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藪医者と防錆剤
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閑散とした町に響いた船員の声を追い、町外れの診療所へ向かう。港町の中心部とは違い、植物や置かれている物に錆の現象は見られない。
何故この診療所だけ被害が出ていないのか。錆の発生条件は分からないが、単純に考えれば、発生源から遠い場所に位置している可能性が考えられる。そして、海からも遠いとも言える。潮風による劣化を考えるのであれば、この診療所は最も被害を被りづらいと言えるのではないだろうか。
何はともあれ、中に話の出来る人物がいるのであれば、その者から事の成り行きと、何か知っていることを聞き出すしかない。海賊の頭が到着すると、診療所の外で待っていた船員が、彼をはなしのできる人の元へ連れて行く。
診療所は薄暗く、照明に灯が付いていない。正確には、照明が壊されているのだ。恐らく、この未知の病で気の滅入った人々により壊されたのだろう。道なりに進み、診療室へ案内されると、そこには診察台に横たわる男と、看病をしている少年の姿があった。
「何だお前達は!?」
「ぁあ?威勢の良いガキだな。まさか、話の出来る奴ってぇのはコイツじゃぁねぇだろうな?」
海賊を前にしても、横たわる男を背にして立ちはだかるアンスティス。真面に会話のできる者が居ても、子供では話がスムーズに進まないのではないかと、落胆の表情を浮かべる海賊の頭。
馬鹿にされたことを察したのか、少年が声を荒立て捲し立て始めてしまった。頭の男は目を閉じ、片耳を塞ぐようにして眉を潜ませる。騒がしさに目を覚ました横たわる男が、少年の代わりに海賊達と話を始める。
「何だ・・・?貴方達は・・・。これは一体どういう・・・」
「良かったぜ。ちゃんと話の出来る奴が居て」
煽るような口ぶりに、更に口数の増えるアンスティス。だがそれを静止したのは、海賊ではなく診察台に横たわる男だった。彼が口を開いては話が前に進まぬと、少し静かにしているよう伝える。少年は男の言葉には素直だった。
「なに、そんなにややこしい話じゃぁねぇ。ウチのモンが、ここの奴らと同じような状況になっちまって困ってる。何か解決法を知らねぇか?」
「同じ状況・・・。この病のことですか?残念ですが、私達にもこの病を治すことは出来ません・・・。一度かかってしまうともう・・・」
横たわる男は身体をゆっくりと起こし、その腕を海賊達に見せた。町で見かけた者達のものとは少し様子が違うが、彼の腕はまるで鉄にでもなっているかのように、一部皮膚が銀色に変色していた。
「麓の奴らとは違うな・・・。ウチの奴らと似た症状だ」
「えぇ。この病の第一段階の症状です。個人差はありますが、ここから徐々に全身へと広がっていき、やがて町の人達のように・・・」
男の話を聞いて、病の進行状況を把握した海賊の頭。室内をゆっくり歩き始め、置かれている様々な医療危惧を手に取り、男へ尋ねる。
「ここは診療所のようだが・・・。アンタは医者か?それともただの患者なのか?」
「自己紹介が遅れてしまったが、私はこの港町で医師をしているスミスと言うものだ。この少年はアンスティス。私の助手をしてもらっている」
「助手・・・?このガキがか?そんなにこの町じゃ人手がたりねぇのか」
「人手が足りなかった訳じゃない。そもそもこの町はそれほど大きくはなく、人も多い方ではなかった。それでも漁業と他の町や国との取引で上手くやって来たんだ。まぁ・・・それも今となっては誰も寄り付かないゴーストタウンになってしまったが・・・」
奇妙な病気が横行しているとなれば、当然誰も近づかなくなるだろう。ましてやそれが伝染するかもしれないとなれば、そこから仕入れた商品にも価値はなくなる。商売にくる人や船もなくなり、この町はまるで隔離された廃棄所のような扱いになっているのだという。
「何か心当たりはねぇのか?アンタの症状が軽いところを見ると、何かしら掴んでいるように見えるが・・・?」
「詳しいことは分からない。それに治療法もまだ見つかっていない。そもそもこれが病気であるのかとさえ思い始めてるくらいさ。それで?貴方達は一体・・・?」
「海賊だ。俺はデイヴィスと言う。こいつは仲間だ」
デイヴィスは仲間を近くに呼び寄せ、耳打ちするように何かを伝える
すると、デイヴィスと一緒にいた男は診療所を後にし、何処かへと向かっていった。
「何を話していたんだ?」
「病に掛かった仲間をここに運ばせる。アンタのその姿、町の連中とは明らかに症状の進行具合が違う。原因は町の方にあるのかもしれねぇなぁ」
「お、おい!伝染するかもしれないんだぞ!?そんなことッ・・・!」
慌ててアンスティスが止めようとする。だが、海賊にそんな言葉が通じる筈もない。欲のままに略奪し自由気ままに生きる彼らを制するなら、それなりの力と報酬を用意しなければならないが、彼らにもこの町にも、それを用意できる時間も財力もない。
「知ったことか。だが、なるべく離れた部屋を使わせてもらう。互いにリスクはあるんだ、それで許せ」
「あぁ、感謝するよ」
「先生ッ!?」
何故海賊の言うことなんかに従うのか、アンスティスは納得していない様子だった。港町へやって来る海賊など、ろくな奴らがいなかった。彼らに約束や決まりごとなどなく、ただ弱き者達から全てを奪い尽くす略奪者でしかない。
そんな者達を診療所に招き入れれば、ここも全てを失うことになると、アンスティスは危惧していたのだ。だがスミスは、そんな彼を落ち着かせ、大丈夫だと言い聞かせる。
「貴方は中々鋭いな・・・。こんなにすぐに、病の原因が町にあると思いつくとは・・・」
「その様子だと、町が発生源で間違いねぇのか?」
「最初の発症は港町の者だった。そこから病はあっという間に広がっていったが、個人差と言うには見過ごせない法則があった・・・」
「それが“発生源との距離“ってわけか?」
スミスは黙って首を縦に振る。この病のことに対して唯一確かなこと。それは発生源から近ければ近いほど、症状の発症と進行が早いと言うことだった。
「他に何か気づいたことはねぇのか?どんな些細なことでもいい。知っていることを話せ」
「最初にも言ったが、病のことについてはこれ以上は分からない。それに・・・私は町の人間から疑いをかけられている。病を知ってて治さない藪医者だとね。みんな疑心暗鬼になってるのさ。アンスティスが教えてくれたが、町の人々の様子もひどいモンだったらしい。互いに信用を失い、責任を押し付けあっていたのだそうだ」
スミスの話を聞き、とあることに気がついたデイヴィス。町で病が流行ってから、このアンスティスという少年は、病の発生源でもある町に行って来たと言うのだ。それで伝染していないとはどういうことなのだろう。
「ちょっと待て。ガキは町にしょっちゅう行っているのか?」
「あぁ、立場の危うい私の代わりに、様々なものを買ってきてもらっていた」
「伝染する危険性があるのにか?」
デイヴィスの言うことは最もだった。そんな危険な場所に少年を送り込むなど、正気の沙汰ではない。だが、スミスは医者であり、この病についても可能な限り研究を重ね、伝染のリスクを減らせる薬を開発していたのだ。
だが、これはあくまで伝染のリスクを減少させる薬であって、治す薬ではない。それが町の人達の反感を更に買ってしまった要因になった。患者にその薬を渡さず、治せるのに治さない藪医者だと批難されたのだ。
アンスティスに指示し、スミスはある薬を持って来させると、それをデイヴィスに手渡した。
「それは粘土を溶解し、粘膜を再生させる薬と調合して作った。謂わば防錆剤の役割を持つ薬だ。貴方達にいくつか渡しておこう。ただ、感染していない者にしか効果はないから気をつけてくれ」
「粘土だと・・・?そんなもの身体に入れて大丈夫なのか?」
「我々がこの地に住み着く遥か昔の者達の中には、土を食べていた者達もいるそうだよ。もちろんそのまま食したのでは、何かしらの害はあるだろうが、ちゃんと害のないように調合した薬だ、信じてくれ」
だが、何故スミスはそんな貴重な薬を脅してもいない海賊のデイヴィスに手渡したのか。彼はその薬と引き換えに、あることをデイヴィスに願い出たのだ。
「その代わりと言ってはなんだが・・・。私の代わりに町の人達の話を聞いてきてもらいたい。私やこの子では、彼らは口を割らない。町の方でもどうやらいざこざがあったらしい。もしかしたら何か病について知っている者がいるかもしれないんだ。頼む・・・」
「俺達もただ、病に犯された仲間を救ってやりてぇだけだ。分かった、いいぜ。調べてきてやるよ」
