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なにものでもない
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悠然とし、呑気な様子で二人の反応を伺う黒コートの男。だが、誰を呼ぶ訳でもなく、騒ぎ立てることもない。寧ろ、彼らがキングの船員にバレないように、率先して静かにしているのはこの男の方だった。
「アンタは・・・?」
「俺が誰かって?まぁ、少なくともお前には関係ねぇな」
そう言うと男は机から飛ぶようにして降り、ゆっくりと床に倒れるシンの元へと向かって歩き始めた。デイヴィスは男の反応から、シンの知り合いなのだろうかと勘繰った。しかし、その足取りと雰囲気は、心を許した友人のものではないことくらい、彼にもわかった。
何よりシンが自身のスキルに何か細工をされたことに驚愕していることから、彼はこの場から確かに移動しようとしていたことが窺える。デイヴィスはこの男が何者なのか知らないが、シンに近づけさせてはいけないと直感で感じた。
音を立てることなく、動きを悟られないように、デイヴィスは懐から鳥出したクナイを、素早く黒コートの男目掛けて投げ放った。彼のクナイは音を殺し、風を切るように男の背後から突き進む。
しかし、命中する寸前のところでクナイは何かに弾かれ、船内の端の方まで吹き飛ばされた。跳ね返されるのかと思い、両腕で顔を隠すように防御の姿勢をとるデイヴィスだったが、クナイは何を狙うでもなく床に転がる。
「何で影の中に入ったのに、別のところに出るんだ?って面だな・・・?」
うつ伏せで倒れ、唖然としていたシンが声のする方へと顔を上げる。そこで初めてシンは、黒コートの姿を視界に捉える。嫌な予感がした。この男の前で、いつまでも無防備な姿を晒してはおけないと、直様起き上がり距離を取るようにして飛び退くシン。
「黒いコート・・・。アンタ、レースのスポンサーでモニターに映っていた奴か・・・?異世界への移動ポータルを持ってきた・・・」
その姿は、レースの開会式が行われた際に、飛び入りのスポンサーとして現れた、異世界への移動ポータルを持ち込んだ黒いコートの人物と、同じ格好をしていた。
だが、この男がそのスポンサーと同一人物であるかは分からない。少しだけ身長が違うような気がしていたシン。目の前の男の方が、若干身長が低い。少なくとも見た目は同じ。この黒いコートを着た者達は、互いにその存在のことを知っているに違いない。
直接見ることはなかったが、シンとミアが初めて共に困難を乗り越えた、グラテス村に住むメアという召喚士。彼もまた過去に黒いコートを身に纏った者達を複数目撃していた。
必ずしも、現実世界からやって来たシン達の周りに現れるとは断言出来ない。しかし、シンは如何にも彼らが自身の身に起きている異変に関係している者であるとしか思えなかった。
「異世界へのポータル・・・?お前、その話を信じるのか?」
足を止めてシンの問いに応える男。僅かにだが、その男が今発した言葉のトーンが変わったように思える。何かしくじってしまったかと、自分の発言を思い返すシン。
それは難しいものではなかった。異世界へと転移できるポータルなど、誰が信じるだろうか。自分達の存在している世界こそ、唯一無二のものであると信じて疑わない者達が、そんな胡散臭いものを真に受ける訳がない。
そう・・・。
実際に体験した者でなくては、そんなものの存在など信じる筈がないのだ。
この男は今、シンが異世界への移動ポータルについて口にしたことに気が付き、鎌をかけてきたのだ。何とか思いとどまったシンだったが、思わず口を噤んでしまう。
何者かは知らぬが、何かを知っているであろう黒いコートを着た者達に、この世界とは別にもう一つ世界があるということを感づかれてはならない。増田やそれを、その異世界から来たシン達が口にしたらどうなるか分からない。
今からでも言葉の修正が可能であるかどうか、必死に脳を活性化させ別の道を探る。シンが大粒の汗を額から流していると、タイミングよくデイヴィスがコートの男目掛けて、風の刃を撃ち放った。
忍者のクラスにつくデイヴィスのスキル、風遁の技の一つだろう。しかしそれも、先程のクナイと同様、コートの男に命中する寸前に弾かれ消えてしまった。
「キングの手の者か!?」
全く避けるような素振りを見せず、受け止めようという意思すら感じない。コートの男は、デイヴィスの動きを全くと言っていいほど気にしていなかった。何をされても通用しない。それが分かっているかのように。
「うるせなぁ・・・。端からお前なんぞ眼中にねぇっての!勝手にあのガキを殺しに行っとけ」
デイヴィスもきっと、この現状が理解できず慌てているのだろう。だが、彼の行いがいい具合にコートの男の癇に障り、シンとの会話から意識を逸らす結果に繋がった。
この機に乗じようと、シンもコートの男に向け短剣を取り出し、刃を向けようとした。だがシンの身体は、懐から短剣を取り出そうとしたところで動かなくなる。彼が意図的に動かさないのではなく、彼も自身の身体が何故動かないのか困惑していた。
「なッ・・・!?」
「一つ、教えてやるよ。どうせ言っても分からねぇだろうしな・・・。俺は“何者でもねぇ“。ただそれだけだ」
そしてコートの男は一瞬の内にシンの目の前まで距離を詰めると、回し蹴りで船室の奥の壁まで吹き飛ばした。木造の家具が壊れるような音と、何かがシンの背中に激突し痛覚の感じ取った痛みが全身を駆け巡る。
「そぉらぁ!お前の力を見せてみろよ!こんなもんじゃねぇんだろ?」
