World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
663 / 1,646

社会に潜むものの正体

しおりを挟む
 目の前で慎を連れ去られた明庵。突然現れた黒い衣に身を包んだ謎のものは、慎を連れたまま再び煙のように消えていった。

 その事からも、連れ去った何者かが彼の追う“異変“に関与していることは明らかだった。慎から情報を聞き出すことは出来なかったが、彼の追っていた“異変“が勘違いでないことを証明した。

 目の前で人間ほど大きな物体を、これ程短時間で消し去るなど非現実的にも程がある。“異変“自体、到底信じられないものだが、現に自身の目や感覚、それに彼が独自で作り上げたドローンにも検知できているという、証拠があるのだ。

 周りの誰もが信用してくれなくても、明庵は自分自身と努力の成果を信じてやまない。

 技術の発展とは、生活を豊かにする上でも利便性があり、仕事をより効率的にしてくれる。だが、全ての人間がすぐにそれら未知の技術を鵜呑みにしてくれる訳ではない。

 仮想通貨や電子マネー、自身の情報をデータ上に保管するなど、初めは誰でも抵抗を持っていた。メリットばかりが紹介され、その実起きているトラブルや不具合は、そういった個人の情報を他人に閲覧され盗まれるというデメリットも伴っている。

 慎や明庵の暮らす世界でサイバー犯罪が急増しているのも、そういった背景がある。ハッカー集団の組織は年々増え、取り締まりを強化しようと全てを消し去ることは出来ない。

 それだけ多くの人を惑わす魅力的な誘惑が、この世界には蔓延っているのだ。

 慎のように学校を中退し、経歴で弾かれ就職出来ずにあぶれた者や、問題を抱え人の群れの中で上手い付き合いが出来なかった者。不運や災難に苛まれ、生活が枯渇してしまった者に、他人によって人生を変えられてしまった者。

 自らの意思とは別に、誰もが辿る所謂平凡で平均的、常識であり普通と呼ばれる道から外れてしまった者達にとって、ハッカー達の誘惑はまるで泥水の中で澱んだ光を見つけるような、幻想で作られた夢を見せてしまう。

 テレビのニュースや動画サイトなどで流れている、サイバー犯罪の事件。無論、捕まれば罰せられ罪を負うことになる。見せしめと言わんばかりに報道される犯罪者達のニュースも、それが事実であるかなど普通の人間には確かめようがないのだから。

 だが人は、それを疑うこともなく信じる。報道される出来事や情報、ネットで拡散される情報やデータ。何が本当で嘘なのか。ほとんどの人間にとって、そんなことは問題ではないのかも知れない。

 当事者になって初めて気づくのだ。

 虚偽や偽造が大きく早く世界中に広まり、真実を知る僅かな者達の声は届くことはない。

 これが、自分達の生活の大半を占めていたものの正体なのだと。

 そして気づいた時にはもう手遅れになっている。何か行動を起こそうとも、誰も本当の意味で理解しようとする者はおらず、憐れみの目で見つめ安堵するのだ。

 かわいそうに。元気出せ。良いことあるさ。
 (こいつよりはマシだ。下には下がいる。哀れで見ていられない)

 慎や明庵、そしてWoFに残っているミアやツクヨも、そういった人間社会に潜む正体に触れた者達と言えるだろう。

 彼らがいくら声を出して訴えても、その経歴や過去が邪魔しておかしくなったと見られるだけで、信じて貰えない。何も知らなければ、信じろと言うのも難しい話だ。

 幽霊が見える。宇宙人を見た。未来が見える。

 こんな話を誰が心の底から信じると言うのか。それは同類の者でしかない。

 明庵にとって慎は、漸く見つけた“同類“であったのだ。しかし、彼はその真実を知ることなく目の前で失ってしまった。

 黒いコートの何者かが慎を連れ去ったことから、彼を本当の意味で失った訳ではない。恐らく殺すつもりであれば、その場で殺し明庵も殺していたことだろう。

 慎が何かを知っていたとして、口止めの為ではなく彼には別の用途があるということだろう。わざわざ連れ去ったからには、すぐには殺さない。

 明庵はドローンの解析を待ち、結果を調べる。

 だがそこに、“異変“の反応はなかった。あった、と言う検証結果も出ていない。既に遅かったのだろう。慎を連れ去った何者かは、当然後を追われないように証拠を消し去る準備をして現れた。

 その逃走経路を追うことは、朱影らでも不可能だった。

 「クソッ・・・!何だっていうんだ。如何していつも俺の邪魔ばかりッ・・・」

 苛立ちを露わにしそうになったところで、建物内へ入っていく人の声のようなものが聞こえ始める。調査と探索を終えた巡回ドローンが戻ったのだろう。多くの警察関係者が、焼けた事件現場へと入ってくる。

 いち早く明庵のいる部屋へやって来たのは、初めに事件現場となった建物の入り口にいた、スーツ姿の若い刑事とトレンチコートを着た年配の男だった。

 「おーい、出雲や。タイムリミットだ、そろそろ手を引け」

 「・・・えぇ、分かりました・・・」

 渋々といった様子で、出雲明庵は慎と出会った部屋を出ていき、建物を後にした。ドローンによる建物の巡回もなくなり、これで朱影らも漸く動き出せるようになった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

最前線攻略に疲れた俺は、新作VRMMOを最弱職業で楽しむことにした

水の入ったペットボトル
SF
 これまであらゆるMMOを最前線攻略してきたが、もう俺(大川優磨)はこの遊び方に満足してしまった。いや、もう楽しいとすら思えない。 ゲームは楽しむためにするものだと思い出した俺は、新作VRMMOを最弱職業『テイマー』で始めることに。 βテストでは最弱職業だと言われていたテイマーだが、主人公の活躍によって評価が上がっていく?  そんな周りの評価など関係なしに、今日も主人公は楽しむことに全力を出す。  この作品は「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野 佑
SF
多種多様な武器やスキル、様々な【称号】が存在するが職業という概念が存在しない<Imperial Of Egg>。 古き良きPCゲームとして稼働していた<Imperial Of Egg>もいよいよ完全没入型VRMMO化されることになった。 身体をなるべく動かしたくないと考えている岡田智恵理は<Imperial Of Egg>がVRゲームになるという発表を聞いて気落ちしていた。 しかしゲーム内の親友との会話で落ち着きを取り戻し、<Imperial Of Egg>にログインする。 当作品は小説家になろう様で連載しております。 章が完結次第、一日一話投稿致します。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...