デイヴィスは防錆剤の薬をごっそり持っていくと、疑うこともなく複数個の錠剤を一気に口の中へと放り込む。そして病に掛かった船員と、看病に当たらせる船員を診療所に残し、一人麓の町へと向かった。
何故この診療所だけ被害が出ていないのか。錆の発生条件は分からないが、単純に考えれば、発生源から遠い場所に位置している可能性が考えられる。そして、海からも遠いとも言える。潮風による劣化を考えるのであれば、この診療所は最も被害を被りづらいと言えるのではないだろうか。
何はともあれ、中に話の出来る人物がいるのであれば、その者から事の成り行きと、何か知っていることを聞き出すしかない。海賊の頭が到着すると、診療所の外で待っていた船員が、彼をはなしのできる人の元へ連れて行く。
診療所は薄暗く、照明に灯が付いていない。正確には、照明が壊されているのだ。恐らく、この未知の病で気の滅入った人々により壊されたのだろう。道なりに進み、診療室へ案内されると、そこには診察台に横たわる男と、看病をしている少年の姿があった。
「何だお前達は!?」
「ぁあ?威勢の良いガキだな。まさか、話の出来る奴ってぇのはコイツじゃぁねぇだろうな?」
海賊を前にしても、横たわる男を背にして立ちはだかるアンスティス。真面に会話のできる者が居ても、子供では話がスムーズに進まないのではないかと、落胆の表情を浮かべる海賊の頭。
馬鹿にされたことを察したのか、少年が声を荒立て捲し立て始めてしまった。頭の男は目を閉じ、片耳を塞ぐようにして眉を潜ませる。騒がしさに目を覚ました横たわる男が、少年の代わりに海賊達と話を始める。
「何だ・・・?貴方達は・・・。これは一体どういう・・・」
「良かったぜ。ちゃんと話の出来る奴が居て」
煽るような口ぶりに、更に口数の増えるアンスティス。だがそれを静止したのは、海賊ではなく診察台に横たわる男だった。彼が口を開いては話が前に進まぬと、少し静かにしているよう伝える。少年は男の言葉には素直だった。
「なに、そんなにややこしい話じゃぁねぇ。ウチのモンが、ここの奴らと同じような状況になっちまって困ってる。何か解決法を知らねぇか?」
「同じ状況・・・。この病のことですか?残念ですが、私達にもこの病を治すことは出来ません・・・。一度かかってしまうともう・・・」
横たわる男は身体をゆっくりと起こし、その腕を海賊達に見せた。町で見かけた者達のものとは少し様子が違うが、彼の腕はまるで鉄にでもなっているかのように、一部皮膚が銀色に変色していた。
「麓の奴らとは違うな・・・。ウチの奴らと似た症状だ」
「えぇ。この病の第一段階の症状です。個人差はありますが、ここから徐々に全身へと広がっていき、やがて町の人達のように・・・」
男の話を聞いて、病の進行状況を把握した海賊の頭。室内をゆっくり歩き始め、置かれている様々な医療危惧を手に取り、男へ尋ねる。
「ここは診療所のようだが・・・。アンタは医者か?それともただの患者なのか?」
「自己紹介が遅れてしまったが、私はこの港町で医師をしているスミスと言うものだ。この少年はアンスティス。私の助手をしてもらっている」
「助手・・・?このガキがか?そんなにこの町じゃ人手がたりねぇのか」
「人手が足りなかった訳じゃない。そもそもこの町はそれほど大きくはなく、人も多い方ではなかった。それでも漁業と他の町や国との取引で上手くやって来たんだ。まぁ・・・それも今となっては誰も寄り付かないゴーストタウンになってしまったが・・・」
奇妙な病気が横行しているとなれば、当然誰も近づかなくなるだろう。ましてやそれが伝染するかもしれないとなれば、そこから仕入れた商品にも価値はなくなる。商売にくる人や船もなくなり、この町はまるで隔離された廃棄所のような扱いになっているのだという。
「何か心当たりはねぇのか?アンタの症状が軽いところを見ると、何かしら掴んでいるように見えるが・・・?」
「詳しいことは分からない。それに治療法もまだ見つかっていない。そもそもこれが病気であるのかとさえ思い始めてるくらいさ。それで?貴方達は一体・・・?」
「海賊だ。俺はデイヴィスと言う。こいつは仲間だ」
デイヴィスは仲間を近くに呼び寄せ、耳打ちするように何かを伝える
すると、デイヴィスと一緒にいた男は診療所を後にし、何処かへと向かっていった。
「何を話していたんだ?」
「病に掛かった仲間をここに運ばせる。アンタのその姿、町の連中とは明らかに症状の進行具合が違う。原因は町の方にあるのかもしれねぇなぁ」
