640 / 1,646
再び、現実の世界へ
しおりを挟む大通りに出たところで、それぞれの目的地が真逆となったシンとマクシムは、そこで別れることとなった。ヘラルトのことは残念だったが、まだ死が確定した訳ではない。
だが、マクシムの言う通り海へ出たのは彼の意思であり、彼も危険なことは承知の上であっただろう。
二人はまた何処かで会おうと、握手を交わした。背中合わせに道を違えた二人は、人混みの中へと姿を消し仲間の元へと帰っていった。確認したいことを全て終えたシンは、ミア達の待つ会場へと戻る。
どういう訳か酒瓶に囲まれていたミアが、シンが席を立つ前と何ら変わらぬ様子で酒を飲んでおり、全く酒に手をつけていなかったツクヨが机に突っ伏し、酔い潰れていた。
「・・・これ、ミアが飲んだの・・・?」
衝撃のあまり唖然としているのか呆れているのか、椅子の傍で立ち尽くすシンの方を振り返り、グラスに注がれた少ない酒を一気に飲み干す。
「お?戻ったのかシン!君も飲んだ方がいいぞ。ここの酒はあっちより美味い!どっかの酒場みたいに、馬鹿な野郎もいないしな!」
グラン・ヴァーグで情報を集めていた時の、酒場のことを言っているのだろう。ミアがそこで海賊の男と揉め事を起こし、そこで初めてキングという男に出会ったのだ。
彼との最初の出会いは衝撃的だった。何せキングは聖都での出来事を知っており、尚且つシン達がその一件に絡んでいるのではと疑って掛かったのだ。それ以上に、キングがシュトラールと同じ雰囲気を醸し出し、強者のオーラを纏っていたことに驚いた。
「そろそろ宿舎に戻った方がいいんじゃないか?」
「話し聞いてたぁ?そんな素面で寝たら、気持ちよく寝られないでしょうが」
「ツバキはどこへ行ったんだ?見当たらないけど・・・」
「アイツはまだ取材を受けてるよ。ガキによってたかってよぉ。早く寝かせるならアタシじゃなくて、あっちだろ」
そう言ってミアは顎でツバキのいる人集りの方を指す。彼の姿は確認できず、カメラのフラッシュのようなものが、人集りの奥でビカビカと光っているのだけが分かる。
彼らが到着するより前に、会場に到着していたシンは先に少量の酒を嗜んでおり、酔いどころを失ってしまっていた。今更酒を飲む気分にもなれず、シンはレースの途中から使用できなくなっていた、現実世界の方にいる白獅より託された義眼のアイテム、テュルプ・オーブのことを報告しに行こうとした。
何故か肝心なところで、一切の通信が途絶えてしまったテュルプ・オーブ。こちらの世界でのイベントが、丁度一区切りついたので次の目的地も決まっていない今、現実世界に戻り報告に行くのがいいだろうと思った。
「レースの途中から、白獅からもらったアイテムが機能しなくなったんだ。これからちょっと戻って、報告してきてもいいかな・・・?」
するとミアは、グラスを握る手を止め飲むのを中断し、シンの方へ振り向く。胡散臭そうな顔で口を開いた彼女は、どうにもシンの言う“白獅“という人物を信用いていない様子だった。
ミアからすれば、その人物の存在はシンの話に出てくるだけで声も顔も、存在すら確認していない未知なるもの。話は合わせているものの、実際のところ現実世界にあるという“アサシンギルド“の存在も、シンがそう思いたいだけで幻覚や思い込みのようなものに苛まれているだけではと、疑念を感じざるを得なかった。
これまでその疑念を口をにすることはなかったが、死闘を終え酒が入り少しだけ気持ちが緩んだのか、初めて彼の前でその疑念を語り始めた。
「・・・大体なぁ、その“白獅“と言う者は信用できるのか?単に君を利用しているだけじゃないのか?そいつに貰ったアイテムってのも、私達を監視するものだったりするんじゃないのか?」
彼女に言われて初めてそんな考えが頭を過った。シンは現実世界に戻った際、白獅の仲間と思われる者に命を救われている。その後、実物としか思えない壁をすり抜け、彼らのアジトだという“アサシンギルド“を訪れることとなった。
今にして思えば、そんなこと信用できる筈がない。彼らが遭遇している現状も、到底本当のことにようには思えないが、ミアやツクヨからすれば、シンの話の中にだけ存在するそれらを鵜呑みにできるだけの判断材料がない。
妙な力を手にして戻ってきたシンは、何処にいる誰かも分からぬ者、そもそも存在しているのかさえ怪しい者と通信をし始める始末。何かよからぬことに利用されているのか、或いは精神を汚染されているのを疑っても不思議ではないくらいだ。
「・・・考えたこともなかった。でも、彼らは俺を助けてくれたんだ。それに俺達の他に、WoFの世界と通じていたプレイヤーの存在を教えてくれたし、この目でサラのキャラデータを持つ“本体“を見たんだ」
現実とは思えぬ現実の世界で彼らが見せてくれたもの。それはシン達と同様に、WoFへ転移できるようになってしまった“異変“に遭遇した人物。その成れの果てだった。
サラは、シン達が初めて遭遇したWoFの世界で起きている“異変“に囚われていた人物。アンデッドの身体に蝕まれ、家族同然だった者を救うため幾多の冒険者を、その運命の輪に巻き込んでいた悲劇の少女。
しかし、シンがアサシンギルド内部で白獅によって見せられた彼女の本体は成人のものであり、本物の身体という訳ではなく、生前の彼女の肉体的データだったのだ。
彼らはシン達が知っている以上に、“異変“の事を知っている。だが、未だにその本質には迫れていないという様子だった。彼らも別々の世界から、シン達が“現実世界“と呼ぶ世界に転移してきたのだそうだ。
謂わば彼らもWoFへ転移できるようになったシン達と同じ、“異変“に巻き込まれた被害者なのだ。しかし妙なことに、彼らは元いた世界へは戻れないのだそうだ。
その違いについても、未だに分かっていない。だが、互いに何も分からないからこそ、双方にとってお互い協力し合うことで、“異変“の真相に迫れるのではないだろうか。
「それだって本物かどうかなんて、私達には確認のしようがないないだろ?協力し合わなきゃならないのは分かるけど、あまりこちらの手の内ばかり見せびらかすのは危険だ」
ミアはシンを心配してくれているのだろう。勿論、彼らの身を守るために情報開示は出来るだけ必要最低限に止める必要がある。正論やそれらしい事を言って本心を隠そうとするのが、ミアの癖らしい。
「・・・もしかして、心配してくれてる?」
「馬鹿・・・。早く行ってこい。じゃないと置いていくからな!」
徐々に彼女の扱い方が分かってきたような気がしたシン。微笑ましいやり取りの後、彼女は再び今のやりとりを忘れるように酒と料理を楽しみ始める。ミアの優しさを感じつつも、シンは現実世界へ戻るためログアウト操作を始める。
0
お気に入りに追加
302
あなたにおすすめの小説
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
スキル盗んで何が悪い!
大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物
"スキル"それは人が持つには限られた能力
"スキル"それは一人の青年の運命を変えた力
いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。
本人はこれからも続く生活だと思っていた。
そう、あのゲームを起動させるまでは……
大人気商品ワールドランド、略してWL。
ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。
しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……
女の子の正体は!? このゲームの目的は!?
これからどうするの主人公!
【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる