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引き摺り出された力
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風を味方につけたキングは、みるみる内に二人を置き去りにし、その差を広げて行く。それを追うように、マクシムはシンの相手などしている暇はないと言わんばかりに、彼の前から離れていく。
無論、シンも二人を追ったが同じボードの性能では引き離された距離を縮めることは出来なかった。にも関わらず、彼の表情は落ち着きながらも何かを控えているかのような緊張感を醸し出していた。
スリップストリームの恩恵が消える頃には、まだ余力を残しているマクシムでさえ、追いつくのには時間がかかる距離になっていた。
これが順位を決定づける要因になろうかと思われた時、キングの足元、ボードの裏の海中で何かの動きがあった。それは生き物の気配ではなく、物が水の中を泳ぐように切り裂いていくような、微量な音を出していたが、ボードの音や水飛沫でほとんど聞こえることはなかった。
そして、先頭を走るキングの足元から、突如弾いたはずのシンの武具が無数に天に向けて飛び上がったのだ。
「ッ・・・!?」
流石のキングでも、予想すらすることが出来なかった事態。彼の周りに飛び上がった武具は、その端に雫によって煌めく糸のような物をのぞかせた。今、この場において糸といえば一人しか心当たりがいない。
それはマクシムの鋼糸だ。キングの後ろを追いかけて来ているのはマクシム。彼がシンの武具を利用し、攻め立ててきたのか。一瞬、後方へと視線を送るキング。
だが、その目に飛び込んできたのは、彼と同じように驚きの表情を浮かべるマクシムの姿だったのだ。この時彼は確信した。この攻撃はマクシムによる物ではなく、シンが彼の糸を利用して仕掛けてきているのだと。
思い返してみれば、シンの不穏な動きや様子はいくつかあった。しかし、それはただ感情に左右され、動揺したのか、それを悟られぬようにしている痩せ我慢程度にしか考えていなかった。
例え何かを企んでいたとしても、残り少ない魔力を温存しているキングには、それを打ち砕くだけの自信と余裕があったからだ。現に、シンは海の上で本来の力を発揮出来ずにいた。
それなら一体どうやって影のスキルを使用したと言うのだろうか。
シンは近づいた者の影に自身の影を忍ばせ、奇襲攻撃をすることが出来る。だが、キングにはシンに触れられるほど接近を許した覚えはない。そんな機会、一体どこであったと言うのだろうか。
それはキングの自信と余裕の中にあった。彼が先頭から三位にまで順位を落とした時、前を走るマクシムとシンに追いつく為、レースなどでよく見られるある技術を用いていた。
余計なところで魔力を使うわけにはいかなかったキングが用いた方法というのが、スリップストリームだった。前を走るシンを盾にし、空気抵抗を限りなく小さくして追い抜く瞬間を図っていた。
その時だ。シンはキングの接近に合わせ、自身のボードで作り出される影の中から、後方のキングの影に向けて影のスキルを送り込んでいたのだった。海の中を移動していた時に身につけた技術。
日差しの強い海面では使えなくとも、光届かない水中であれば使用出来る。だが、地上のようにいつでも容易に使える訳ではない。自分の影を維持する為に、常にスキルを発動しておかなければならない。
謂わば、ガソリンを垂れ流し続ける車のようなもの。こんな事を続けていれば、いずれ彼は動けなくなる。それは彼自身が一番よく分かっている事だろう。
しかし、今はこの方法しかなかった。それに縋るしかなかった。示された道は多くない。知識や経験があれば、より多くの道を見つけられたかもしれない。
現状況に於ける自身の在り方に後悔いたところで、事態が改善されることはなく、好転することもない。それは全て、当人のこれまで生きて来た結果でしかないのだから。
シンは今できる全力を持ってして、彼らに対抗する。飛び出した武具は、追い込んだ魚を捕らえる網のように、キング取り囲む。最早、運動神経や操縦技術で逃れられるものではなかった。
無数に飛び交う武具はマクシムの鋼糸を携え、上空で交わるように絡み合う。キングの周りには、鳥籠のように編み込まれた糸の壁が迫る。徐々に可動域を狭めていくその中で、キングはもしもの時の為に取っておいた魔力を使わざるを得なかった。
「チッ・・・!仕方がねぇ」
そう言うとキングは、シンによって作り出された鳥籠の中で両腕を外に向けて広げる。すると鳥籠は、内側から突風で押し破られるように膨張し、遂には弾き飛ばされてしまった。
「キングの魔力を引き摺り出したッ・・・!?俺がいくらやっても出さなかった力を・・・」
マクシムの攻勢の時には一切見せることのなかった。つまりキングを追い込むには至らなかったということだ。マクシムの糸を利用したとはいえ、キングに魔力を使わせることにシン。
これは、彼らの前に立ちはだかる壁を大きく削ぎ落とすことに繋がり、力で劣るシン達の勝率を引き上げたのだった。
無論、シンも二人を追ったが同じボードの性能では引き離された距離を縮めることは出来なかった。にも関わらず、彼の表情は落ち着きながらも何かを控えているかのような緊張感を醸し出していた。
スリップストリームの恩恵が消える頃には、まだ余力を残しているマクシムでさえ、追いつくのには時間がかかる距離になっていた。
これが順位を決定づける要因になろうかと思われた時、キングの足元、ボードの裏の海中で何かの動きがあった。それは生き物の気配ではなく、物が水の中を泳ぐように切り裂いていくような、微量な音を出していたが、ボードの音や水飛沫でほとんど聞こえることはなかった。
そして、先頭を走るキングの足元から、突如弾いたはずのシンの武具が無数に天に向けて飛び上がったのだ。
「ッ・・・!?」
流石のキングでも、予想すらすることが出来なかった事態。彼の周りに飛び上がった武具は、その端に雫によって煌めく糸のような物をのぞかせた。今、この場において糸といえば一人しか心当たりがいない。
それはマクシムの鋼糸だ。キングの後ろを追いかけて来ているのはマクシム。彼がシンの武具を利用し、攻め立ててきたのか。一瞬、後方へと視線を送るキング。
だが、その目に飛び込んできたのは、彼と同じように驚きの表情を浮かべるマクシムの姿だったのだ。この時彼は確信した。この攻撃はマクシムによる物ではなく、シンが彼の糸を利用して仕掛けてきているのだと。
思い返してみれば、シンの不穏な動きや様子はいくつかあった。しかし、それはただ感情に左右され、動揺したのか、それを悟られぬようにしている痩せ我慢程度にしか考えていなかった。
例え何かを企んでいたとしても、残り少ない魔力を温存しているキングには、それを打ち砕くだけの自信と余裕があったからだ。現に、シンは海の上で本来の力を発揮出来ずにいた。
それなら一体どうやって影のスキルを使用したと言うのだろうか。
シンは近づいた者の影に自身の影を忍ばせ、奇襲攻撃をすることが出来る。だが、キングにはシンに触れられるほど接近を許した覚えはない。そんな機会、一体どこであったと言うのだろうか。
それはキングの自信と余裕の中にあった。彼が先頭から三位にまで順位を落とした時、前を走るマクシムとシンに追いつく為、レースなどでよく見られるある技術を用いていた。
余計なところで魔力を使うわけにはいかなかったキングが用いた方法というのが、スリップストリームだった。前を走るシンを盾にし、空気抵抗を限りなく小さくして追い抜く瞬間を図っていた。
その時だ。シンはキングの接近に合わせ、自身のボードで作り出される影の中から、後方のキングの影に向けて影のスキルを送り込んでいたのだった。海の中を移動していた時に身につけた技術。
日差しの強い海面では使えなくとも、光届かない水中であれば使用出来る。だが、地上のようにいつでも容易に使える訳ではない。自分の影を維持する為に、常にスキルを発動しておかなければならない。
謂わば、ガソリンを垂れ流し続ける車のようなもの。こんな事を続けていれば、いずれ彼は動けなくなる。それは彼自身が一番よく分かっている事だろう。
しかし、今はこの方法しかなかった。それに縋るしかなかった。示された道は多くない。知識や経験があれば、より多くの道を見つけられたかもしれない。
現状況に於ける自身の在り方に後悔いたところで、事態が改善されることはなく、好転することもない。それは全て、当人のこれまで生きて来た結果でしかないのだから。
シンは今できる全力を持ってして、彼らに対抗する。飛び出した武具は、追い込んだ魚を捕らえる網のように、キング取り囲む。最早、運動神経や操縦技術で逃れられるものではなかった。
無数に飛び交う武具はマクシムの鋼糸を携え、上空で交わるように絡み合う。キングの周りには、鳥籠のように編み込まれた糸の壁が迫る。徐々に可動域を狭めていくその中で、キングはもしもの時の為に取っておいた魔力を使わざるを得なかった。
「チッ・・・!仕方がねぇ」
そう言うとキングは、シンによって作り出された鳥籠の中で両腕を外に向けて広げる。すると鳥籠は、内側から突風で押し破られるように膨張し、遂には弾き飛ばされてしまった。
「キングの魔力を引き摺り出したッ・・・!?俺がいくらやっても出さなかった力を・・・」
マクシムの攻勢の時には一切見せることのなかった。つまりキングを追い込むには至らなかったということだ。マクシムの糸を利用したとはいえ、キングに魔力を使わせることにシン。
これは、彼らの前に立ちはだかる壁を大きく削ぎ落とすことに繋がり、力で劣るシン達の勝率を引き上げたのだった。
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