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もう一つのオルレラ
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少年はツバキの前で尻餅をつくように、クローゼットに掛けられた上着の中から落下し、痛そうにお尻をさすっていた。
「イテテ・・・ァ・・・!」
「・・・・・」
僅かにこちらを見上げるような素振りを見せる少年。しかし、この至近距離においても、フードの奥にある筈の表情は伺えなかった。
ツバキは両脇に広げた上着から手を離し、少年の頭部へ手を伸ばした。
すると、少年は逃げるように素早い動きで、四つん這いの状態のままツバキの横を通り抜ける。しかし、ツバキから逃げられる事はなく、その腕を掴まれる。
「待ってくれ!聞きたいことがあるんだ」
黄色いレインコートを着た少年の腕を掴んだ反動で、これまで伺うことのできなかったフードのがふわりとはだけ、少年の頭部が露わになる。
そこにはツバキの想定していなかった光景があった。てっきり生身の子供が悪戯をしているのかと思っていたが、中から現れたのはまるで幽霊を連想とさせる半透明の子供の頭部だったのだ。
「なッ・・・!?」
「ァ・・・ァァっ・・・!」
急に動きを止めてしまった少年に、思わず掴んでいた腕を手放すツバキ。触れてはいけないものに触れてしまったのかという思いが、ツバキの心を覆う。
「ソウダ、僕・・・戻らないと・・・」
フードの取れた少年の声が、それまでの遊びに気持ちの高揚したものから、落ち着いたような声色に変わる。“戻る“と口にした少年。それはまるで、忘れてしまっていた記憶を突如として取り戻したかのような口ぶりだった。
「先生にお礼をっ・・・でも、もう間に合わないかな・・・?」
「なぁ君。ここは一体?それにこの街はどうなってるんだ?」
少年の口にする言葉の意味は、ツバキには何一つ理解できない。それは彼の第一声を聞いた時から分かっていた。その事について追求している場合ではない。咄嗟にツバキは、自分が抱えていた疑問を少年に投げかける。
「ここ・・・?ここは“オルレラ“っていう街だよ。僕はここで・・・ッ!?」
ツバキはここで初めて、ミア達と訪れた街の名前を知る。質問に答えてくれそうな片鱗を見せた少年だったが、彼は自分の身に起きている異変に気づく。
彼はじっと、自分の両手を見つめるように俯いている。後ろからでは何を見ているか分からなかったツバキは、彼の隣に回り込みその手元を見た。
するとそこには、まるで光の砂のようになって消えていく少年の手があったのだ。
「もう時間がない・・・。ねぇ、聞いて。これは君にとっても大事なことなんだ」
「何だ?何でもいい!教えてくれ!」
「帰りたい場所を決して忘れちゃダメだよ。それと、このコートは僕達の記憶と引き換えに温もりをくれてるから、気をつけてね」
初め、少年が何を言っているのか分からなかったが、彼はとても重要なことを教えてくれた。それは彼らの着ているレインコートの性質についてだった。
どういう原理でただのレインコートから熱を感じるのか理解できなかったが、どうやら少年の話では、着ている者の記憶と引き換えに寒さから身を守る温もりを発しているようだ。
だが、ツバキが目を覚ましてから見た、このオルレラの街にいる子供達は、全員レインコートを着ていた。恐らく、これがなければ意識を保つことすらできなくなってしまう事だろう。
それはツバキが身をもって経験している事で、間違いはない。このレインコートを着れば、彼らのように記憶を無くした“無邪気な子供“に成り果ててしまい、これを拒めば生き抜くことが出来ないということなのだろう。
「どうしてそんな事に・・・。一体この街で何が起きてるんだ!?」
「ごめんね・・・全部答える時間はないみたい・・・。でも“先生“責めないで。先生は僕達を助けようと・・・・・」
言葉の途中で少年の身体は形を保てなくなり、何処かへと消えてしまった。残された彼のレインコートはその場で床に落ちる。
「俺が・・・コートを剥がしたから・・・」
少年は自分が何故ここにいるのかさえ忘れてしまうほど、記憶を奪われていた。あの状態にまで陥ると手遅れという事なのだろうか。
そして、彼らはコートを着ることで生き抜くことができ、それを失うと消えてしまう事を身をもって教えてくれた。いや、消してしまったのは他でもないツバキだった。
何も知らなかった上に、不可抗力だったとはいえ、目の前で少年が消えてしまった要因が自分にあることを悟った彼は、まるで大切にしていたものを壊してしまったような焦燥に駆られた。
ドクドクと胸を打つ心臓の鼓動を、手で押さえるツバキ。いずれ自分も記憶を失い消えてしまう。そうなる前に、何とかこの街に起きている出来事を突き止め、解決しなければならない。
その手掛かりは、少年が消える前に残した“先生“と呼ばれる存在。その人物に会うことができれば、何かわかるかも知れない。
