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止められぬ時の流れ
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シンはバレないように物陰に隠れると、天臣を連れてくるためのポータルを作り出した。影の中に外の風景が薄らと映し出されると、天臣はすぐにポータルへと飛び込んでいった。
景色が室内から屋外へと変わり、身を撫でるようにか流れる風は、ずっと室内戦を繰り広げていた天臣の傷に染みていた。
先に姿を確認したのは、シン達の方だった。屋上ではうつ伏せに倒れる男の姿と、その横に立つ女の姿。そして、二人に見つめられるようにして立ち尽くす、もう一人の女の姿があった。
男は彼らの追っていたイルで間違いない。そして天臣が何より安堵したのは、友紀が無傷の状態でいたこと。彼らは間に合ったのだ。
イルの目的と言っていた、友紀をある人物に合わせるというものは、そこに立ち尽くすもう一人の女の事だった。
当然、天臣はそれが誰なのか知らず、その女の姿を見ても見当が付かなかった。それでも、イルがステージで溢した言葉の中に、友紀と深く関わりのある人物であると想像がつく。
だがこれは一体、どういう状況だろう。瀕死のイルがこの場に現れた時点で、敵勢力であるイルとあの女にとって、作戦が予定通りに進まなかったことを意味するはず。
何故、未だにこんなところで立ち往生しているのか。何故、未だに友紀を始末せずにいるのか。
「天臣さん、気付かれる前にやろう」
「あぁ、そうだな・・・」
イルは貴重な情報をたくさん持っているかもしれない。だがあの男は、口を割るような人物でないことは、対峙した時間の短いシンにも分かった。
ならば、あんな危険な人物をいつまでも野放しには出来ない。今でこそ目立つような動きはなかったが、何れフィアーズの活動の邪魔になったり、アサシンギルドの障害になり兼ねない。
それに、情報なら既に重要なものを引き出せた。彼ら異世界からやって来た者達の存在を、データ化できるということ。
原理としては、シン達覚醒者のようにWoFのキャラクターデータを肉体に反映させるのと同じで、この世界に生きている人間の肉体を利用し、データ化した身体を反映させるといった仕組み。
これにより、異形のものが見えない一般人にも、彼らを視認することが可能だということが分かった。
しかし、データを反映した姿が他の者達にも視認できるのなら、シン達の姿も見えるようにすることが可能ということなのだろうか。それによるメリットがあるかどうかは疑問だが。
異形の姿など、普通の人間からしたら恐怖でしかない。イルのように相手に恐怖を与え、驚かせるような目的以外に使い道などあるのだろうか。
天臣はイルに気付かれぬよう、その場から大きく跳躍し、真上からイルを仕留めにいく。シンはその場に残り、事の行く末を見守る。そして不測の事態にはすぐに天臣のアシストに駆け付けられるよう、周囲の状況と屋上の様子を見渡せる高い位置へと移動する。
だが、飛び上がったのは失敗だった。彼らの存在を視認できるのは、彼らだけではない。メガネ型のデバイスを装着したなぎさにも、天臣やシンの姿は確認できるのだ。
イルと友紀の問いに、答えが見出せずに苦悩するなぎさは、眉間に皺を寄せながら俯いてしまう。
そこで、イルや友紀のいる方へ近づく何かの影が迫っているのを見つける。目を見開き、影を作り出すものの正体を確かめる為、上空へ顔を上げる。
今、彼女の置かれている状況に対し、その場に不相応な行動を取るなぎさを目にしたイルは、彼女が何を見ているのかと、視線を辿り上空を見上げる。
そこには、イルを追ってここまでやって来た、友紀のステージで死闘を繰り広げた男の姿があった。
「なッ・・・何ぃッ!?どうやってここまで!?」
「これで終わりだ!イルッ!」
