World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
710 / 1,646

絶望の足音

しおりを挟む
 濡れた衣服が、水を吸った分だけ重さを増し、疲弊した身体に重たくのしかかる。圧倒的な数の暴力の前に、完全に包囲されたその男は危機を脱し、未だ蔓延る魔物達に気付かれぬよう、神経を尖らせ慎重に進んでいた。

 視界の端にメッセージのアイコンが光る。歩みを進めながらすぐに内容を確認すると、それは共に戦っていたもう一人の男からだった。どうやら向こう側では、既に戦闘は終わったようだった。

 先に目的地へ向かっていると、文章の他に一つの添付ファイルも添えられていた。彼にとってそれが少し意外でもあった。

 仲間よりも任務を優先する粗暴な彼が、まさか道の分からないシンの為にマップを送ってくれていようとは、思いもしなかった。

 「そうか、本当にやってのけたんだな・・・」

 向こうが期待に応えた以上、こちらも無事に辿り着かねばと、心に力が湧いてくるようだった。彼からのメッセージは、自信にも繋がった。

 それまであまり友好的とは言えない関係性だったが、先の一件で朱影の信頼を得ることが出来たのかもしれない。そんな思いに僅かな胸の高揚を感じていると、通路の曲がり角から今やすっかり聴き慣れてしまった魔物の足音が聞こえてくる。

 「ッ・・・!」

 意識を耳に集中させ、聴覚を研ぎ澄ます。音の大きさと遠さで、大方の距離と魔物の大きさを想像する。一体や二体程度なら何とかできる。だが、三体以上となると厳しくなってくる。

 今のシンには、複数を一辺に暗殺するスキルは備わっていない。二体なら相手に出来るというのも、両手に持った投擲武器で確実に急所を狙えた場合の話だ。

 人間や獣以上に動きの読めない不可思議な魔物に、果たして同じ感覚が通用するかどうかも怪しく、成功率は決して高くはないだろう。

 そして聞こえてきた足音は、明らかに三体以上のものだった。この通路からは行けないと、進路を変えようと後ろを振り返ると、何とシンがやって来た道を辿るように、後方からも魔物の足音が聞こえてきたのだ。

 「マズイッ・・・!もうスキルに余裕は・・・」

 WoFの世界とは違い、スキルを使用することによる肉体への負担に、まだ彼自身の身体が付いていけていなかったのだ。

 紙一重のタイミングを見計らって行った影の中に投身するスキルは、肉体的な疲労よりも精神的にかなり重たい技術となっていたのだ。

 一歩タイミングを間違えれば死に繋がる、一瞬の隙を突いたスキル。もう一度あの絶妙なタイミングでスキルを使えと言われても、完璧にこなせる自信が今のシンにはなかった。

 それに今を凌げても、移動した先に再び魔物が現れたら一巻の終わり。立て続けにスキルを連発することは出来ない。例えスキルが発動したとしても、不完全なものになるのは必至だった。

 思わず後退りするシン。最悪なことに、後ろへと退いた足が下水に捨てられた缶を蹴ってしまった。空っぽの缶が転がる音が、下水道に響き渡る。

 小型のモンスターは、彼らの住処である下水道以外の匂いによる敏感であるため、嗅覚による感知をしていたと推測していたが、多少の音であればそれにも反応を示すようだった。

 耳を澄ましていたシンの聴覚に、僅かに音を聞きつけたのか小型のモンスター達が足を止めたのが分かった。

 その音の発信源を探さんと言わんばかりに、魔物達の足音が早まる。ペタペタと這い回る足音は、それまで聞いていた足音とは比べものにならないほど一気に増え、シンの元へ向かってくる。

 絶体絶命の窮地に、身体の内側から冷や汗が噴き出すように青ざめるシン。

 すると、背にしていた壁が突然動き、何かに引っ張られるようにしてシンの身体は、壁の中へと吸い込まれていった。

 全く想像だにしていなかった出来事に、理解が追いつかないシン。自分がどうなったのか、一体何が起きたのかさえ考える暇もなかった。ただ息を殺し、自分の心臓が飛び出さんばかりに鼓動しているのが伝わって来た。

 「・・・・・?一体何が・・・」

 すると、すぐ側で何者かの気配がした。視界に入った訳ではない。文字通りすぐ側に何か生き物がいるという気配だけがしたのだ。

 だが、シンの身体を飛び起こさせるには、十分な出来事だった。即座に立ち上がり武器を構える。

 そこには、シンと同じくWoFのキャラクターの姿をした人物が立っていた。その人物は、口に人差し指を当てながらシンに静かにするよう促すと、付いてこいというジェスチャーをして、狭い通路を先に歩いていってしまった。

 下水道の通路の他に、壁の向こうにはまるでゲームのダンジョンのような狭い通路に、火の灯してあるランプが掛けられた通路が存在していたのだ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

異世界無宿

ゆきねる
ファンタジー
運転席から見た景色は、異世界だった。 アクション映画への憧れを捨て切れない男、和泉 俊介。 映画の影響で筋トレしてみたり、休日にエアガンを弄りつつ映画を観るのが楽しみな男。 訳あって車を購入する事になった時、偶然通りかかったお店にて運命の出会いをする。 一目惚れで購入した車の納車日。 エンジンをかけて前方に目をやった時、そこは知らない景色(異世界)が広がっていた… 神様の道楽で異世界転移をさせられた男は、愛車の持つ特別な能力を頼りに異世界を駆け抜ける。 アクション有り! ロマンス控えめ! ご都合主義展開あり! ノリと勢いで物語を書いてますので、B級映画を観るような感覚で楽しんでいただければ幸いです。 不定期投稿になります。 投稿する際の時間は11:30(24h表記)となります。

処理中です...