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神代 コウ

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堕ちたもの

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 おぼつかない足取りで縁に立った彼女は、今にも飛び降りそうな雰囲気だった。イルの話では、この人物こそ友紀にとって特別な人物であると聞いていた天臣は、彼女の死も友紀を苦しめる要因になると思い、何とか思いとどまらせられないものかと声をかける。

 「おいッ・・・!早まるな、友紀はまだ生きている」

 「・・・そう・・・。彼女は無事?」

 「あぁ、命に別状はない。・・・一つ聞かせてくれないか?貴方は友紀にとって一体・・・」

 質問をすることで、少しでも気持ちを早まらせないようにする天臣。勿論、彼女の足を止めさせる時間稼ぎが目的だったが、実際彼のした質問は彼自身気になっていることだった。

 「アタシ・・・私は・・・。友紀にとって・・・」

 「あの男は、貴方が友紀にとって特別な存在であるように話していた。よければどんな関係だったのか、教えてくれないか?」

 「・・・貴方は・・・貴方は?友紀の何?私の知らない人・・・。あの時の人とは違う・・・」

 なぎさの言う“あの時“とは、嘗て友紀と共に受けたオーディションに来ていたスカウトの人間の事だった。天臣こと武臣は、その後友紀が所属することになった事務所へやって来たマネージャーである。

 自分の役職と、友紀との出会いからどんなことをしてきたか。どうして友紀と同じ覚醒者となったのかを簡潔に説明した天臣。

 二人の関係を聞いて、天臣が友紀の辛い時代を支えてくれていた人物であることを知り、少し笑ったような素振りを見せるなぎさ。

 彼女もこの、ランドマークタワーの屋上で友紀と心の内を語り合い、辛い思いをしていたことを知って心を痛めていた。

 だが、なぎさにとってのイルのように、友紀にも支えとなる人物がいたことを知ってホッとしたのだろう。

 「そう・・・友紀に貴方のような人が居てくれてよかったわ。私にも・・・。私にとってイルは、丁度友紀にとって貴方みたいな存在だった。私をこの世界に留めてくれた存在。死のうとしていた私に、生きる意味をくれた存在・・・」

 「しかし、奴は・・・」

 えぇ・・・分かってる。イルは貴方とは真逆の人物だった・・・。道を見失った私を、正しい道へ導いてくれるようなことはなかった・・・。けど、私に新しい道をくれたのよ・・・」

 「それでも・・・それでも貴方は・・・?」

 「死ぬのは怖かったの。何度も死のうとしたけど、怖くて出来なかった・・・。でも生きてるのも辛い。どうしようもなかった私は、イルの誘いが救いの手に見えた。それが例え、どんなに人の道を外れたモノだったとしても・・・」

 なぎさにイルの手を振り払う選択肢などなかった。実際、彼の企てた復讐劇はなぎさに生きる意味を与え、これまでの悲惨な人生を清算できたと言っても過言ではないほど、彼女の心の痼りを取り除いてくれた。

 その末に死が待っていようとも、彼女は厭わない。誰が彼女の選択を“間違っている“と言えようか。

 当事者でなければ分からないことは、いくらでもある。生きる意味や希望を失った者に、ただ生きろと言うのは酷なことでしかないのだ。

 ただそれが正しい、正解だと思い込んでいるだけで、何が本人の為かなど本人が決めることで、結果は後でついて来るものでしかない。

 正し“かった“、間違い“だった“。

 結局はその結末だけを見た第三者の感想でしかないのだから。

 「そしてあろうことか、私はこの手で・・・。この手で私を親友と呼んでくれた友紀を・・・」

 「それは違う。貴方のしてきた行いや選択が正しかったかなど、私には分からない事だ。だが、これだけは紛れもない事実。友紀を刺したのは貴方ではない」

 なぎさは覚醒者でもなければ、機械を通さなくては天臣やシンすら見えない、ただの一般人に過ぎない。そんな彼女の身体を利用し、親友を刺しその手を赤く染めさせたのは、他でもないイルだ。

 自分の欲の為に彼女を利用し、惨劇を見て喜ぶ下衆で狂気に満ちた怪物による仕業でしかない。

 「・・・そうかな・・・?」

 「えっ・・・?」

 不意に声のトーンが落ちるなぎさに違和感を感じた天臣は、彼女の後ろ姿を眺めながら、一体どんな表情をしているのかを想像させるほど、胸をざわつかせた。

 「友紀を刺した時、私の意思も確かにそこにあった・・・。何度もイルを止めようと呼び掛けたけど、声が届くこともなく、自分の身体なのに指一本動かせなかった・・・。その中で私・・・」

 彼女は言葉を詰まらせる。その口から何が語られるのか、天臣はまるで結末を待ち望んだ物語のクライマックスを見せられているかのように、息を呑み彼女の言葉に耳を澄ます。

 「私・・・友紀の瞳の中に映る自分を見たの。彼女・・・笑ってたわ・・・。きっとホッとしたのね。再び全てを失った私と同じように、友紀もこれで全てを失うのかと思うと、やっと同じところに立てたような気がして・・・」

 途中から彼女の声は震えていた。きっと泣いているのだろう。何度も鼻を啜る様子が伺えていた。

 「そんな自分に嫌気が差したの。やっぱり私は、救いようがないところまで堕ちていたのかってね・・・。イルの言う通り、私は・・・」

 なぎさの心も身体も、今にも身を投げ出しそうなくらい前へと傾く。
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