ツバキは寂しく残された少年のレインコートを拾い上げると、まるで形見のように大事に抱え込むと、部屋を後にし他の子供達を探すことにした。
「イテテ・・・ァ・・・!」
「・・・・・」
僅かにこちらを見上げるような素振りを見せる少年。しかし、この至近距離においても、フードの奥にある筈の表情は伺えなかった。
ツバキは両脇に広げた上着から手を離し、少年の頭部へ手を伸ばした。
すると、少年は逃げるように素早い動きで、四つん這いの状態のままツバキの横を通り抜ける。しかし、ツバキから逃げられる事はなく、その腕を掴まれる。
「待ってくれ!聞きたいことがあるんだ」
黄色いレインコートを着た少年の腕を掴んだ反動で、これまで伺うことのできなかったフードのがふわりとはだけ、少年の頭部が露わになる。
そこにはツバキの想定していなかった光景があった。てっきり生身の子供が悪戯をしているのかと思っていたが、中から現れたのはまるで幽霊を連想とさせる半透明の子供の頭部だったのだ。
「なッ・・・!?」
「ァ・・・ァァっ・・・!」
急に動きを止めてしまった少年に、思わず掴んでいた腕を手放すツバキ。触れてはいけないものに触れてしまったのかという思いが、ツバキの心を覆う。
「ソウダ、僕・・・戻らないと・・・」
フードの取れた少年の声が、それまでの遊びに気持ちの高揚したものから、落ち着いたような声色に変わる。“戻る“と口にした少年。それはまるで、忘れてしまっていた記憶を突如として取り戻したかのような口ぶりだった。
「先生にお礼をっ・・・でも、もう間に合わないかな・・・?」
「なぁ君。ここは一体?それにこの街はどうなってるんだ?」
少年の口にする言葉の意味は、ツバキには何一つ理解できない。それは彼の第一声を聞いた時から分かっていた。その事について追求している場合ではない。咄嗟にツバキは、自分が抱えていた疑問を少年に投げかける。
「ここ・・・?ここは“オルレラ“っていう街だよ。僕はここで・・・ッ!?」
ツバキはここで初めて、ミア達と訪れた街の名前を知る。質問に答えてくれそうな片鱗を見せた少年だったが、彼は自分の身に起きている異変に気づく。
彼はじっと、自分の両手を見つめるように俯いている。後ろからでは何を見ているか分からなかったツバキは、彼の隣に回り込みその手元を見た。
するとそこには、まるで光の砂のようになって消えていく少年の手があったのだ。
「もう時間がない・・・。ねぇ、聞いて。これは君にとっても大事なことなんだ」
「何だ?何でもいい!教えてくれ!」
「帰りたい場所を決して忘れちゃダメだよ。それと、このコートは僕達の記憶と引き換えに温もりをくれてるから、気をつけてね」
初め、少年が何を言っているのか分からなかったが、彼はとても重要なことを教えてくれた。それは彼らの着ているレインコートの性質についてだった。
どういう原理でただのレインコートから熱を感じるのか理解できなかったが、どうやら少年の話では、着ている者の記憶と引き換えに寒さから身を守る温もりを発しているようだ。
だが、ツバキが目を覚ましてから見た、このオルレラの街にいる子供達は、全員レインコートを着ていた。恐らく、これがなければ意識を保つことすらできなくなってしまう事だろう。
それはツバキが身をもって経験している事で、間違いはない。このレインコートを着れば、彼らのように記憶を無くした“無邪気な子供“に成り果ててしまい、これを拒めば生き抜くことが出来ないということなのだろう。
「どうしてそんな事に・・・。一体この街で何が起きてるんだ!?」
「ごめんね・・・全部答える時間はないみたい・・・。でも“先生“責めないで。先生は僕達を助けようと・・・・・」
言葉の途中で少年の身体は形を保てなくなり、何処かへと消えてしまった。残された彼のレインコートはその場で床に落ちる。
「俺が・・・コートを剥がしたから・・・」
少年は自分が何故ここにいるのかさえ忘れてしまうほど、記憶を奪われていた。あの状態にまで陥ると手遅れという事なのだろうか。
そして、彼らはコートを着ることで生き抜くことができ、それを失うと消えてしまう事を身をもって教えてくれた。いや、消してしまったのは他でもないツバキだった。
何も知らなかった上に、不可抗力だったとはいえ、目の前で少年が消えてしまった要因が自分にあることを悟った彼は、まるで大切にしていたものを壊してしまったような焦燥に駆られた。
ドクドクと胸を打つ心臓の鼓動を、手で押さえるツバキ。いずれ自分も記憶を失い消えてしまう。そうなる前に、何とかこの街に起きている出来事を突き止め、解決しなければならない。
その手掛かりは、少年が消える前に残した“先生“と呼ばれる存在。その人物に会うことができれば、何かわかるかも知れない。
ツバキは寂しく残された少年のレインコートを拾い上げると、まるで形見のように大事に抱え込むと、部屋を後にし他の子供達を探すことにした。
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