何が目的なのか分からない。何故このタイミングなのか。こんなところで戦いを始めていれば、いずれキングの部下の者がやって来てしまう。デイヴィスもシンも、騒ぎになることだけは何としても避けたい。
「アンタは・・・?」
「俺が誰かって?まぁ、少なくともお前には関係ねぇな」
そう言うと男は机から飛ぶようにして降り、ゆっくりと床に倒れるシンの元へと向かって歩き始めた。デイヴィスは男の反応から、シンの知り合いなのだろうかと勘繰った。しかし、その足取りと雰囲気は、心を許した友人のものではないことくらい、彼にもわかった。
何よりシンが自身のスキルに何か細工をされたことに驚愕していることから、彼はこの場から確かに移動しようとしていたことが窺える。デイヴィスはこの男が何者なのか知らないが、シンに近づけさせてはいけないと直感で感じた。
音を立てることなく、動きを悟られないように、デイヴィスは懐から鳥出したクナイを、素早く黒コートの男目掛けて投げ放った。彼のクナイは音を殺し、風を切るように男の背後から突き進む。
しかし、命中する寸前のところでクナイは何かに弾かれ、船内の端の方まで吹き飛ばされた。跳ね返されるのかと思い、両腕で顔を隠すように防御の姿勢をとるデイヴィスだったが、クナイは何を狙うでもなく床に転がる。
「何で影の中に入ったのに、別のところに出るんだ?って面だな・・・?」
うつ伏せで倒れ、唖然としていたシンが声のする方へと顔を上げる。そこで初めてシンは、黒コートの姿を視界に捉える。嫌な予感がした。この男の前で、いつまでも無防備な姿を晒してはおけないと、直様起き上がり距離を取るようにして飛び退くシン。
「黒いコート・・・。アンタ、レースのスポンサーでモニターに映っていた奴か・・・?異世界への移動ポータルを持ってきた・・・」
その姿は、レースの開会式が行われた際に、飛び入りのスポンサーとして現れた、異世界への移動ポータルを持ち込んだ黒いコートの人物と、同じ格好をしていた。
だが、この男がそのスポンサーと同一人物であるかは分からない。少しだけ身長が違うような気がしていたシン。目の前の男の方が、若干身長が低い。少なくとも見た目は同じ。この黒いコートを着た者達は、互いにその存在のことを知っているに違いない。
直接見ることはなかったが、シンとミアが初めて共に困難を乗り越えた、グラテス村に住むメアという召喚士。彼もまた過去に黒いコートを身に纏った者達を複数目撃していた。
必ずしも、現実世界からやって来たシン達の周りに現れるとは断言出来ない。しかし、シンは如何にも彼らが自身の身に起きている異変に関係している者であるとしか思えなかった。
「異世界へのポータル・・・?お前、その話を信じるのか?」
足を止めてシンの問いに応える男。僅かにだが、その男が今発した言葉のトーンが変わったように思える。何かしくじってしまったかと、自分の発言を思い返すシン。
それは難しいものではなかった。異世界へと転移できるポータルなど、誰が信じるだろうか。自分達の存在している世界こそ、唯一無二のものであると信じて疑わない者達が、そんな胡散臭いものを真に受ける訳がない。
そう・・・。
実際に体験した者でなくては、そんなものの存在など信じる筈がないのだ。
この男は今、シンが異世界への移動ポータルについて口にしたことに気が付き、鎌をかけてきたのだ。何とか思いとどまったシンだったが、思わず口を噤んでしまう。
何者かは知らぬが、何かを知っているであろう黒いコートを着た者達に、この世界とは別にもう一つ世界があるということを感づかれてはならない。増田やそれを、その異世界から来たシン達が口にしたらどうなるか分からない。
今からでも言葉の修正が可能であるかどうか、必死に脳を活性化させ別の道を探る。シンが大粒の汗を額から流していると、タイミングよくデイヴィスがコートの男目掛けて、風の刃を撃ち放った。
忍者のクラスにつくデイヴィスのスキル、風遁の技の一つだろう。しかしそれも、先程のクナイと同様、コートの男に命中する寸前に弾かれ消えてしまった。
「キングの手の者か!?」
全く避けるような素振りを見せず、受け止めようという意思すら感じない。コートの男は、デイヴィスの動きを全くと言っていいほど気にしていなかった。何をされても通用しない。それが分かっているかのように。
「うるせなぁ・・・。端からお前なんぞ眼中にねぇっての!勝手にあのガキを殺しに行っとけ」
デイヴィスもきっと、この現状が理解できず慌てているのだろう。だが、彼の行いがいい具合にコートの男の癇に障り、シンとの会話から意識を逸らす結果に繋がった。
この機に乗じようと、シンもコートの男に向け短剣を取り出し、刃を向けようとした。だがシンの身体は、懐から短剣を取り出そうとしたところで動かなくなる。彼が意図的に動かさないのではなく、彼も自身の身体が何故動かないのか困惑していた。
「なッ・・・!?」
「一つ、教えてやるよ。どうせ言っても分からねぇだろうしな・・・。俺は“何者でもねぇ“。ただそれだけだ」
そしてコートの男は一瞬の内にシンの目の前まで距離を詰めると、回し蹴りで船室の奥の壁まで吹き飛ばした。木造の家具が壊れるような音と、何かがシンの背中に激突し痛覚の感じ取った痛みが全身を駆け巡る。
「そぉらぁ!お前の力を見せてみろよ!こんなもんじゃねぇんだろ?」
何が目的なのか分からない。何故このタイミングなのか。こんなところで戦いを始めていれば、いずれキングの部下の者がやって来てしまう。デイヴィスもシンも、騒ぎになることだけは何としても避けたい。
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