630 / 1,646
無垢なる歓喜
しおりを挟む
唖然とするシュユー。しかし、彼の心にかかった不安の雲はすぐに祓われることとなる。真っ二つになった船の半身が、徐々にその姿を幻へと変えたのだ。
「ッ・・・!?フーファンか・・・!」
スユーフが両断した船は、フーファンの部隊が見せていた幻の姿。本物の船はもう片方に残った半身から姿を現す。妖術を発動するための祈祷師達は道具の準備は、血海を抜ける時より出来ていた。それだけの時間は十分にあったからだ。
同じようなタイミングで抜け出したシー・ギャングの船団を見たチン・シーが、仲間達にも隠したままフーファンと進めていた防衛策。例え策を知っていて、それを匂わせないようにしたところで、見る者によれば分かってしまう恐れがある。
彼女は、キングの幹部達を侮ってなどいなかった。細心の注意を払った彼女の策にまんまとハメられたスユーフは、驚きのあまり身体から力が抜けてしまう。
見極める目を持っていたと思っていた彼は、無意識の内に騙されたことに対してショックを受けていたのかもしれない。
「バッ・・・バカな・・・!故・・・こんなチープな罠に・・・」
自らの失態を振り払うように、スユーフは再び冴え渡る剣技で斬撃を放つ。しかし、動揺している彼の剣技には、それまでの鋭さはない。スユーフの技には、シン達の元いた世界である日本で言うところの、精神統一に通ずる技術を用いている。
故に、心の些細な動きを抱えたまま、技の真価を発揮することが出来なかったのだ。鋭さを失った彼の斬撃は、チン・シーの船から放たれた火矢によって相殺されていく。
「こちらは回避しただけなのだがな。思った以上の効果を与えたようだ」
幻の中から姿を現した船の中で、チン・シーが思わぬ成果に口角を上げて不敵に笑う。リンクの能力で繋がる弓兵達を使い、彼女は見事にスユーフの斬撃を撃墜していく。最早、その鈍った剣では彼女らの船に切り傷を与えることなど出来ないと思わせるほどに。
「もうよした方がいいんじゃねぇか?それよりも守りに手を貸せよ。俺らだけで手に負える相手じゃねぇぜ・・・ありゃぁ・・・」
ムキになるスユーフを呼び止めるダラーヒム。ハオランがいないとはいえ、相手は三大海賊の一人、チン・シー。キングがいない中で彼女を相手にするのは非常に部が悪いことを、彼はよく分かっていた。
群れの中にいるよりも、外から見ている者の方が全体の様子を把握出来ているというのは当然のこと。スユーフも、冷静な彼の声に目を覚ましたかのように大人しくなる。
目の前のことに没入し、単純なことさえも分からなくなっていたのかと、悔い改めたスユーフは刀を鞘に収め、大きく深呼吸する。
そして一度だけ抜刀の構えを取ると、最後の一振りと言わんばかりに全力の抜刀術を披露する。すると、銃弾のように飛んできていたチン・シー海賊団の火矢が、その場で細切れになり勢いを絶った。
「ボ・・・ボスは俺を、ば・・・罰するだろうか?」
「んなわけあるかよ。まぁ・・・そん時は俺も一緒に罰を受けてやるよ。進言したのは俺だからな・・・」
そう言うと、シー・ギャングから向けられていた敵意がなくなり、それ以来攻撃が一切チン・シー海賊団の元へ向けられることは無くなった。
冷静さを取り戻したスユーフの一撃に、チン・シー海賊団の攻撃の手も止まる。それ以上踏み込めばタダでは済まないといった空気を、船員達は悟ったのだろう。
同時に、チン・シーがリンクの能力で彼らを止めたのも重なり、第三陣の攻防は静かに終わりを迎えた。
シー・ギャングの攻勢の手が止まり、軍勢を一番に抜け出したのはツバキの船だった。最早彼らを邪魔するものはなく、そのままの勢いで無事ゴールへと辿り着いた。
その様子を会場から見ていたシンは、慌てて走り出し彼らを迎えに行く。大歓声の中を人混みを掻き分け、海岸へと向かう。ビリビリと響き渡る大歓声に混じり、船のエンジン音が次第に掻き消された。
漸く辿り着いた海岸でシンが目にしたのは、誰も欠けることなく無事にゴールした仲間達の姿だった。やっと心置きなく話せる者達を前に、シンは自分はここにいると大きく手をあげて彼らにアピールした。
それに気づいた彼らも、シンの方を指差し笑顔を向けて歩いてくる。
「シン!無事だったか!」
「あぁ、見ての通りだ。みんなも無事でよかった・・・」
再会を喜んでいるところに、一人ソワソワとした様子で彼を見つめる視線があった。誰よりもこのレースに熱い思いを賭けて臨んだのは、他ならぬその少年だった。
「それで!?順位は・・・。アンタは何位だったんだ!?」
「・・・二位だった」
シンは他に言葉を飾ることなく、結果だけをストレートに伝えた。するとs少年は、緊張の糸から解き放たれたかのように、その場で座り込んだ。思わぬ反応に彼らは驚いたが、少年はシンの到着順位を聞いて静かに笑い出した。
「嘘だろ!?信じられない!こんな奇跡が・・・。確かに望んだものだったけど、初めてのレースでこんな結果が待ってるなんて・・・」
笑いながら少年の目は潤んでいた。嬉しさのあまり、笑いながら止めどなくその目から大粒の涙をこぼしていた。これまで憎まれ口を叩いていた生意気な少年が、漸く子供らしい姿を見せたのだ。
余程嬉しかったのだろう。その身体を支えるようにミアが立たせると、彼らは観客の歓声と拍手の中、会場へと向かって歩き出した。
「ッ・・・!?フーファンか・・・!」
スユーフが両断した船は、フーファンの部隊が見せていた幻の姿。本物の船はもう片方に残った半身から姿を現す。妖術を発動するための祈祷師達は道具の準備は、血海を抜ける時より出来ていた。それだけの時間は十分にあったからだ。
同じようなタイミングで抜け出したシー・ギャングの船団を見たチン・シーが、仲間達にも隠したままフーファンと進めていた防衛策。例え策を知っていて、それを匂わせないようにしたところで、見る者によれば分かってしまう恐れがある。
彼女は、キングの幹部達を侮ってなどいなかった。細心の注意を払った彼女の策にまんまとハメられたスユーフは、驚きのあまり身体から力が抜けてしまう。
見極める目を持っていたと思っていた彼は、無意識の内に騙されたことに対してショックを受けていたのかもしれない。
「バッ・・・バカな・・・!故・・・こんなチープな罠に・・・」
自らの失態を振り払うように、スユーフは再び冴え渡る剣技で斬撃を放つ。しかし、動揺している彼の剣技には、それまでの鋭さはない。スユーフの技には、シン達の元いた世界である日本で言うところの、精神統一に通ずる技術を用いている。
故に、心の些細な動きを抱えたまま、技の真価を発揮することが出来なかったのだ。鋭さを失った彼の斬撃は、チン・シーの船から放たれた火矢によって相殺されていく。
「こちらは回避しただけなのだがな。思った以上の効果を与えたようだ」
幻の中から姿を現した船の中で、チン・シーが思わぬ成果に口角を上げて不敵に笑う。リンクの能力で繋がる弓兵達を使い、彼女は見事にスユーフの斬撃を撃墜していく。最早、その鈍った剣では彼女らの船に切り傷を与えることなど出来ないと思わせるほどに。
「もうよした方がいいんじゃねぇか?それよりも守りに手を貸せよ。俺らだけで手に負える相手じゃねぇぜ・・・ありゃぁ・・・」
ムキになるスユーフを呼び止めるダラーヒム。ハオランがいないとはいえ、相手は三大海賊の一人、チン・シー。キングがいない中で彼女を相手にするのは非常に部が悪いことを、彼はよく分かっていた。
群れの中にいるよりも、外から見ている者の方が全体の様子を把握出来ているというのは当然のこと。スユーフも、冷静な彼の声に目を覚ましたかのように大人しくなる。
目の前のことに没入し、単純なことさえも分からなくなっていたのかと、悔い改めたスユーフは刀を鞘に収め、大きく深呼吸する。