刀の柄を握り締めた天臣は、空中で身体を小さく丸めると速度を上げて、男の元へと落下していった。とてもではないが、重傷を負って地面に這いつくばるイルに避けられるものではなかった。
それこそ、身体をデータ化させて飛ばない限り不可能だろう。だがそれも、アサシンギルドのウイルスによって、素早い移動は封じられている。
万策尽きたイルに、天臣の刃が迫る。
運命はなぎさの決断を待ってはくれなかった。
彼女が、これからの道をどちらに進むべきか悩んでいる間に、シンと天臣がやって来て片方の道を閉ざそうとしている。なぎさにとってその道は、どん底に落ちた彼女の人生を支えたもの。
どんなにその道がいけない事であっても、それが変わることはない。イルに感謝していたのも事実。イルの言う通り、ここでこの男を失えば、なぎさはもう闇夜に身を隠すことは出来なくなってしまう。
それは、彼女の犯してきた罪と向き合わなければならないことを意味する。しかしその所業は、たった一人の人間が向き合えるほどの壁ではない。
きっと、生きられたとしても周りの人間や、特に自分を今でも親友と呼んでくれた友紀に多大な迷惑をかけてしまうことになるだろう。
そう考えた時、なぎさにはイルを見殺しにすることなど出来なかった。
間に合わないと分かっていても、なぎさの足はイルの方へと走り出していた。
「待って・・・やめてッ!」
漸く彼女の異変に気がついた友紀。上を見上げると、イルの真上に迫る天臣の姿を視界に捉える。なぎさに天臣の攻撃を止めることは出来ない。だが、このままいけば彼女を巻き込んでしまう可能性がある。
なぎさを傷つけたくない友紀もまた、天臣に思いとどまるよう男に近づき呼びかける。
「武臣ッ!待って!!」
「覚悟を決めろッ!友紀!この男は生かしてはおけないッ!」
天臣にも、物事に対しての優先順位がある。いくらそれが友紀の願いとはいえ、彼女を危険に晒し殺そうとまでしたこの男と、その協力者の女がこの一撃に巻き込まれようと、最悪の事態を招かぬ為には致し方のない事と、割り切る覚悟があった。
例えその結果、友紀に恨まれたとしても、彼女を失うよりはマシだと。
景色が室内から屋外へと変わり、身を撫でるようにか流れる風は、ずっと室内戦を繰り広げていた天臣の傷に染みていた。
先に姿を確認したのは、シン達の方だった。屋上ではうつ伏せに倒れる男の姿と、その横に立つ女の姿。そして、二人に見つめられるようにして立ち尽くす、もう一人の女の姿があった。
男は彼らの追っていたイルで間違いない。そして天臣が何より安堵したのは、友紀が無傷の状態でいたこと。彼らは間に合ったのだ。
イルの目的と言っていた、友紀をある人物に合わせるというものは、そこに立ち尽くすもう一人の女の事だった。
当然、天臣はそれが誰なのか知らず、その女の姿を見ても見当が付かなかった。それでも、イルがステージで溢した言葉の中に、友紀と深く関わりのある人物であると想像がつく。
だがこれは一体、どういう状況だろう。瀕死のイルがこの場に現れた時点で、敵勢力であるイルとあの女にとって、作戦が予定通りに進まなかったことを意味するはず。
何故、未だにこんなところで立ち往生しているのか。何故、未だに友紀を始末せずにいるのか。
「天臣さん、気付かれる前にやろう」
「あぁ、そうだな・・・」
イルは貴重な情報をたくさん持っているかもしれない。だがあの男は、口を割るような人物でないことは、対峙した時間の短いシンにも分かった。
ならば、あんな危険な人物をいつまでも野放しには出来ない。今でこそ目立つような動きはなかったが、何れフィアーズの活動の邪魔になったり、アサシンギルドの障害になり兼ねない。
それに、情報なら既に重要なものを引き出せた。彼ら異世界からやって来た者達の存在を、データ化できるということ。
