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神代 コウ

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儚き夢と堕落の誘い2

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 ある日、彼女は家の者が寝静まった深夜に、こっそりと外へと出ていってしまう。どこかへ向かうという訳でもなく、ただ徐に外の空気に触れたくなったのだ。

 だが昼間や、人がまだ起きているような時間帯には出たくない。だから、人と遭遇しないように、深夜の時間帯を選んだ。

 それでも大通りの方からは、乗り物の音や荷物を運ぶドローンの音が聞こえてくる。明るさのある所には、それに付随し人の声もする。

 脇道や路地を通り、暗い道をただ当てもなく歩いていく彼女。しかし、食事もろくに取らなかったせいか、すぐに彼女の身体は動かなくなり、街頭の光も届かない路地裏で、まるで捨てられるかのように倒れてしまう。

 私には、こうやって野良犬のように死んでいくのがお似合いだ。

 もういい。人と関わるのに疲れた。生きるのに疲れた。

 薄れゆく意識の中、倒れる彼女に歩み寄る人の影のようなものが見えたが、確認する前に彼女の意識は途絶えてしまう。

 次に彼女が目を覚ましたのは、何処か街の一角にある広場のベンチの上だった。

 身体にはコートのようなものが掛けられており、暖かい風が彼女の身体を覆っていた。静かな機械音と共に風の吹く方を確認すると、そこには一機のドローンが低空飛行で飛びながら、彼女に温風を送っていた。

 「目、覚めた?・・・ビックリしたよ。人が倒れてると思ったら、凄く痩せちゃって顔も青冷めてたし、死んでんじゃないかって」

 「・・・・・」

 知らない男だった。何故彼女を助けたのかは分からない。だが、彼女には言葉を返す気力も、この男が何を考えているのかなど、考えることさえどうでもよくなっていた。

 黙って動き始めた彼女は、ベンチから起きあがろうとするも、腕に全くといっていい程、力が入らなかった。

 「駄目だよ、じっとしてなきゃ。何も食べてないんじゃないの?今何か買って来させてるからちょっと待ってて?起き上がれもしないのに、歩けるわけないよ」

 男は彼女が気を失っている間に、別のドローンに何か食べる物を買いに行かせたのだという。すぐに男の言うドローンが彼女らの元へと戻ってくる。

 「機械が買ってきた物なら安心だろ?きっと食欲ないだろうから、栄養の摂れるゼリー状のレーションとか注文したけど・・・どうかな?」

 彼女は見知らぬ男から食べ物など受け取れぬと、首を横に振って再び立ち上がろうとするが、やはり足に力が入らず、転びそうになるところを男に支えられる。

 「警戒するのも分かるよ。なら警備ドローンでも呼んでこようか?警察の物なら安心だろ?」

 男は自分のドローンに指示し、警備用ドローンを呼んで来させようとするが、彼女は事が大きくなるのを恐れ、首を横に振った。

 男の言う通り、歩くことさえ出来ないのではしょうがないと、男のドローンが持ってきた袋の中にある商品を一つ取り、それを口にした。

 暫くろくな物を口にしていなかったせいか、このような味気ない栄養食品でも、身体に染み渡るほど美味しく感じた。

 「よかった、信じてくれたみたいで。それ食べたら一人で帰れる?」

 男の問いに、彼女は食事をしながら黙って頷いた。すぐに回復はみられないが、彼女の顔色は先ほどまでと比べ、いくらかマシになったように見える。

 「んじゃぁ俺、用事あるからさ。一応食べ物、そこに置いていくね。それじゃ・・・」

 そう言って男は、彼女の元を離れ立ち去っていった。

 まともに家族以外の人間と接するのは、何日ぶりのことだっただろう。会話と言うべきものはなかったが、精神的なショックを受けたあの頃に比べ、いくらか恐怖心は無くなっていた。それとも、それどころではなかったと言うべきか。

 胃の中にものを入れたことで、身体が少しだけ元気になったような気がした。男が側からいなくなったことで安心したのか、彼女はベンチに深くもたれ掛かるようにして一息つく。

 目を閉じ、外の空気に触れると、身体は少しばかり寒くはあったが、部屋にこもっているよりも、違う思考が頭の中を流れるようになる。

 ちょっとした物音や風の感触。何処からか漂ってくる匂いなど、普段考えないような事まで、まるでネガティブな思考をほんの僅かでも忘れさせてくれるようだった。

 次第に居心地が良くなってしまったのか、彼女は男に連れられたでベンチ眠ってしまった。



 それから暫くして・・・。



 彼女は暖かな空間の中、何故だか勝手に動く自分の身体の異変に気づき、目を覚ます。重たい瞼を開けた先には、先程彼女を看病してくれた男が半裸の状態で、彼女に馬乗りになっていたのだ。

 身体が勝手に持ち上がったり動いていたのは、この男の仕業だった。男は彼女から衣服を剥ぎ取りながら、荒い鼻息と、まるで盛った獣のような様子で、気持ちの悪い視線を彼女の身体に向けていた。

 「いやッ!何でッ・・・!?」

 彼女が反応を示したことで驚いた男だったが、然程動揺することもなく、彼女が意識を取り戻してしまったことに対し、面倒がるように舌打ちを鳴らした。

 「何だ、もう起きちまったのかよ・・・。馬鹿だなぁ~、見ず知らずの男が君みたいな無防備な女を、タダで助ける訳ねぇだろ?」

 彼女は男の言葉で、目を覚ましたかのようにあの時のことを思い出した。ドローンに吊るされた袋に入っていた食べ物。それは確かに未開封のものだった。中に睡眠薬や毒を仕込むことはできない筈。

 男が仕込んだのは、彼女の身体を温める為に送っていたドローンからの風の方だったのだ。ほぼ無臭に近い、睡眠促進に効果のある香りを鼻や口から吸引したことにより、元より疲労を抱えていた彼女の身体は、その効能に耐えられなかったのだった。

 一向に彼女の身体から手を離そうとしない男を突き飛ばそうとするも、非力な彼女の力では押しのけることは出来なかった。それどころか、抵抗したことに腹を立てた男は、彼女の顔を平手打ちし、恐怖による圧力を掛けてきたのだ。

 抵抗すれば嬲り殺されるかもしれない。恐怖とパニックに襲われていた彼女には動けなくなってしまう。

 彼女から衣服を剥ぎ取られた男は、恐怖に動けなくなる彼女を尻目に、履いていたものを脱ごうとしていた。

 視線が彼女から少し離れた隙を突き、インターネットで目にしたことのあるような護身術を、意を決して男に実践する。

 それは、両手の拳を尖らせるように握り、人体の弱点である肋骨を斜め下から突き刺すように、持てる全力で突き上げるものだった。

 不意を突いて突然動き出した彼女の護身術を真面に食らった男は、あまりの激痛に彼女から飛び退くようにその場を離れ、視界外に落ちていった。

 二人がいたのは、何処かの薄暗い一室にあるベッドの上だった。だが、漸く出来たチャンスにのんびりしている時間はない。

 すぐに起き上がった彼女は、ベッドの上に乱暴に破かれた自分の服を手に取る。

 しかし、横腹を押さえながら倒れていた男が逃すまいと、彼女の手にした服を掴み引っ張る。

 「痛ぇッ・・・!やりやがったな!このッ・・・!!」

 引っ張られた彼女は、逃げることを最優先と判断し、服を諦め裸のまま部屋を飛び出すように出て行った。部屋のドアが勢いよく開くと、外には男の仲間だろうか。別の人物が二人ほど退屈そうにしていた。

 「えッ!?ちょッ・・・何!?」

 彼女は見向きもせず、ただ廊下を走り抜け、非常口の緑のライトを頼りに走り扉を開けると、下の階へと急いで降りていった。

 「女が逃げたッ・・・!捕まえろッ!!」

 中にいた男が、苦しそうな声で外の男達に合図を送る。何が何だか分からないまま、外にいた男達は逃げた彼女の後を追いかける。

 何としてもこの建物内で捕まえなければ。裸の女を追いかける男達の絵面など、どこをどう見ても事件性しかない。外に逃げられればお終いだ。追いかける男達にも、それくらいのことは分かった。

 彼女はこのままでは追いつかれると思い、一旦非常階段から中へ戻ると、エレベーターのボタンを押して、そのままトイレの方へと逃げ込んで行った。

 後を追ってきた男達も、非常階段から建物内へ戻ってくると、エレベーターの音に気を取られ、急ぎ現場へと向かう。しかしそこには、無人の状態で人を待つエレベーターの光景しかなかった。

 「クソッ!どっかに隠れやがった・・・。足音は聞こえねぇんだ、この階の何処かにいる筈だッ!」

 二手に分かれた男達は、次々にその階にある扉を手当たり次第に開けていく。扉が開かぬのならハズレ、もし開いたのなら中を調べに入るといった様子で、絶対に女を逃すまいと血眼になって探していく。

 そして一人の男がトイレへやって来る。女が逃げ込むのなら女子トイレだと迷わず入った男は、個室のドアを一つずつ開けていく。

 残る最後のドアに手をかけ、勢いよく開く。だがそこに、男達の追う彼女の姿はなかった。

 「どこ行きやがったッ!あの女ぁッ!!」

 隅々まで調べ上げた男は、トイレを後にする。

 しかし、男は気づかなかった。トイレの窓が空いていることに。

 非常階段を無我夢中で駆け降りていた彼女は、既に三階ほどの高さにまで降りて来ていたのだ。そこからどうにか伝って行けそうな足場を見つけるも、途中で足を滑らせ落下。

 運良く下にゴミ捨て場があり、それがクッションとなって一命を取り留めた。だが、今の彼女の姿は観るも無惨なものだった。

 逃げるのに必死で、一糸まとわぬ姿にその道中で汚れた足。落下の際にぶつけたのか、身体のあちこちに痣や切り傷のようなものが幾つも見受けられる。そして全身、ゴミに塗れた姿。彼女の命を救ったものとはいえ、とても手放しに喜べる状態ではなかった。

 何とか建物の外へと逃げることが出来たが、その後のことまでは考えていなかった。助けを求めるにしても、この姿のままでは表通りになど出れる筈がない。
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