っていた。失うもの、恐怖という感情を無くしてしまった人間は、他人から見れば悪魔のようにも見えたかもしれない。

 ツクヨの意識の中に入り込んだダマスクが見たのは、そんな人間の悪魔のような所業の一部始終だったのだ。
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