439 / 1,646
戦場を前に揺れる心
しおりを挟む
天候は依然として良好。波も穏やかで心地の良い風が吹いている。これから生死を賭けた大一番に挑もうとしているとは思えないほど、環境は整っている。まるで天をも味方につけたかのような後ろ盾を得た一行は、それぞれの思いを胸にレースの山場であるレイド戦の地へと向かう。
シン達のレースへ参加した一番の目的。それは得体の知れぬ黒いコートの男が、突如異例の飛び入りスポンサーとして持ち込んだ、異世界への転移ポータルを入手すること。代物自体は、レースが行われる海域の何処かに仕込まれているのだという。
だが、これまでの道中ではそれらしき物を見つけることは出来ず、誰もそのような物の話題は持ち上げていなかった。ツバキやデイヴィスがいうには、この先暫くは島などはないのだという。大陸間で大きく間隔の開いた海域、そこで運営側が用意した、或いは物流の海域を荒らす手に負えないモンスターとのレイド戦が行われる。
島の財宝やアイテムなどは、その殆どが先行組みに荒らされており、転移ポータルがあるとするならばレイドに参加している参加者の誰かが手に入れているか、その先レース終盤の島々の何処かに隠されているかのどちらかだろう。
どの道、シン達にとってもレイド戦は急けて通れぬイベントであることに変わりはない。そこを乗り越えて初めて、本当にあるかも分からない転移ポータルの真実に近づけるのだ。
「何か、色々と巻き込まれて当初の私達の目的が何なのか、忘れてしまいそうなほど大変だったね・・・」
「全くだ。レースというくらいだから、もっと航海を競い合うようなものを想像していたが・・・。とんだ厄介ごとに巻き込まれたもんだ」
甲板での見張りを務めていたミアが、交代に来たシンと代わり船内へ戻ると、一人デイヴィスの示す航路を辿る為船を操縦するツクヨの元を訪れていた。黙々と操縦しているだけでは気が滅入るだろうと、気晴らしに話し相手にでもなろうと彼の元へやって来たが、こういった作業的なことが得意なのか性に合っているのか、ツクヨはそれ程疲れている様子はなかった。
「でも・・・色々な人と接したことで、成長できたような気がするよ。現実では到底体験することの出来ない経験を経て、身体的にも・・・それに心の持ちようとかもね」
「とてもアンタらしいな・・・。転んでもただでは起きないその姿勢、それに他者を気遣い重んじるところは、現実でのアンタが身に付けてきた人間性何だろうな・・・」
「・・・そんな立派なものじゃないさ。まだ至らぬところがあった。歳ばっか食って、結局欠陥だらけだっただけなのかも・・・」
「欠陥だらけだと言うのなら、成長を実感出来たと言うことはそれはもう伸び代しかないってことさ」
ミアが褒めてくれるなんて珍しい。恐らく彼女の中でも、これまでの厄介ごとの中で変化があったのだろう。他人を突き放し、冷たい印象を与える部分が多く見受けられていたミアだったが、それは現実の世界での月日が彼女をそうさせてしまったのだろう。
ツクヨ同様、彼女もこちらの世界で欠けてしまったもの、失ったものを埋めているのかも知れない。無論、それはシンも同じだった。本来、友人や同僚など身近な存在などと触れて学ぶはずだったものを、彼は遅れて学んでいる。
それも様々な人の幻想の中で、命懸けの濃密な時間を過ごすことで、現実世界ではあり得ないほどの強固でかけがえのない絆を育んでいる。彼らのように道から外れてしまった者達には、これ以上ない経験だろう。それ故彼らは、その絆の存在を今はまだ意識していなくとも、命と同等かそれ以上の価値を見出していくことになる。
ミアとツクヨが操縦席で話している間、シンは甲板でこれから訪れるであろう嵐のような戦いを前に、様々な思いで高鳴る心をこれまでの経験と重ね、落ち着かせていた。
これまでの戦いも、彼にとって命懸けのものだった。だが今回の戦いは、これまでの戦いとは違い、大人数による大規模なものとなる。一つの目標に、多数の勢力が協力するレイド戦。しかし、彼らは決して仲間ではない。仮に攻撃を仕掛けようものなら、一転して敵となり得るような危険な戦場。
そんな中でシン達は、デイヴィスのキング暗殺計画に加担し、もし彼がしくじるようなことがあれば、このレースだけでなく近隣諸国の間でも有名なシー・ギャングという大きな組織と対立することになる。
デイヴィスらは、シン達に迷惑はかけないよう務めてくれると言っていたが、シンは既に彼らに対して、グレイスやハオラン達のような感情が芽生え始めていた。もし彼らが無残に殺されるような場面に直面した時、一切の感情を押し込め見殺しにする事が出来るだろうか。
すると、静かに甲板へと上がって来る足音が聞こえ、その音のする方へと振り返るシン。上がって来たのはデイヴィスだった。だが、いつもの彼とは少し様子が違って、落ち着いているような物静かな雰囲気を醸し出していた。
普段とは違う彼の様子に、シンは物陰に身を隠しデイヴィスの様子を伺った。静かに一歩一歩進む彼は、まるで音を殺し忍ぶように船の後方へ歩いていくと、壁にもたれ掛かりそのままズルズルと床へと座って、項垂れていた。
「・・・そこにいるのは・・・シンか・・・?」
気づいていたのかと、シンはゆっくり姿を現し彼の方へと歩いていく。
