World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
614 / 1,646

ゴールテープを切る

しおりを挟む
 映像を中継している飛行ユニットを引き連れ、遂に四人が町からも目視できるところにまでやってくる。盛り上がる歓声はこれまで以上にヒートアップし、ビリビリと大気を震わせる。

 それは当人達の耳にも届いていた。もう少しで長かったレースに終止符が打たれる。それを肌身で分かるほど実感すると、彼らの身体も自然と前のめりになる。

 その表情に余裕とい文字はない。それぞれが須く感じている緊張感と、一つのことに夢中になるという充実感に満ちていた。

 より洗練された集中力の中で、僅かに差を見せつけ始めたのは、やはり生まれ持った才能とセンスを見せるキングだった。シン達の視線に見向きもせず、波や水飛沫に神経を研ぎ澄ますキングは、まるで波に張り付くかのように絶妙な重心移動を魅せる。

 ゴール間際のせめぎ合い。僅かでも前に出られれば、無理をして何とか追いつこうとしてしまうところだ。しかし、シンはこの状況においてキングの足元を注意深く観察していたのだ。

 何故操縦の経験の浅いキングが、自分よりも前に出られるのか。それは機体の性能によるものではないと、すぐに気が付いた。ならばどう足掻いたとしても彼に追いつくことは出来ない。

 視野を向けるべきはそこではない。機体を操縦する人物そのものに違いがあるのだ。四人とも魔力や能力といったスキルは使っていない。同じくその身一つで勝負をしている。

 経験ではない、これは知識だと考えたシンは、キングが短期間で成長したその秘密を探ろうと彼の動きを注視する。そこで気が付いたのは、機体の上での身体の動かし方だった。

 シンやハオラン、マクシムの様子は波やボードに身を任せるように揺れ動く、謂わば自然体と呼ぶに相応しいであろう動きだった。それに引き換えキングの身体は、波に合わせるように膝や足首を使い、身体を上下左右に合わせていたのだ。

 そんな小さな違いなど、一見して分かるものではなかったが、相手の弱点や隙を観察するというアサシンのクラスが功を奏したと言えよう。これはゲームでいうところの、“パッシブスキル“と呼ばれるものだ。

 WoFに生きるキングやハオラン達でいうところの“センス“とも言える。違いを見抜いたシンは、キングの動きをまるで影のように真似る。彼自身、気付いてはいなかったが、これは後にシンのスキルとなる“鏡影“[きょうえい]の走りとなった。

 無論、海上で影は使えないので魔力による補助や援護は受けられないが、それでもちょっとした技術や知識であれば、注視することで習得可能だった。

 キングのように、波に合わせて重心を移動させることに集中するシン。すると、彼は共に並んでいたハオランやマクシムよりも僅かに前へで始めたのだ。

 「何故だッ!?俺のボードの方が性能は上の筈ッ・・・!一体何が違ってんだッ!?」

 マクシムは気づいていない。そして、例え彼がシンやキングの加速の理由を知ったところで、同じことをするのは不可能だった。彼にその技術やセンスが無いという訳ではない。

 彼の乗る、シン達よりも優れた性能のボードに原因があるからだ。同じく重心を移動させるという理屈を理解することは可能でも、そのスピード感覚で彼らの行っている重心移動をするのは、彼ら以上に技術が必要なことだからだ。

 速度が変われば、波にぶつかる力も変わり、ボードが跳ね上がる高さや距離も違う。良かれと思い向上させた性能が、彼にとってより大きな壁を作り上げてしまったのだ。

 たらればを言うのであれば、もう少し彼にツバキのボードを操縦するだけの時間があれば、或いは習得できた技術だったのかもしれない。即興の力では、費やした時間の壁は越えられないということだろう。

 そしてもう一人。努力に身を費やした執念の男は、キングとシンの加速を目にし、口には出さずとも静かな焦りを抱いていた。

 キングの常人離れしたセンスであれば、何かしらの技術によって加速したとも考えられる。しかし、条件としては全くと言って良いほどのシンに何故負けるのか分からなかった。

 無論、彼の思考もシンと同じく、機体の差ではなく操縦する人間自体に関係していることにはすぐに気が付いた。そこで彼も、前方に集中しながらも視界の端でシンやキングの動きを漠然と捉える。

