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真夜中の出立
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魔物を奥の手にしていたのは、本家の研究員達がオスカーや子供達を処分する為に動き出した場合の時間稼ぎと、魔物に子供達を襲わせる事により、肉体の方へ魂を強制的に送るという手段を用意していたからだ。
彼の作り出した空間で魂を狩られれば、その魂は在るべき場所へと帰る。感情を覚えてしまった彼らには怖い思いをさせる事になるが、実験体として何処かへ送られ再び苦しむ事になるか、今一度自分の肉体に帰り自身に行く末を判断させる時間を与えたかったのだ。
戻った先が、また別の実験の場所である可能性も大いに考えられる。戻ったところで幸せとは限らない。だがそれでも、オスカーは自分の手で子供達を死に誘うことは出来なかった。
死が彼らにとって救いであるとは思えなかった。それ以前に、まだ未来のある子供達をこの手に掛けるなど、子供達の境遇を知る彼には到底出来ることではなかった。
幸い、オスカーの隠し部屋は本家の研究員達に見つかることなく放置され、装置に入っていた彼は、魂を肉体に縛り付けながら、悠久の時を彷徨う覚悟をしていた。
しかし、子供しか入ってくることを許さないオスカーの空間に、彼の用意した魔物を退けられるだけの力を持った少年が現れた。
それが、ツバキだったのだ。
流石のオスカーも、子供にこの仕掛けを解かれるとは考えていなかった為、まさかの事態にこれが最後の幕引きの機会であると思い、彼に思いを託したのだった。
現実のオルレラでミアとイクセンが見つけたミイラは、カプセルの開封と共にその役割を終え、魂は肉体を離れて彼自身が作り出した雨のオルレラの世界へと向かう事ができた。
それが引き金となり目を覚ますこととなったオスカーは、その後自分の事や子供達の事、そして今も尚苦しんでいるかもしれない子供達のことを、実験や研究には無関係な他の誰かに知らせる事ができた。
非人道的な研究を終わらせる結果になるかどうかは、この時点では誰にも予想出来ないだろう。それでも、そういった実験が行われている事が明るみに出れば、世間には大きな衝撃が伝わる事になるだろう。
そうなれば反対する者や、止めさせようと立ち上がる者達の動きもあるかもしれない。
証拠と呼べるべきものは処分されてしまって、立証する事は難しい。その上奴らは、その実験や研究を外部に漏らそうとする人物を、悉く始末してきていると聞く。
つまり、ツバキが情報を手にした事が知られるのも危険な事なのだ。
「おいおい、それじゃぁアタシらも危ないんじゃないか?」
「でもオスカーは、オルレラは見放されて放置されたって言ってた・・・。流石にもう見張りの目もないんじゃないか?」
証拠も処分し終え、それでもオルレラに留まる理由はなさそうなものだ。行方を眩ましたオスカーの件は、すぐに本家へと持ち帰られた事だろう。オルレラは既に隅々までチェックされ、その後どれくらいの歳月が過ぎたか分からない。
しかし一点だけ、ツクヨはある一人の男の動きを不審に思っていた。
「だが、私が会ったニコラという男・・・。彼もまたアークシティの者だと言っていた。それにこの街が記憶の檻に囚われていることを、奴は知っていた。本当に大穴の調査をしにきただけだったのだろうか・・・」
「昔、そいつらが隠蔽したモンが掘り起こされたっていうんで、新たに何か見つからないかどうか、そこに立ち合わせただけなんじゃないか?人間が一人ミイラになるくらいの歳月が過ぎてたんだ、もうオルレラからは埃が立つとは思わなかっただろうよ」
「それに、そいつは直ぐに引いてったんだろ?街にも顔を出さなかったことを考えれば、ミアの言う通り既にオルレラには何の手掛かりや証拠が残ってないって確証があったんじゃないか?」
「そっか・・・それならいいんだけど。でも、そこまで徹底する人達が、そのオスカーって人を見つけられないままにしておくかなぁ?」
「現に今、アタシらは狙われていないんだ。・・・しかし、ツクヨの言うのも一理ある。エディ夫妻には悪いが、夜の内にここを去ろう。馬車は諦めて、一つか二つ先の町や村で新たに手配すればいい」
「分かった、私もそれがいいと思う。ツバキ、身体の方は大丈夫そう?」
ミア達と話をする前は、起きたてで意識がはっきりしなかったり身体がだるかったりしたが、彼らと話をしている内に彼の身体と脳も、まるで何かのエンジンのように温まってきたようだった。
しっかりとした様子で頷いたツバキは、ミア達と共に身支度を整える。泊まれる場所まで提供してくれたエディ夫妻には悪いが、彼らはお礼の手紙と共に気持ちばかりの宿代を残して、その夜エディ邸を後にした。
そんな彼らの様子を、遠くで見ていた二人組の影があった。その者らの側には血だらけで倒れる一人の男の姿があった。
「彼らにはもう少しだけ、寄り道をしてもらうとしよう」
「コイツはその為に邪魔だったって訳だ?」
