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神代 コウ

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拷問部屋にて

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 薄暗い一室。それまでの木造建築の温かみが微塵も感じられない、殺風景で静かな部屋。周りからの音も聞こえて来ず、窓もない為外がどうなっているのか、昼か夜なのかさえ分からない。

 そんな部屋に置かれた一台の立派な椅子だったものは、今は見る影もないほどバラバラに壊され、一人の人間と共に地面の上に転がっていた。

 周りの壁はそれなりに建物を思わせるような作りではあったが、床はそれこそ固められた土の上のように冷たく、自然の土の匂いに加え何やら生臭さのある匂いが混じっている。

 地面に横たわっていたのは、獣人達のボスと交渉していた筈の、キングが仕切る海賊、シー・ギャングの大幹部であるダラーヒムだった。

 だがその威厳は、見る影もなく地に落ち、身体に刻まれた無数の傷からは、もうこれ以上は出てこないといった様子で冷え固まる血が付着していた。

 ここは獣人達が、人間から情報を聞き出す為に使っていた“拷問部屋“だった。薄暗くて見えないが、部屋の隅には片付けられることなく放置された刃物や鈍器が置いてある。

 どれも刃こぼれが激しく、原型が分からないほど湾曲し凹んでいる物ばかりだった。生臭さの原因は、彼の前に拷問を受けたであろう者達の血が、土に染み込んだことによるものだった。

 「・・・・・」

 眠るように倒れ込むダラーヒム。憔悴しきっており、身体中が無駄な体力を使わぬよう、生きる為に必要最低限の力だけで辛うじて保っているような状況だった。

 そこへ、彼の精霊であるドワーフが静かに現れ、彼の見るも無惨な姿に目も当てられないといった様子で語りかける。

 「何たる非道。見ていられんかったわい・・・」

 「・・・・・」

 「安心せい。潰れた臓器はある程度元通りに回復しつつある。時期に内部は治るだろうが・・・。お前さんの言う通り、外傷はそのままじゃ。それにここは余りに酷い環境。どんな細菌や感染症を引き起こすか分からんぞ」

 精霊の声に僅かに瞼を持ち上げた彼は、一言も発する事なく一度だけ精霊の方に視線を送ると、再び眠りについてしまった。しかし、彼の精霊にはそれだけで彼が何を伝えようとしていたのか、分かっている様子を見せた。

 「分かっておる、余計な事はせん。あくまでお前さんが望むままにしておいてやるわい」

 するとそこへ、何者かの気配が彼らの元へ近づいてくる。それを察した精霊は、見つからぬよう再びその姿を消し、彼の元から離れていく。

 「誰か来たぞ!いいか?わしの施した自然治癒は、即効性のある回復魔法とは違う。再び破壊されるようなことがあれば、作用は中断されてしまう。上手くやるんじゃぞ・・・」

 閉じていた部屋の扉が、勢いよく蹴破られる。外からは松明の光が差し込み、数人の獣人達が彼のいる拷問部屋に踏み込んできた。

 「お~い!生きてっかぁ?まぁ死なねぇように手ぇ抜いてやったつもりだが」

 倒れ込むダラーヒムの側にやって来て腰を下ろすと、彼の髪を鷲掴みし頭を持ち上げ、その獣人は覗き込むように彼の生死を確認する。まだ息があることを確かめると、乱暴にその手を離し立ち上がる。

 「大丈夫だ、死んじゃいねぇ。だがよぉ、殺したって別に構わねぇだろ?どうせこいつの言ってる情報ってのも、嘘に違いねぇよ。死にたくねぇ連中が口にする戯言と一緒だろ」

 「だが、その割にはえらく苦戦していたようだな“ガレウス“。こんなに苦戦したのはいつ以来だろうなぁ?」

 「チッ・・・!こいつが異常にタフだっただけだろ。人間なんぞに手を抜く筈がねぇ!」

 「フ・・・。それは皆よく分かっているさ。人間に対して、お前は誰よりも残酷だからなぁ」

 二人の獣人の会話から聞こえて来たのは、シン達が閉じ込められている部屋の外から聞こえてきた名前と同じ、ガレウスという名前だった。

 そして今まさに、拷問部屋にやって来たダラーヒムの拷問を担当していたと思われる獣人こそが、そのガレウスという獣人で間違いない。

 他の獣人達に比べ明らかに大きなその身体と、刃のように研ぎ澄まされた牙と爪が他の者達との違いを一眼で分からせる程の、圧倒的な力と雰囲気を漂わせている。

 そんなガレウスと対等に話ている獣人も、そんな彼にも引けを取らない身体をしており、人間から奪った物と思われる装飾品を身につけている。

 「いいか“アズール“。ケツァルは確かに頭の切れる奴だ、俺もそこは認めてる。何度も俺達の危機を、奴の助言が救ってきたのも事実だ。だがアイツは、俺達の敵である人間に近づき過ぎだ!今じゃ良くねぇ噂をする奴もいる」

 「・・・・・」

 ガレウスが口にした、もう一人の異様な雰囲気を漂わせる獣人の名前。彼は“アズール“と呼ばれ、彼こそがこの獣人達を束ね導くボスであった。

 だが、どうやら彼らは身内の事で揉めているらしい。それは人間と協力関係を結び、本当に倒すべき相手に備えようとアズールに進言を繰り返す、彼らの参謀役でもある“ケツァル“という獣人についてだった。

 ガレウスの口ぶりから、彼はそのケツァルという者を疑っているようだった。

 彼は地面に倒れるダラーヒムの頭に足を乗せると、アズールに提案された交渉の事について喋り始める。

 「ケツァルの奴が、何故こんな人間の言葉を確かめようと言ってるのか、俺には理解出来ねぇぜ!他のクズどもと何が違う?同じような話しならいくらでもあっただろ!?奴は人間に近づき過ぎて、おかしくなっちまってんだよ!俺達が受けた仕打ちも忘れて!」

 「よせ、ガレウス。仲間を愚弄するのなら、お前とて許されないぞ」

 「くッ・・・!だが、そろそろ奴の真意を確かめねぇと、他の奴らだって黙ってねぇぜ?内輪揉めしてる場合じゃねぇだろうがッ・・・!」

 「そうカリカリするな、ガレウス。少しばかりこの人間の言葉を確かめるだけだ。お前のその、曲がらぬ意志を信用して、俺はお前に留守を任せるんだ。なぁに、少しの間だ。用が済めば、この人間達の始末も決まる」

 ガレウスは、獣人達のボスであるアズールが参謀のケツァルの言葉を信用している事が気に食わないらしい。

 全ての人間を敵視する過激派のガレウスは、人間と協力関係を結ぼうとするケツァルとは考え方自体が相反してしまっている。

 二人とも、互いに獣人族にとって必要不可欠な存在であることは理解し合っている。しかし、考え方の違いが二人の間と、それぞれを支持する獣人族達の派閥の溝を深めていってしまっているようだ。

 そして、そんなケツァルの言葉に乗ろうとするアズールが、ガレウスには面白くないのだろう。彼ら獣人族が、人間に何をされたのかは分からないが、このガレウスという獣人は、人間の言葉に耳を傾ける事さえしたくない程、恨みを募らせているようだった。
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