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神代 コウ

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凝り固まった思考

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 負傷した獣人は、事前にガルムから話を聞いていたとはいえ、自分の元へ駆け寄ってくるツバキとアカリに、内心ビックリしていた。

 女子供とはいえ、動けない程の重傷を負ってしまっていては、逃げることも争うことも出来ない。自分が人間達にしてきた事と、抱いていた憎しみを考えるとどうしても身体が距離を取ろうと拒否反応を起こしてしまうようだ。

 「大丈夫ですか!?酷い怪我・・・」

 「待ってろ!すぐに回復薬使ってやっから!」

 「ッ・・・!」

 気配から戦況をなんとなく把握していたガルムは、それぞれの戦場で戦う獣人達の様子から、彼らが押されつつあるのは分かっていた。このままでは自分と同じように獣に食い殺されてしまう。

 そうなる前に助けに入り、一人でも多くの同志を引き入れなくてはならない。ただ、負傷したままではその後の立て直しが叶わない為、ガルムは巨大樹の建物で索敵していた際に、負傷を治す回復薬を集めていた。

 助けに入るのはあくまで同じ獣人族であるガルムでなければならない。その上で人間に抱いている誤解を少しでも解けるように、ツバキとアカリに負傷者を治す為の回復薬を預けた。

 ミアからも薬を受け取っていたツバキは、手際よく負傷した獣人にそれをかけていく。殆どの獣人が拘束されていない人間に接する機会がないようで、そんな恨みの対象だった人間に傷を癒して貰うことに、彼は戸惑いを覚えていた。

 「どうだ?傷の様子は・・・まだ痛むか?」

 「いや・・・」

 「よかったわ・・・。凄い怪我だったので、間に合ってよかったです」

 「・・・悪かったな・・・」

 「え?」

 怯えているかと思えば、突然警戒心を解いたかのように大人しくなり、謝り出す獣人の彼にツバキとアカリは顔を見合わせて驚く。

 何事かと二人が彼に尋ねると、その獣人の彼は酷いことをしてきた人間の、それも子供が何の垣根なしに助けてくれることに対し、人間のことをろくに知りもしないで毛嫌いし憎んでいた自分が、恥ずかしくなったのだという。

 「俺はずっと誤解してたのかもしれない・・・。周りや上の者がそう言うものだというのを鵜呑みにして、それが全てだと・・・それが真実なのだと思っていた。人間は残忍な生き物なのだと・・・」

 「・・・・・」

 思考が固まってしまうことは、物事を考えられる生物であれば誰しもに起こり得るものだろう。彼もそんな考え方に囚われた獣人の一人だった。否、そのような思考に囚われているのは彼だけではないのかもしれない。

 実際にそんな考え方に疑問を持った獣人達はいるようで、その筆頭に上がるのがケツァル派の者達だ。彼らはいち早くそれに気が付き、ケツァルと共に周りの種族との協力を持ちかけ、アズールやガレウス派の獣人達が捕らえてきた人間の解放に努めていた。

 「正しかったのは、アイツらだったのか・・・?だがガレウスは・・・」

 「今は考える前に、目の前の成すべき事を成しましょう。思うところはあるかもしれませんが、考えることはいつでも出来ます。ですが、今も尚戦っておられるお仲間は、今しか救えません!」

 様々な思いに戸惑う彼に道を示したのは、記憶を失い自分が何者であったのかさえ思い出せないアカリだった。

 戦いや種族間の問題について、全く知識もなく深い思い入れもない彼女だからこそだったのか、その真っ直ぐで的確な言葉に、獣人の彼は曇りかかる思考が晴れたかのように吹っ切れたような表情に変わる。

 「そうだな・・・その通りだ。今は立ち止まってられねぇ。嬢ちゃんの言う通りだ。それに坊主も、ありがとな」

 「ガキ扱いすんなよな!?俺ぁもう一人前だっての!」

 騒ぎ出すツバキの頭を撫で、獣人は傷の癒えた身体を起こし立ち上がる。すると彼は、ガルムともう一人の獣人が戦っている場に参戦しようと動き出すが、それを二人は静止する。

 「あ!あっちはもういいんだ!」

 「そっそうです!あちらは皆に任せておきましょう」

 突然慌て出す彼らの反応に疑問を抱いた獣人は、仲間が戦っているのに手を貸さない訳にはいかないと言う。仲間を心配する獣人の彼の言い分は最もだが、彼の状態が回復したのであれば、こちらも何も競う必要もない。

 ツバキ達が負傷した獣人を診ている間、何者をも近づけさせまいと守りを固めていたツクヨは、再び動けるようになった獣人の姿を見ると、狙撃ポジションに移動していたミアに合図を送る。

 それを受け取ったミアは、漸く出番かと言わんばかりに引き金を引く。森の中に一発の銃声が鳴り響く。前線で獣を抑えていたもう一人の獣人は、ミアの武器のことなど知る由もなかった為、その銃声に新手の敵かと動揺を見せた。

 だが、ミアの撃ち放った銃声は見事に彼らを襲っていた獣の頭を撃ち抜き、その巨体を地面に倒した。
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