そして一度だけ抜刀の構えを取ると、最後の一振りと言わんばかりに全力の抜刀術を披露する。すると、銃弾のように飛んできていたチン・シー海賊団の火矢が、その場で細切れになり勢いを絶った。
「ボ・・・ボスは俺を、ば・・・罰するだろうか?」
「んなわけあるかよ。まぁ・・・そん時は俺も一緒に罰を受けてやるよ。進言したのは俺だからな・・・」
そう言うと、シー・ギャングから向けられていた敵意がなくなり、それ以来攻撃が一切チン・シー海賊団の元へ向けられることは無くなった。
冷静さを取り戻したスユーフの一撃に、チン・シー海賊団の攻撃の手も止まる。それ以上踏み込めばタダでは済まないといった空気を、船員達は悟ったのだろう。
同時に、チン・シーがリンクの能力で彼らを止めたのも重なり、第三陣の攻防は静かに終わりを迎えた。
シー・ギャングの攻勢の手が止まり、軍勢を一番に抜け出したのはツバキの船だった。最早彼らを邪魔するものはなく、そのままの勢いで無事ゴールへと辿り着いた。
その様子を会場から見ていたシンは、慌てて走り出し彼らを迎えに行く。大歓声の中を人混みを掻き分け、海岸へと向かう。ビリビリと響き渡る大歓声に混じり、船のエンジン音が次第に掻き消された。
漸く辿り着いた海岸でシンが目にしたのは、誰も欠けることなく無事にゴールした仲間達の姿だった。やっと心置きなく話せる者達を前に、シンは自分はここにいると大きく手をあげて彼らにアピールした。
それに気づいた彼らも、シンの方を指差し笑顔を向けて歩いてくる。
「シン!無事だったか!」
「あぁ、見ての通りだ。みんなも無事でよかった・・・」
再会を喜んでいるところに、一人ソワソワとした様子で彼を見つめる視線があった。誰よりもこのレースに熱い思いを賭けて臨んだのは、他ならぬその少年だった。
「それで!?順位は・・・。アンタは何位だったんだ!?」
「・・・二位だった」
シンは他に言葉を飾ることなく、結果だけをストレートに伝えた。するとs少年は、緊張の糸から解き放たれたかのように、その場で座り込んだ。思わぬ反応に彼らは驚いたが、少年はシンの到着順位を聞いて静かに笑い出した。
「嘘だろ!?信じられない!こんな奇跡が・・・。確かに望んだものだったけど、初めてのレースでこんな結果が待ってるなんて・・・」
笑いながら少年の目は潤んでいた。嬉しさのあまり、笑いながら止めどなくその目から大粒の涙をこぼしていた。これまで憎まれ口を叩いていた生意気な少年が、漸く子供らしい姿を見せたのだ。
余程嬉しかったのだろう。その身体を支えるようにミアが立たせると、彼らは観客の歓声と拍手の中、会場へと向かって歩き出した。
0
お気に入りに追加
302
あなたにおすすめの小説
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
スキル盗んで何が悪い!
大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物
"スキル"それは人が持つには限られた能力
"スキル"それは一人の青年の運命を変えた力
いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。
本人はこれからも続く生活だと思っていた。
そう、あのゲームを起動させるまでは……
大人気商品ワールドランド、略してWL。
ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。
しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……
女の子の正体は!? このゲームの目的は!?
これからどうするの主人公!
【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる