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神代 コウ

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彼らを覆う気配

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 百足の攻撃を引き受けるシンの裏で、アズールはこれまで以上に意識を集中させ、気配探知の効果を最大限に引き出す。今に至るまで、アズールが周りの気配に気を配っていなかった訳ではない。

 敵に囲まれ襲撃を受けること、待ち伏せされ囚われてしまう事態を避ける為、警戒には細心の注意が払われていた。それこそ現在はリフトとなって一行を地下へ運ぶこの部屋で、リフトとしての機能を起動させるためレバーを見つける手掛かりともなった、どこにでもいるような小さな虫の気配を拾うほどに。

 すると彼は、とある気配の異変に気づき始めた。それは敵地の中ということで、多くの人や実験体の反応があるとされる中では、疑問にすら思わないような事。しかし、今にして思えば妙に感じる異変を彼は口にした。

 「この部屋に俺達や奴、それに百足ども以外の気配はない・・・。だが、地下に近づいてるせいか生物の気配自体は強く感じる」

 「強い気配・・・?それは一人の強敵って意味か?」

 「いや・・・数ではない。強く大きな・・・気配の塊というべきか。一箇所に気配が集まってるような、過去にこんな気配を俺は感じたことがないッ・・・」

 獣人というものに出会い、これまで見せたことのない焦りの表情を見せるアズール。不確かなその気配が、彼一人の勘違いではないことを証言するように、百足の拘束から脱出する為、毒を用いて身を削っていたエイリルが言葉をかける。

 「アンタの感じたものは、決して勘違いなどではない」

 毒に侵され死にそうな状態にあったエイリルのものとは思えぬ声に、アズールは声のする方へ顔を向ける。そこには以前の姿からは想像もできない、普段と変わりない姿のエイリルが、妖精のエルフ族を救出して立っていた。

 「エイリル!お前・・・毒は?」

 「言っただろ?俺には耐性がある。それに彼らのサポートのおかげで、想定していたよりも遥かに早い回復が出来た」

 無事に百足の拘束から救い出したエルフ族を引き連れたエイリルは、自らのスキルで発生させた毒による汚染を綺麗に取り除き、聖霊という視点からも周囲の気配を既に探っていたようだ。

 「それよりも気配の話だが・・・。確かにアズールの言う通り、地下に近づいた事によって反応は大きくなっている。だが上で感じた研究員達の気配のように、施設内の複数箇所に感じるというよりも、一箇所に大きく感じると言った方が正しい」

 ハッキリしない言い方に、百足の攻撃を防いでいたシンが、気配というものにより詳しい二人に詳細を問う。

 「つまりどういう事だ!?ここに奴の本体がいるのか!?」

 「俺らだって分からねぇんだ!エイリル!お前はまずそいつらを安全なところへ連れてくんだろ?」

 「あぁ、そうだな。ここから下はより激しい戦闘が予想される。彼らには地上の施設の外で待機してもらう。地下からの脱出は自力で行う事になるから、その点は覚悟してくれ」

 当初予定していた一行の脱出方法は、妖精のエルフ達による別の場所へ移動することのできるポータルによるものだった。だが、今目の前にいる敵のように、珍しい種族であるエルフを目にすれば、躍起になって手に入れようとする事が想像できる。

 彼らを失えば、そもそもガレウスやケツァル達の元まで帰ることもできないかもしれない。せめて今すぐそこに差し迫っている脅威からエルフ達を逃すため、一時的にエイリルはリフトを離れ地上へ向かうことを決める。

 壁と天井に覆われた部屋に外へ通じるポータルのような穴を開け、戦線離脱を図るエイリル。当然百足男はそれを見逃す筈もなく、シンへ差し向けていた百足達を一斉に逃げようとするエイリル達の元へ向かわせた。

 「貴重なエルフをよぉ、みすみす見逃す筈がねぇだろうがよぉ!」

 四方八方から逃げようとするエイリル達を取り囲む複数の百足。床を這いずり壁を登り、天井にしがみ付いた百足達が息を合わせたように飛びかかる。しかしその襲撃を防いだのは獣人族のアズールだった。

 「またお得意の誘拐かぁ?目の前でされて、見逃す筈ねぇだろうがッ!」

 彼もまた、百足の拘束から脱出する際、肉体の強化と急速な解除により足を痛めていた。だがエイリル達を逃す為に、もう片方の足を強化し凄まじい勢いで百足の群れの前に立ちはだかり、目にも止まらぬ速さの蹴りと手刀で弾き飛ばした。

 アズールの勇姿を目にしたエイリルは、少しでも残される彼らの役に立てばと、残りの魔力で精一杯の回復魔法を使用する。すると、負傷していたアズールの足は元に戻り、これで万全の状態で迎え撃つことが出来るようになった。

 「餞別だ。だがすぐに戻る。それまで・・・」

 「分かってる!だからお前は何も考えずそいつらを地上へ連れて行け!」

 背中越しに語るアズールに、エイリルは無言で頷き妖精のエルフ達が開けた穴を通り、リフトとなっている部屋を脱出する。ポータルが閉じる前に妖精のエルフ達も次々に飛び込んでいき、無事に彼らはその場を離れる事に成功した。

 「チッ・・・!エルフなんざそうそう出会えるモンじゃねぇのに・・・。余計なことをしてくれたなぁ!?」

 「余計も何も、テメェから姿を現したんだろ。狙い通りに事が運んで図に乗るのは三下のお約束だな」

 「何ぃ・・・?」

 一行を捕らえたことで慢心し、あろうことか姿すら目の前に晒した百足男を挑発するアズール。本体の気配が読み取れぬのであれば、こちらから引き摺り出してやろうという魂胆なのだろうか。

 「アズール!」

 「足も治った。今度は俺も戦うからよぉ。一気に畳み掛けるぞ!」

 足並みを揃えたシンとアズールは、分身なのか分裂体なのか、目の前の百足を使役する男を始末し、相手の出方を伺おうと共闘を開始する。

 一方、リフトから脱出したエイリルと妖精のエルフ達は、リフトが移動していた大穴を飛びながら地上へと上がっていく。真っ暗でほぼ何も見えぬ中で、彼らはうっすらと見える大穴の壁に、ふと視線を送る。

 登っている彼らに対し、壁の凹凸は下へ落ちていくように流れていくのだが、目を凝らして見てみると、その下へ流れていく光景にはある違和感があった。

 真っ直ぐ地上を目指していた彼らに対し、流れていく光景は下へ向かうだけではなく、左右や時には上へも僅かに動いている事が分かった。異変に気づいたエイリルは、再び周囲の気配を探ってみると、リフトから離れたのにも関わらず、彼らを取り囲むような大きな気配が渦巻いている事を知る。
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