倒れている男を蹴り、死んでいることを確認する低身長の男。彼の問いに小さく頷く高身長の男。二人組の男達は、黒いコートを見に纏い、その死体を影の中へと引き摺り込んでいった。
彼らによって始末された男。それは、エディ邸で使用人として働いていた人物だった。
彼の作り出した空間で魂を狩られれば、その魂は在るべき場所へと帰る。感情を覚えてしまった彼らには怖い思いをさせる事になるが、実験体として何処かへ送られ再び苦しむ事になるか、今一度自分の肉体に帰り自身に行く末を判断させる時間を与えたかったのだ。
戻った先が、また別の実験の場所である可能性も大いに考えられる。戻ったところで幸せとは限らない。だがそれでも、オスカーは自分の手で子供達を死に誘うことは出来なかった。
死が彼らにとって救いであるとは思えなかった。それ以前に、まだ未来のある子供達をこの手に掛けるなど、子供達の境遇を知る彼には到底出来ることではなかった。
幸い、オスカーの隠し部屋は本家の研究員達に見つかることなく放置され、装置に入っていた彼は、魂を肉体に縛り付けながら、悠久の時を彷徨う覚悟をしていた。
しかし、子供しか入ってくることを許さないオスカーの空間に、彼の用意した魔物を退けられるだけの力を持った少年が現れた。
それが、ツバキだったのだ。
流石のオスカーも、子供にこの仕掛けを解かれるとは考えていなかった為、まさかの事態にこれが最後の幕引きの機会であると思い、彼に思いを託したのだった。
現実のオルレラでミアとイクセンが見つけたミイラは、カプセルの開封と共にその役割を終え、魂は肉体を離れて彼自身が作り出した雨のオルレラの世界へと向かう事ができた。
それが引き金となり目を覚ますこととなったオスカーは、その後自分の事や子供達の事、そして今も尚苦しんでいるかもしれない子供達のことを、実験や研究には無関係な他の誰かに知らせる事ができた。
非人道的な研究を終わらせる結果になるかどうかは、この時点では誰にも予想出来ないだろう。それでも、そういった実験が行われている事が明るみに出れば、世間には大きな衝撃が伝わる事になるだろう。
そうなれば反対する者や、止めさせようと立ち上がる者達の動きもあるかもしれない。
証拠と呼べるべきものは処分されてしまって、立証する事は難しい。その上奴らは、その実験や研究を外部に漏らそうとする人物を、悉く始末してきていると聞く。
つまり、ツバキが情報を手にした事が知られるのも危険な事なのだ。
「おいおい、それじゃぁアタシらも危ないんじゃないか?」
「でもオスカーは、オルレラは見放されて放置されたって言ってた・・・。流石にもう見張りの目もないんじゃないか?」
証拠も処分し終え、それでもオルレラに留まる理由はなさそうなものだ。行方を眩ましたオスカーの件は、すぐに本家へと持ち帰られた事だろう。オルレラは既に隅々までチェックされ、その後どれくらいの歳月が過ぎたか分からない。
しかし一点だけ、ツクヨはある一人の男の動きを不審に思っていた。
「だが、私が会ったニコラという男・・・。彼もまたアークシティの者だと言っていた。それにこの街が記憶の檻に囚われていることを、奴は知っていた。本当に大穴の調査をしにきただけだったのだろうか・・・」
「昔、そいつらが隠蔽したモンが掘り起こされたっていうんで、新たに何か見つからないかどうか、そこに立ち合わせただけなんじゃないか?人間が一人ミイラになるくらいの歳月が過ぎてたんだ、もうオルレラからは埃が立つとは思わなかっただろうよ」
「それに、そいつは直ぐに引いてったんだろ?街にも顔を出さなかったことを考えれば、ミアの言う通り既にオルレラには何の手掛かりや証拠が残ってないって確証があったんじゃないか?」
「そっか・・・それならいいんだけど。でも、そこまで徹底する人達が、そのオスカーって人を見つけられないままにしておくかなぁ?」
「現に今、アタシらは狙われていないんだ。・・・しかし、ツクヨの言うのも一理ある。エディ夫妻には悪いが、夜の内にここを去ろう。馬車は諦めて、一つか二つ先の町や村で新たに手配すればいい」
「分かった、私もそれがいいと思う。ツバキ、身体の方は大丈夫そう?」
ミア達と話をする前は、起きたてで意識がはっきりしなかったり身体がだるかったりしたが、彼らと話をしている内に彼の身体と脳も、まるで何かのエンジンのように温まってきたようだった。
しっかりとした様子で頷いたツバキは、ミア達と共に身支度を整える。泊まれる場所まで提供してくれたエディ夫妻には悪いが、彼らはお礼の手紙と共に気持ちばかりの宿代を残して、その夜エディ邸を後にした。
そんな彼らの様子を、遠くで見ていた二人組の影があった。その者らの側には血だらけで倒れる一人の男の姿があった。
「彼らにはもう少しだけ、寄り道をしてもらうとしよう」
「コイツはその為に邪魔だったって訳だ?」
倒れている男を蹴り、死んでいることを確認する低身長の男。彼の問いに小さく頷く高身長の男。二人組の男達は、黒いコートを見に纏い、その死体を影の中へと引き摺り込んでいった。
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