 すると、僅かにだが彼らと自分のリズムが違うことに気づいたのだ。波に揺られる中での身体の動きが、微妙に違う。その違いは何か。ハオランは、シンがキングにしたのと同じように、注意深くその動きの違いを観察した。

 行き着いた答えはシンと同じ、重心の使い方にあることに気づく。取り返しのつかない遅れをとる前に、ハオランも彼らに習い、波に合わせた重心の移動を試みる。

 しかし、シンがすぐに真似られたように上手くはいかなかった。彼はシン以上に、コツを掴むまでに時間が掛かってしまった。その要因は、彼の肉体にあった。

 ゴツゴツとした筋肉質な身体とまではいかないものの、かなり引き締まった身体に、研ぎ澄まされた刀のように無駄のない筋肉。シン達の現実世界で言うところの、細マッチョと言うに相応しい。

 キングも大概ではあるが、彼の場合年齢や骨格の違いもあり、そこまでではなかった。それが一体何の関係があるというのか。それは単純に、ハオランの力加減では受ける波の動きに重心を合わせるのが難しかったのだ。

 剣を振り抜いたり槍を突くことや、相手を引っ張ったり投げ飛ばすといった、瞬時に力を発揮することは得意分野だったが、水の流れに身を任せるような不規則で繊細な動きを掴むまでに時間が掛かってしまった。

 少しずつ加速し、何とか遅れを取らずにいたハオランだったが、遂に自分なりのリズムを掴み始めると、そこからはシン達に一歩も劣らない動きとなり、徐々に差が広まらなくなっていった。

 それどころか、一度コツを掴んだハオランは、キングやシン以上に加速の恩恵を受け、再び彼らに並び立つところまで追いつく。

 一人その技術を身につけられないでいたマクシムは、強引にハンドルを握り締めエンジンを振り切らせると、少しでも空気抵抗を無くそうと体勢を低くして彼らを追う。

 海を裂く四人のシルエットが大きくなる。大きな水飛沫と波を立てながら、エンジン音を轟かせてゴールの港町に突き進む。

 そして、大歓声をその身に受けながら四人の男達は、神経を研ぎ澄ませあらゆる力を振り絞り、立体映像で浮かび上がるゴールテープの引かれた海岸へ、弾丸のように飛び込んで行った。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

神速の冒険者〜ステータス素早さ全振りで無双する〜

FREE
ファンタジー
Glavo kaj Magio 通称、【GKM】 これは日本が初めて開発したフルダイブ型のVRMMORPGだ。 世界最大規模の世界、正確な動作、どれを取ってもトップレベルのゲームである。 その中でも圧倒的人気な理由がステータスを自分で決めれるところだ。 この物語の主人公[速水 光]は陸上部のエースだったが車との交通事故により引退を余儀なくされる。 その時このゲームと出会い、ステータスがモノを言うこの世界で【素早さ】に全てのポイントを使うことを決心する…

だらだら生きるテイマーのお話

めぇ
ファンタジー
自堕落・・・もとい楽して生きたい一人のテイマーのお話。目指すのはスローライフ!

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

微妙なバフなどもういらないと追放された補助魔法使い、バフ3000倍で敵の肉体を内部から破壊して無双する

こげ丸
ファンタジー
「微妙なバフなどもういらないんだよ!」 そう言われて冒険者パーティーを追放されたフォーレスト。 だが、仲間だと思っていたパーティーメンバーからの仕打ちは、それだけに留まらなかった。 「もうちょっと抵抗頑張んないと……妹を酷い目にあわせちゃうわよ?」 窮地に追い込まれたフォーレスト。 だが、バフの新たな可能性に気付いたその時、復讐はなされた。 こいつら……壊しちゃえば良いだけじゃないか。 これは、絶望の淵からバフの新たな可能性を見いだし、高みを目指すに至った補助魔法使いフォーレストが最強に至るまでの物語。

処理中です...