「お、おい!伝染するかもしれないんだぞ!?そんなことッ・・・!」
慌ててアンスティスが止めようとする。だが、海賊にそんな言葉が通じる筈もない。欲のままに略奪し自由気ままに生きる彼らを制するなら、それなりの力と報酬を用意しなければならないが、彼らにもこの町にも、それを用意できる時間も財力もない。
「知ったことか。だが、なるべく離れた部屋を使わせてもらう。互いにリスクはあるんだ、それで許せ」
「あぁ、感謝するよ」
「先生ッ!?」
何故海賊の言うことなんかに従うのか、アンスティスは納得していない様子だった。港町へやって来る海賊など、ろくな奴らがいなかった。彼らに約束や決まりごとなどなく、ただ弱き者達から全てを奪い尽くす略奪者でしかない。
そんな者達を診療所に招き入れれば、ここも全てを失うことになると、アンスティスは危惧していたのだ。だがスミスは、そんな彼を落ち着かせ、大丈夫だと言い聞かせる。
「貴方は中々鋭いな・・・。こんなにすぐに、病の原因が町にあると思いつくとは・・・」
「その様子だと、町が発生源で間違いねぇのか?」
「最初の発症は港町の者だった。そこから病はあっという間に広がっていったが、個人差と言うには見過ごせない法則があった・・・」
「それが“発生源との距離“ってわけか?」
スミスは黙って首を縦に振る。この病のことに対して唯一確かなこと。それは発生源から近ければ近いほど、症状の発症と進行が早いと言うことだった。
「他に何か気づいたことはねぇのか?どんな些細なことでもいい。知っていることを話せ」
「最初にも言ったが、病のことについてはこれ以上は分からない。それに・・・私は町の人間から疑いをかけられている。病を知ってて治さない藪医者だとね。みんな疑心暗鬼になってるのさ。アンスティスが教えてくれたが、町の人々の様子もひどいモンだったらしい。互いに信用を失い、責任を押し付けあっていたのだそうだ」
スミスの話を聞き、とあることに気がついたデイヴィス。町で病が流行ってから、このアンスティスという少年は、病の発生源でもある町に行って来たと言うのだ。それで伝染していないとはどういうことなのだろう。
「ちょっと待て。ガキは町にしょっちゅう行っているのか?」
「あぁ、立場の危うい私の代わりに、様々なものを買ってきてもらっていた」
「伝染する危険性があるのにか?」
デイヴィスの言うことは最もだった。そんな危険な場所に少年を送り込むなど、正気の沙汰ではない。だが、スミスは医者であり、この病についても可能な限り研究を重ね、伝染のリスクを減らせる薬を開発していたのだ。
だが、これはあくまで伝染のリスクを減少させる薬であって、治す薬ではない。それが町の人達の反感を更に買ってしまった要因になった。患者にその薬を渡さず、治せるのに治さない藪医者だと批難されたのだ。
アンスティスに指示し、スミスはある薬を持って来させると、それをデイヴィスに手渡した。
「それは粘土を溶解し、粘膜を再生させる薬と調合して作った。謂わば防錆剤の役割を持つ薬だ。貴方達にいくつか渡しておこう。ただ、感染していない者にしか効果はないから気をつけてくれ」
「粘土だと・・・?そんなもの身体に入れて大丈夫なのか?」
「我々がこの地に住み着く遥か昔の者達の中には、土を食べていた者達もいるそうだよ。もちろんそのまま食したのでは、何かしらの害はあるだろうが、ちゃんと害のないように調合した薬だ、信じてくれ」
だが、何故スミスはそんな貴重な薬を脅してもいない海賊のデイヴィスに手渡したのか。彼はその薬と引き換えに、あることをデイヴィスに願い出たのだ。
「その代わりと言ってはなんだが・・・。私の代わりに町の人達の話を聞いてきてもらいたい。私やこの子では、彼らは口を割らない。町の方でもどうやらいざこざがあったらしい。もしかしたら何か病について知っている者がいるかもしれないんだ。頼む・・・」
「俺達もただ、病に犯された仲間を救ってやりてぇだけだ。分かった、いいぜ。調べてきてやるよ」
デイヴィスは防錆剤の薬をごっそり持っていくと、疑うこともなく複数個の錠剤を一気に口の中へと放り込む。そして病に掛かった船員と、看病に当たらせる船員を診療所に残し、一人麓の町へと向かった。
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