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仮想世界のとある街に設けられた、野外ライブ会場。多くのユーザーが集まり、歌手やアイドルグループなどの音楽を楽しみながら、時には熱狂し、時には心癒される時間を過ごす、現実世界の疲れを忘れられる憩いの場。
そんな会場で一人、当時はあまり人気のなかったアイドルが、会場で思い思いの時間を過ごすユーザー達へ、歌を届けていた。
最前列には、デビュー当時からの追っかけだろうか。彼女の名前らしきものが描かれた団扇やタオルを持って応援する人が、お世辞にも多くはない人数で、その歌声に聞き入っていた。
英才教育に明け暮れていたあまり、歌や音楽といった娯楽に疎かった蒼空には、アイドルというものがどんなものなのか分からず、彼女がアイドルとしてどれくらいの活動をしていたのかも、知る由もなかった。
しかし、多くの人々が彼女の出番をまるで休憩時間と言わんばかりに過ごす中、それを機にする素振りもなく毅然とした態度で歌う姿に、心の強い人だなと感銘を受けていた。
気になった蒼空は、最前列で応援する人が手に持っているグッズをチラリと見る。そこで初めて彼は、人生で初めて夢中になり憧れた存在の名前を知る事になる。
この時、まだ出会いはおろか会話すらしたこともない、親衛隊の三人の姿もあった。当然彼らも、まだ駆け出しのアイドルであった友紀に対し、親衛隊を組むほどの仲ではなかったようだ。
人の歌を、教養や嗜み以外で聞くのは何年振りだっただろう。何が良いのかも分からない音楽を、ただひたすら周りの目を騙すように聞き分け、わかっているかのような感想を述べる。それが蒼空にとっての音楽だった。
実際にタイミングも良かったのだろう。丁度壁に当たっていた頃の彼の心には、彼女の歌声がまるで身に沁みてくるように心地よく聞こえていた。
世間一般的に言うところの、歌が上手い訳でもなく、技術力もまだ未熟なものだった。それでも必死に足掻き、目の前に広がる光景に負けぬよう、彼女の声とその目は輝きを失ってなどいなかった。
まるで迷いなど感じさせない、小さくも大きな壁に立ち向かう姿勢が、自分の背中を押してくれている応援歌のように聞こえ、彼は初めて音楽を聴いて感動いた。
彼女の出番が終わってから疎らな拍手の後、大物シンガーソングライターと大々的に謳われている人物が登場し、会場は一気に盛り上がっていた。
ステージ上の端で荷物を持ち撤退する、少人数のスタッフと友紀達の背中は、哀愁にも似た小さなものに映っていただろう。だが、その会場にいたごく少数の人間には、また彼女の歌声を聞きたいと思わせるくらいの力はあったに違いない。
それ以来、蒼空は何かと彼女のことを検索し、次のイベントや参加するライブなどの情報を調べるようになり、少しずつ勉学をサボるようになっていった。
初めのうちは、両親にバレないようにするのに必死で、それまで蓄えた知識や演技力を駆使し、上手く立ち回っていた。
だが、誤魔化すのも限界がある。彼も何れ両親に知られるであろうことは分かっていた。
そしてその日が来た時、彼の家庭はこれまでに経験したことのない程、荒れた日となった。
何故親を騙していたのか。こんなことの為に勉強をさせてきたのではないと、聞くに耐えないほど勝手な言い訳と説教を受けた。
初めて自分の心が感銘を受けたものを侮辱された時、蒼空の中に芽生えたのは怒りでも憎しみでもなく、自分の両親に対する呆れと諦めだった。
この人達にとって自分は、周りの世間体の為の道具でしかないのだと。まるでペットや盆栽と変わらない。手塩にかけて育てたソレが、周囲の人間から褒められ評価されることに、自己満足を得ていたのだろう。
金と時間をかけて育てたソレが、自分達の思い通りの育ち方をせず、曲がってしまった事が気に食わなかったのだろう。
自分の為に金を掛けて習い事や教養を与えてくれていたと信じていた過去の蒼空は、そんな両親の悲しむ顔や怒る姿を見たくないと、それが自分の為であり両親への親孝行になるのだと信じて従ってきた。
そうした積み重ねてきたものが、まるで波に攫われる砂の城のように、呆気なく嘘のような一瞬で崩れ去った。
彼はそれから、一時の気の迷いだったと両親を騙し、一人で自立するまでの間、この“人間“という作品を手掛けるアイティストらの財力を利用してやろうと、心をひた隠しにし舞台俳優のように演技を続けてきた。
金が無くても人は生きていけないが、余る金があると人は駄目になる。それは自分のどこに非があるのかさえ理解できなくなる程、醜悪でどうしようもない欲の権化。
何ものも、手に余る程の力は身を滅ぼすのだという、良き反面教師となってくれた両親に、蒼空は感謝した。
それから彼は有名な大学へと進み一人暮らしを始めると、漸く両親の監視から解放され、趣味に没頭する時間がそれまで以上に増え、友紀のライブやイベントにも多く顔を出すようになった。
