World of Fantasia

人の聲

　悍しいものを前に、恐怖というよりも唖然としてしまっていたシン。すると、その肉塊は彼の存在を察したのか、ワーム状の肉体から生えた人間の腕で地面を蹴り上げ、駐車されている車や柱など押し退け、破壊しながらシンの元へ突っ込んで来た。

　「ッ・・・！」

　シンはすかさずスキルで影の中へ入ると、奇形のモンスターが走る射線上から逃れる。側の柱の影へ移動したシンは、影の中から姿を現し、自身へ敵対感情を向けるモンスターに対し、戦闘態勢に入る。

　自身で行動を制御出来ないのか、奇形のモンスターはそのまま壁に激突し、のたうち回っていた。

　「どこだ・・・どこに・・・どこへ」

　モンスターの方から人の声がする。しかし、駐車場のどこを見渡しても人影など見えない。聞き間違いではない。確実にモンスターの方から声が聞こえているのを確認する。

　「何だ・・・なんでモンスターが人の言葉を・・・？そもそもあれはWoFのモンスターなのか？」

　WoFは、様々な生き物、創作物や神話に登場する生物をモチーフにしたり、手を加えたモンスターが随時追加されている。その中に、今シンの目の前にいるようなグロテスクな見た目をしたモンスターも、存在する。

　更には、重要なポジションや役割を与えられた、所謂NPCと言われるノンプレイヤーキャラクターに属し、ゲームマスターがクエストのイベントや物語を構築する上で重要なファクターとなっている。

　故に、プレイヤーへヒントを与える為に言葉を発するモンスターも、中には存在する。

　基本的には、組まれたシステム上の言葉を話すことが殆どだが、そのキャラクターやモンスターが置かれている状況や環境を読み取り、より自然に人間らしく振る舞うAIも導入されている。

　同じ言葉や文章を繰り返されないことで、ユーザーがよりWoFという世界に入り込んでいると感じられる要因となっている。

　だが、駐車場にいる奇形のモンスターにはその法則性がなく、言葉もどこか繋ぎ合わせたようなチグハグなものになっている。それがまた、モンスターの不気味さを漂わせていた。

　崩れた壁や天井の瓦礫を腕で押し退け、周囲を窺うように身体を動かしている。そして、柱の影にシンの姿を捉えると、再び一目散に突進を仕掛けてきた。

　「見つけた・・・見つけた・・・。仲間・・・人間だ・・・」

　声は一つのトーンではなく、また性別や年齢も疎らに聞こえてくる。それはまるで、複数人がその奇形のモンスターの中にいるとでも思わせる程に。

　戦闘での命のやり取りをする恐怖心は経験したが、人間が別の生物に合成されているのを連想とさせるソレは、また違った背筋の凍るような不気味な恐怖をシンに与えた。

　「おいおい、サンプルってこれのことなのか？それとも別の物・・・？」

　詳細が説明されぬまま現地にやってきたシンは、WoFのメッセージ機能を使い、組織の研究施設にいるイヅツへ連絡を取ることにした。自分に代わって任務を言い渡してきた人物に、“サンプル“の詳細について聞いてもらおうとしたのだ。

　その間も奇形のモンスターは、体勢を立て直してはシンの姿を探し、攻撃を仕掛けていた。直線的な攻撃しかしてこないところを見ると、人の言葉を喋ろうと知能は無いように思える。

　身体は乗用車にも負けないくらいの大きさで、足代わりに使っている人間の腕で、軽々と車を弾き飛ばしている。単調だが一撃は重いタイプの攻撃。素早さを基調とするアサシンのクラスにとっては、格好の的だった。

　イヅツへ飛ばしたメッセージの返事は、すぐにシンの元へ帰ってきた。

　サンプルとはどうやら、とあるモンスターの事らしい。そのモンスターは、組織の者達が研究に使う、人のデータをインストールさせる母体として確保したものだそうだ。

　イヅツが聞いたシンの任務内容には、モンスターは拘束した状態で目的地に放置されているのだという。東京の現地で戦闘を担当している者達が、研究材料を次々に戦闘不能状態にさせ、別の者達に回収させているのだという。

　だが、シンの前にいるのは拘束などされていない、見たこともないモンスターしかいないのだ。

　シンは、自身が見ている光景をスクリーンショットのように記録し、イヅツへ目の前の奇形モンスターの姿を送った。