原理としては、シン達覚醒者のようにWoFのキャラクターデータを肉体に反映させるのと同じで、この世界に生きている人間の肉体を利用し、データ化した身体を反映させるといった仕組み。
これにより、異形のものが見えない一般人にも、彼らを視認することが可能だということが分かった。
しかし、データを反映した姿が他の者達にも視認できるのなら、シン達の姿も見えるようにすることが可能ということなのだろうか。それによるメリットがあるかどうかは疑問だが。
異形の姿など、普通の人間からしたら恐怖でしかない。イルのように相手に恐怖を与え、驚かせるような目的以外に使い道などあるのだろうか。
天臣はイルに気付かれぬよう、その場から大きく跳躍し、真上からイルを仕留めにいく。シンはその場に残り、事の行く末を見守る。そして不測の事態にはすぐに天臣のアシストに駆け付けられるよう、周囲の状況と屋上の様子を見渡せる高い位置へと移動する。
だが、飛び上がったのは失敗だった。彼らの存在を視認できるのは、彼らだけではない。メガネ型のデバイスを装着したなぎさにも、天臣やシンの姿は確認できるのだ。
イルと友紀の問いに、答えが見出せずに苦悩するなぎさは、眉間に皺を寄せながら俯いてしまう。
そこで、イルや友紀のいる方へ近づく何かの影が迫っているのを見つける。目を見開き、影を作り出すものの正体を確かめる為、上空へ顔を上げる。
今、彼女の置かれている状況に対し、その場に不相応な行動を取るなぎさを目にしたイルは、彼女が何を見ているのかと、視線を辿り上空を見上げる。
そこには、イルを追ってここまでやって来た、友紀のステージで死闘を繰り広げた男の姿があった。
「なッ・・・何ぃッ!?どうやってここまで!?」
「これで終わりだ!イルッ!」
刀の柄を握り締めた天臣は、空中で身体を小さく丸めると速度を上げて、男の元へと落下していった。とてもではないが、重傷を負って地面に這いつくばるイルに避けられるものではなかった。
それこそ、身体をデータ化させて飛ばない限り不可能だろう。だがそれも、アサシンギルドのウイルスによって、素早い移動は封じられている。
万策尽きたイルに、天臣の刃が迫る。
運命はなぎさの決断を待ってはくれなかった。
彼女が、これからの道をどちらに進むべきか悩んでいる間に、シンと天臣がやって来て片方の道を閉ざそうとしている。なぎさにとってその道は、どん底に落ちた彼女の人生を支えたもの。
どんなにその道がいけない事であっても、それが変わることはない。イルに感謝していたのも事実。イルの言う通り、ここでこの男を失えば、なぎさはもう闇夜に身を隠すことは出来なくなってしまう。
それは、彼女の犯してきた罪と向き合わなければならないことを意味する。しかしその所業は、たった一人の人間が向き合えるほどの壁ではない。
きっと、生きられたとしても周りの人間や、特に自分を今でも親友と呼んでくれた友紀に多大な迷惑をかけてしまうことになるだろう。
そう考えた時、なぎさにはイルを見殺しにすることなど出来なかった。
間に合わないと分かっていても、なぎさの足はイルの方へと走り出していた。
「待って・・・やめてッ!」
漸く彼女の異変に気がついた友紀。上を見上げると、イルの真上に迫る天臣の姿を視界に捉える。なぎさに天臣の攻撃を止めることは出来ない。だが、このままいけば彼女を巻き込んでしまう可能性がある。
なぎさを傷つけたくない友紀もまた、天臣に思いとどまるよう男に近づき呼びかける。
「武臣ッ!待って!!」
「覚悟を決めろッ!友紀!この男は生かしてはおけないッ!」
天臣にも、物事に対しての優先順位がある。いくらそれが友紀の願いとはいえ、彼女を危険に晒し殺そうとまでしたこの男と、その協力者の女がこの一撃に巻き込まれようと、最悪の事態を招かぬ為には致し方のない事と、割り切る覚悟があった。
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