その頃には、当時のWoFでのライブが嘘のように多くのファンを獲得しており、蒼空もまた有名になる前の彼女を知る者として、その界隈ではある程度の知名度を誇るようになる。
そんな会場で一人、当時はあまり人気のなかったアイドルが、会場で思い思いの時間を過ごすユーザー達へ、歌を届けていた。
最前列には、デビュー当時からの追っかけだろうか。彼女の名前らしきものが描かれた団扇やタオルを持って応援する人が、お世辞にも多くはない人数で、その歌声に聞き入っていた。
英才教育に明け暮れていたあまり、歌や音楽といった娯楽に疎かった蒼空には、アイドルというものがどんなものなのか分からず、彼女がアイドルとしてどれくらいの活動をしていたのかも、知る由もなかった。
しかし、多くの人々が彼女の出番をまるで休憩時間と言わんばかりに過ごす中、それを機にする素振りもなく毅然とした態度で歌う姿に、心の強い人だなと感銘を受けていた。
気になった蒼空は、最前列で応援する人が手に持っているグッズをチラリと見る。そこで初めて彼は、人生で初めて夢中になり憧れた存在の名前を知る事になる。
この時、まだ出会いはおろか会話すらしたこともない、親衛隊の三人の姿もあった。当然彼らも、まだ駆け出しのアイドルであった友紀に対し、親衛隊を組むほどの仲ではなかったようだ。
人の歌を、教養や嗜み以外で聞くのは何年振りだっただろう。何が良いのかも分からない音楽を、ただひたすら周りの目を騙すように聞き分け、わかっているかのような感想を述べる。それが蒼空にとっての音楽だった。
実際にタイミングも良かったのだろう。丁度壁に当たっていた頃の彼の心には、彼女の歌声がまるで身に沁みてくるように心地よく聞こえていた。
世間一般的に言うところの、歌が上手い訳でもなく、技術力もまだ未熟なものだった。それでも必死に足掻き、目の前に広がる光景に負けぬよう、彼女の声とその目は輝きを失ってなどいなかった。
まるで迷いなど感じさせない、小さくも大きな壁に立ち向かう姿勢が、自分の背中を押してくれている応援歌のように聞こえ、彼は初めて音楽を聴いて感動いた。
彼女の出番が終わってから疎らな拍手の後、大物シンガーソングライターと大々的に謳われている人物が登場し、会場は一気に盛り上がっていた。
ステージ上の端で荷物を持ち撤退する、少人数のスタッフと友紀達の背中は、哀愁にも似た小さなものに映っていただろう。だが、その会場にいたごく少数の人間には、また彼女の歌声を聞きたいと思わせるくらいの力はあったに違いない。
それ以来、蒼空は何かと彼女のことを検索し、次のイベントや参加するライブなどの情報を調べるようになり、少しずつ勉学をサボるようになっていった。
初めのうちは、両親にバレないようにするのに必死で、それまで蓄えた知識や演技力を駆使し、上手く立ち回っていた。
だが、誤魔化すのも限界がある。彼も何れ両親に知られるであろうことは分かっていた。
そしてその日が来た時、彼の家庭はこれまでに経験したことのない程、荒れた日となった。
何故親を騙していたのか。こんなことの為に勉強をさせてきたのではないと、聞くに耐えないほど勝手な言い訳と説教を受けた。
初めて自分の心が感銘を受けたものを侮辱された時、蒼空の中に芽生えたのは怒りでも憎しみでもなく、自分の両親に対する呆れと諦めだった。
この人達にとって自分は、周りの世間体の為の道具でしかないのだと。まるでペットや盆栽と変わらない。手塩にかけて育てたソレが、周囲の人間から褒められ評価されることに、自己満足を得ていたのだろう。
金と時間をかけて育てたソレが、自分達の思い通りの育ち方をせず、曲がってしまった事が気に食わなかったのだろう。
自分の為に金を掛けて習い事や教養を与えてくれていたと信じていた過去の蒼空は、そんな両親の悲しむ顔や怒る姿を見たくないと、それが自分の為であり両親への親孝行になるのだと信じて従ってきた。
そうした積み重ねてきたものが、まるで波に攫われる砂の城のように、呆気なく嘘のような一瞬で崩れ去った。
彼はそれから、一時の気の迷いだったと両親を騙し、一人で自立するまでの間、この“人間“という作品を手掛けるアイティストらの財力を利用してやろうと、心をひた隠しにし舞台俳優のように演技を続けてきた。
金が無くても人は生きていけないが、余る金があると人は駄目になる。それは自分のどこに非があるのかさえ理解できなくなる程、醜悪でどうしようもない欲の権化。
何ものも、手に余る程の力は身を滅ぼすのだという、良き反面教師となってくれた両親に、蒼空は感謝した。
それから彼は有名な大学へと進み一人暮らしを始めると、漸く両親の監視から解放され、趣味に没頭する時間がそれまで以上に増え、友紀のライブやイベントにも多く顔を出すようになった。
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