World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
862 / 1,646

最も高い場所

しおりを挟む
 イルを咥えて逃げていった魔物は、赤レンガ倉庫からランドマークタワーの方へと走り去って行ったのを、天臣が見ていた。あくまで方角であり、イルがランドマークタワーへ向かったかどうかは確かではない。

 それでも、高所から眺めれば何かしらの痕跡が辿れるかも知れない。イルの身体は天臣との戦闘で、多くの傷を負い出血している。

 戦闘の間、イルが自分のスキルによる回復手段を持っていないのは確かだ。互いに瀕死の状態にまでなるほど戦い、その後靄の檻から飛び出してきた蒼空とケイルを相手にする余裕があるなら、途中で回復を挟んでいてもおかしくない。

 しかし、イルはそのまま蒼空との戦闘を続行し、死ぬかもしれないという程追い詰められていた。恐らく今も、傷は癒えていない筈。

 ならば、その血痕が道中、滴っていた筈だ。

 「本当にあの男は、ランドマークタワーへ?」

 「方角はそうだ。それに・・・ほら、見てみろ。奴の血痕に違いない。傷を癒す手段を持ち合わせていないんだろう」

 「しかし、わざわざ目立つ上に逃げ場のない高所へ行くのか?」

 シンの疑問は最もだった。いくら変異したモンスターと共にいるとはいえ、男を咥えて逃げたのは、空を飛べるような翼を持つ魔物ではない。

 あれ程の高所から飛び降りれば、モンスターといえどタタでは済まないだろう。

 だが、天臣には確信に近いものがあった。

 イルと対峙した時に、彼はこう言った。友紀を連れ去ったのは、とある人物に合わせる為だと。それなら人通りの多い場所や、周囲の様子を確認できない狭い路地などは避ける筈。

 見晴らしがよく、退路を確保しやすいであろう場所。そう考えた時、この赤レンガ倉庫周辺で最も高い、ランドマークタワーが妥当だと判断した。

 「奴は友紀を拐い、誰かに会わせると言った・・・。私の予想に過ぎないが、恐らくこの横浜を一望できる場所じゃぁないかと、そう考えた」

 「俺達に追跡に特化したクラスの者はいない・・・。あくまで情報と痕跡で追うしかないんだ。なら、見晴らしのいい所っていうのは、俺達にとっても丁度いいのかもしれない・・・」

 二人を乗せたMAROの式神は、イルが向かったであろうランドマークタワーの近くにまでやって来た。

 そこでシンは、一度対峙した男の気配を察知する。間違いなくそれは、赤レンガ倉庫のステージ上で感じたものと同じものだった。

 「ッ・・・!いるぞ、屋上だ!奴の気配がする」

 「待て!直接飛んで向かうのはマズイ。空を移動するのはここまでだ。何とか屋上へ、気配を悟られずに上がる方法を考えなければ・・・」

 重傷の男に、誰かと共にあの高所から逃げ去るだけの体力が残っているだろうか。式神に乗って上空から強襲を仕掛ける方が、素早く事を済ませられるのではないか。そう思ったシンは、天臣にこのまま仕掛けようと提案するが、彼はそれを承諾しなかった。

 いや、出来なかった。そこには恐らく友紀がおり、イルの言う会わせたい人物と共にいる筈。こちらの接近に気づかれれば、人質にされかねない。

 それならまだいいが、最悪の場合彼女を殺しかねない。わざわざ友紀のライブやイベント会場へ、手塩にかけたモンスターを送り込んでくるような男だ。最終的な目的は、恐らく友紀の殺害だろう。

 「駄目だ・・・。友紀の身の安全が第一だ。あくまで不意を突く形が理想何だ・・・」

 「まさか・・・奴は彼女を殺すつもりなのか?」

 「可能性は十分にある。その会わせたい人物の目的は分からないが、姿を見せたということは、奴の嫌がらせもこれで最後にするつもりだろう。そうなれば、わざわざ自分の姿を晒した標的を生かしておく理由もない」

 「・・・分かった。屋上へ登る方法については、俺に考えがある。だが、協力が必要だ・・・」

 「勿論、私にできる事であれば何でもするさ」

 二人は力強く頷き、式神をランドマークタワー付近の地上へと降下させ、そこからは徒歩で移動することにした。

 建物内への侵入は、覚醒者である二人であれば容易なことだった。警備やセキュリティーに引っかかる事もなく壁を透過し、監視の手薄なところへ移動すると、シンはそこで天臣を待機させる。

 「上の様子を見てくる。貴方はここで待機していてくれ」

 「待機?ここでか?警戒するにしても、もう少し上がってからでも・・・。時間が無いんだぞ?」

 「言っただろ?上がる方法については考えがある。それに、そこまで用意周到な奴が、追って来るであろう者達の接近に備えていないとは考えづらいだろ?」

 「万全を期す・・・という訳か。ならば君の、その“考え“というのに賭けてみよう」

 天臣はシンに言われた通り一階で待機し、その間にシンは気配を消して上を目指して上がっていく。

 だが、天臣のいう通りあまりのんびりもしていられない。ある程度階層を飛ばして進んでいくと、シンは自身の影のスキルで、移動ポータルもどきのトンネルを作り出す。

 そして待機させていた天臣の場所へ繋ぐと、自ら移動し彼の元へと戻る。

 「とりあえず安全な上層階まで繋いである。この影の中へ入ってくれ」

 「これは・・・?」

 「移動ポータルのようなものだ。ここと別の場所を繋いである。これで奴の警戒の目を掻い潜りながら進める」

 無闇に駆け上がって行くよりも、アサシンの気配を消した探索とこの移動方法があれば、安全に時間を掛けずに進むことができる。建物や狭い場所での潜入や捜索は、シンのクラスと相性が抜群だった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

