World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
1,005 / 1,646

感染する幻覚

しおりを挟む
 掘り起こした地面を周囲の葉っぱで覆い器のようにすると、そこにダラーヒムが周囲の草木や大地から集めた水が蓄えられていく。それと同時に、彼らを取り巻く光景が緑豊かなものから一気に枯れた大地へと変わっていった。

 草木は枯れ、水分を失った枝はパキパキと音を立てて軋み折れていく。穴に十分な水分が溜め込まれると、ダラーヒムはできるだけ周囲への影響を小範囲に止めるため、スキルを中断しアズールに身体を洗い流すよう促す。

 二人に促されるまま自身の身体に付着した魔獣の血液を洗い流していくアズール。急遽用意した浴槽の水はみるみる赤く染まっていく。全てを綺麗に洗いながせた訳ではなかったが、あらかた魔獣の血液を洗い流すとアズールにある変化が見られた。

 それまで彼が獣人族の同胞にして、族長の座に着く前の恋人でもあったミルネだと言い張っていた肉塊を見て、言葉を失っていた。自分が何を恋人だと勘違いしていたのかを知ると、アズールは足の力が抜けてしまったかのようにその場で膝をついた。

 「アズール・・・」

 「そうか・・・そうだよな・・・。彼女がいる筈がない。何故こんなものをミルネだと・・・。俺は心のどこかでまだ・・・」

 肉体強化が解除されたアズールは、すっかり元の獣人の大きさにまで戻ると、それまで魔獣と一人戦っていた勇ましさが嘘のように小さく見えた。

 アズールの幻覚が解かれた今、ここに長居する理由はない。彼らはすぐにリナムルへと向かい、他の同胞達を助けなければならない。戦意喪失するアズールに、悲観するのは後だと話したケツァルは、すぐに彼の腕を取り立ち上がらせると、近くに避難させていた負傷した獣人達とシンの元へと戻る。

 しかしその途中、倒れた魔獣の方へ視線を向けると、その大きな身体や悍ましい獣の腕は、アズールの抱いていた肉塊と同じような物へと変わり果てていたのだ。

 「・・・?」

 「おい、あれ・・・」

 「“アンタも“か?なら、勘違いではない・・・か」

 「だが今は・・・」

 「分かってる。話は後だ、急ごう」


 ケツァルもダラーヒムもその異変には気づいていたが、今は足を止めている暇はないとその場を後にする。アズールを連れた三人が、負傷した獣人達とシンの元へ戻ると、動ける者は負傷者を抱えながら、襲撃を受けているというリナムルを目指す。

 その道中でケツァルは、魔獣の肉体強化や異様な変貌、そしてアズールが受けた幻覚の作用とその原因と思われる事柄について、情報共有を行う。最後には、ケツァルとダラーヒムが魔獣の遺体から感じた異変について語る。

 彼らがアズールの幻覚とその対応に追われている間に、魔獣の遺体はいつの間にかその異様な変化が解除されており、ただの肉塊へと変わり果てていたのだ。

 あの僅かな時間に風化したものとは考えられない。アズールの身に起きていた異変から考えると、魔獣の遺体を見たケツァルとダラーヒムにも何らかの影響、或いはアズールとは別の形の幻覚を見ていたのかもしれないと語る。

 しかし二人は魔獣の血を浴びてもいなければ、触れてさえもいない。可能性として考えられるのは、魔獣の血液から直接感染するタイプの幻覚作用のあるウイルスだとするならば、その時の二人を襲ったのは空気感染による幻覚作用だったのではないかというものだ。

 魔獣の血は周囲にも飛び散っていた。それが何らかの形で蒸発し、空気に混ざったものを吸い込んでしまったとも考えられる。

 獣人族と同じ肉体強化、そして悍ましい変貌とアズールの見たミルネの姿。どこからどこまでが幻覚によるものなのか、当事者である彼らにはそれを確かめる術はない。

 ただ確かなことは、大半の者が樹海に現れた獣の肉体強化を知らないということだ。全ての獣が同じ作用を引き起こすのだとしたら、非常に厄介なことになる。

 そしてリナムルへ向かう中、彼らが感じたのはそのリナムルに多くの獣の気配が集まっている問うことだった。そこで彼らは初めて、獣達が一斉に移動を開始した先が獣人族のアジトでもあるリナムルであることを知る。

 「おい!感じるか!?」

 「あぁ、マズイことになった・・・。奴らが向かっていたのはリナムルだったのか」

 「どうするんだ?もしアズールが戦っていたような魔獣が他にもいるのだとしたら、リナムルはもう・・・」

 しかし、不幸中の幸いというべきか、彼らが感じ取ったのは獣の気配だけではない。リナムルに集まる気配の中には、獣だけではなく複数の獣人のものやシンやダラーヒムと同じ人間のものと思われる気配もいくつか感じていたようだ。

 その中に魔獣と同じような悍ましく強大な気配はない。まだ最悪の事態には至っていない。そしてケツァル達は、獣が自己強化を果たした後に魔獣へと変わる事を知っている他、そうなる前に対処すれば始末することが可能だということも把握している。

 要するに、獣を魔獣へ覚醒させる前に一気に仕留めることができれば、事態が悪化することを避けることができる。襲撃を受け、防戦一方となっているリナムルの獣人達にはこのまま獣達を抑えてもらい、彼らが獣の不意を突き暗殺するという作戦で同意した一行は、ケツァル達が行ってきた方法と道具を用いてリナムルを襲撃する獣を狙う。

 そして未だ本調子ではない、獣の力を制御しきれないシンに、ケツァルはその作用を制御できる薬がリナムルにあることを伝えると、力を取り戻した暁にはアサシンのクラスの力を思う存分発揮することを彼に約束した。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~

名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

転生貴族の異世界無双生活

guju
ファンタジー
神の手違いで死んでしまったと、突如知らされる主人公。 彼は、神から貰った力で生きていくものの、そうそう幸せは続かない。 その世界でできる色々な出来事が、主人公をどう変えて行くのか! ハーレム弱めです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

ちょっと神様!私もうステータス調整されてるんですが!!

べちてん
ファンタジー
アニメ、マンガ、ラノベに小説好きの典型的な陰キャ高校生の西園千成はある日河川敷に花見に来ていた。人混みに酔い、体調が悪くなったので少し離れた路地で休憩していたらいつの間にか神域に迷い込んでしまっていた!!もう元居た世界には戻れないとのことなので魔法の世界へ転移することに。申し訳ないとか何とかでステータスを古龍の半分にしてもらったのだが、別の神様がそれを知らずに私のステータスをそこからさらに2倍にしてしまった!ちょっと神様!もうステータス調整されてるんですが!!

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

処理中です...