視力0.01の転生重弩使い 『なんも見えんけど多分味方じゃないからヨシッ!』

ふつうのにーちゃん
ファンタジー
転生者グレイボーンは、前世でシュールな死に方をしてしまったがあまりに神に気に入られ、【重弩使い】のギフトを与えられた。 しかしその神は実のところ、人の運命を弄ぶ邪神だった。 確かに重弩使いとして破格の才能を持って生まれたが、彼は『10cm先までしかまともに見えない』という、台無しのハンデを抱えていた。 それから時が流れ、彼が15歳を迎えると、父が死病を患い、男と蒸発した母が帰ってきた。 異父兄妹のリチェルと共に。 彼はリチェルを嫌うが、結局は母の代わりに面倒を見ることになった。 ところがしばらくしたある日、リチェルが失踪してしまう。 妹に愛情を懐き始めていたグレイボーンは深い衝撃を受けた。 だが皮肉にもその衝撃がきっかけとなり、彼は前世の記憶を取り戻すことになる。 決意したグレイボーンは、父から規格外の重弩《アーバレスト》を受け継いだ。 彼はそれを抱えて、リチェルが入り込んだという魔物の領域に踏み込む。 リチェルを救い、これからは良い兄となるために。 「たぶん人じゃないヨシッッ!!」 当たれば一撃必殺。 ただし、彼の目には、それが魔物か人かはわからない。 勘で必殺の弩を放つ超危険人物にして、空気の読めないシスコン兄の誕生だった。 毎日2~3話投稿。なろうとカクヨムでも公開しています。

150年後の敵国に転生した大将軍

mio
ファンタジー
「大将軍は150年後の世界に再び生まれる」から少しタイトルを変更しました。 ツーラルク皇国大将軍『ラルヘ』。 彼は隣国アルフェスラン王国との戦いにおいて、その圧倒的な強さで多くの功績を残した。仲間を失い、部下を失い、家族を失っていくなか、それでも彼は主であり親友である皇帝のために戦い続けた。しかし、最後は皇帝の元を去ったのち、自宅にてその命を落とす。 それから約150年後。彼は何者かの意思により『アラミレーテ』として、自分が攻め入った国の辺境伯次男として新たに生まれ変わった。 『アラミレーテ』として生きていくこととなった彼には『ラルヘ』にあった剣の才は皆無だった。しかし、その代わりに与えられていたのはまた別の才能で……。 他サイトでも公開しています。

だって私、悪役令嬢なんですもの(笑)

みなせ
ファンタジー
転生先は、ゲーム由来の異世界。 ヒロインの意地悪な姉役だったわ。 でも、私、お約束のチートを手に入れましたの。 ヒロインの邪魔をせず、 とっとと舞台から退場……の筈だったのに…… なかなか家から離れられないし、 せっかくのチートを使いたいのに、 使う暇も無い。 これどうしたらいいのかしら?

Sランク冒険者の受付嬢

おすし
ファンタジー
王都の中心街にある冒険者ギルド《ラウト・ハーヴ》は、王国最大のギルドで登録冒険者数も依頼数もNo.1と実績のあるギルドだ。 だがそんなギルドには1つの噂があった。それは、『あのギルドにはとてつもなく強い受付嬢』がいる、と。 そんな噂を耳にしてギルドに行けば、受付には1人の綺麗な銀髪をもつ受付嬢がいてー。 「こんにちは、ご用件は何でしょうか?」 その受付嬢は、今日もギルドで静かに仕事をこなしているようです。 これは、最強冒険者でもあるギルドの受付嬢の物語。 ※ほのぼので、日常:バトル=2:1くらいにするつもりです。 ※前のやつの改訂版です ※一章あたり約10話です。文字数は1話につき1500〜2500くらい。

Another Of Life Game~僕のもう一つの物語~

神城弥生
ファンタジー
なろう小説サイトにて「HJ文庫2018」一次審査突破しました!! 皆様のおかげでなろうサイトで120万pv達成しました! ありがとうございます! VRMMOを造った山下グループの最高傑作「Another Of Life Game」。 山下哲二が、死ぬ間際に完成させたこのゲームに込めた思いとは・・・? それでは皆様、AOLの世界をお楽しみ下さい! 毎週土曜日更新(偶に休み)

護国の鳥

凪子
ファンタジー
異世界×士官学校×サスペンス!! サイクロイド士官学校はエスペラント帝国北西にある、国内最高峰の名門校である。 周囲を海に囲われた孤島を学び舎とするのは、十五歳の選りすぐりの少年達だった。 首席の問題児と呼ばれる美貌の少年ルート、天真爛漫で無邪気な子供フィン、軽薄で余裕綽々のレッド、大貴族の令息ユリシス。 同じ班に編成された彼らは、教官のルベリエや医務官のラグランジュ達と共に、士官候補生としての苛酷な訓練生活を送っていた。 外の世界から厳重に隔離され、治外法権下に置かれているサイクロイドでは、生徒の死すら明るみに出ることはない。 ある日同級生の突然死を目の当たりにし、ユリシスは不審を抱く。 校内に潜む闇と秘められた事実に近づいた四人は、否応なしに事件に巻き込まれていく……!

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

処理中です...