「悪い・・・。覗き見るつもりはなかったんだ・・・。ただ、アンタの様子がいつもと違かったから・・・。船に酔った訳じゃ・・・ないんだろ?」
「・・・ふふ、ダメだな。付き合いの短いお前にすら見抜かれるようじゃ・・・」
これだけ分かりやすければ、恐らく誰でも気付くのではないだろうか。だが、それが分かっていないほど彼は、何かに覆われているのだろう。そしてそれは、普段のデイヴィスからはかけ離れた、恐怖や不安といった負の感情であることは間違いない。
シン達のレースへ参加した一番の目的。それは得体の知れぬ黒いコートの男が、突如異例の飛び入りスポンサーとして持ち込んだ、異世界への転移ポータルを入手すること。代物自体は、レースが行われる海域の何処かに仕込まれているのだという。
だが、これまでの道中ではそれらしき物を見つけることは出来ず、誰もそのような物の話題は持ち上げていなかった。ツバキやデイヴィスがいうには、この先暫くは島などはないのだという。大陸間で大きく間隔の開いた海域、そこで運営側が用意した、或いは物流の海域を荒らす手に負えないモンスターとのレイド戦が行われる。
島の財宝やアイテムなどは、その殆どが先行組みに荒らされており、転移ポータルがあるとするならばレイドに参加している参加者の誰かが手に入れているか、その先レース終盤の島々の何処かに隠されているかのどちらかだろう。
どの道、シン達にとってもレイド戦は急けて通れぬイベントであることに変わりはない。そこを乗り越えて初めて、本当にあるかも分からない転移ポータルの真実に近づけるのだ。
「何か、色々と巻き込まれて当初の私達の目的が何なのか、忘れてしまいそうなほど大変だったね・・・」
「全くだ。レースというくらいだから、もっと航海を競い合うようなものを想像していたが・・・。とんだ厄介ごとに巻き込まれたもんだ」
甲板での見張りを務めていたミアが、交代に来たシンと代わり船内へ戻ると、一人デイヴィスの示す航路を辿る為船を操縦するツクヨの元を訪れていた。黙々と操縦しているだけでは気が滅入るだろうと、気晴らしに話し相手にでもなろうと彼の元へやって来たが、こういった作業的なことが得意なのか性に合っているのか、ツクヨはそれ程疲れている様子はなかった。
「でも・・・色々な人と接したことで、成長できたような気がするよ。現実では到底体験することの出来ない経験を経て、身体的にも・・・それに心の持ちようとかもね」
「とてもアンタらしいな・・・。転んでもただでは起きないその姿勢、それに他者を気遣い重んじるところは、現実でのアンタが身に付けてきた人間性何だろうな・・・」
「・・・そんな立派なものじゃないさ。まだ至らぬところがあった。歳ばっか食って、結局欠陥だらけだっただけなのかも・・・」
「欠陥だらけだと言うのなら、成長を実感出来たと言うことはそれはもう伸び代しかないってことさ」
ミアが褒めてくれるなんて珍しい。恐らく彼女の中でも、これまでの厄介ごとの中で変化があったのだろう。他人を突き放し、冷たい印象を与える部分が多く見受けられていたミアだったが、それは現実の世界での月日が彼女をそうさせてしまったのだろう。
ツクヨ同様、彼女もこちらの世界で欠けてしまったもの、失ったものを埋めているのかも知れない。無論、それはシンも同じだった。本来、友人や同僚など身近な存在などと触れて学ぶはずだったものを、彼は遅れて学んでいる。
それも様々な人の幻想の中で、命懸けの濃密な時間を過ごすことで、現実世界ではあり得ないほどの強固でかけがえのない絆を育んでいる。彼らのように道から外れてしまった者達には、これ以上ない経験だろう。それ故彼らは、その絆の存在を今はまだ意識していなくとも、命と同等かそれ以上の価値を見出していくことになる。
ミアとツクヨが操縦席で話している間、シンは甲板でこれから訪れるであろう嵐のような戦いを前に、様々な思いで高鳴る心をこれまでの経験と重ね、落ち着かせていた。
これまでの戦いも、彼にとって命懸けのものだった。だが今回の戦いは、これまでの戦いとは違い、大人数による大規模なものとなる。一つの目標に、多数の勢力が協力するレイド戦。しかし、彼らは決して仲間ではない。仮に攻撃を仕掛けようものなら、一転して敵となり得るような危険な戦場。
そんな中でシン達は、デイヴィスのキング暗殺計画に加担し、もし彼がしくじるようなことがあれば、このレースだけでなく近隣諸国の間でも有名なシー・ギャングという大きな組織と対立することになる。
デイヴィスらは、シン達に迷惑はかけないよう務めてくれると言っていたが、シンは既に彼らに対して、グレイスやハオラン達のような感情が芽生え始めていた。もし彼らが無残に殺されるような場面に直面した時、一切の感情を押し込め見殺しにする事が出来るだろうか。
すると、静かに甲板へと上がって来る足音が聞こえ、その音のする方へと振り返るシン。上がって来たのはデイヴィスだった。だが、いつもの彼とは少し様子が違って、落ち着いているような物静かな雰囲気を醸し出していた。
普段とは違う彼の様子に、シンは物陰に身を隠しデイヴィスの様子を伺った。静かに一歩一歩進む彼は、まるで音を殺し忍ぶように船の後方へ歩いていくと、壁にもたれ掛かりそのままズルズルと床へと座って、項垂れていた。
「・・・そこにいるのは・・・シンか・・・?」
気づいていたのかと、シンはゆっくり姿を現し彼の方へと歩いていく。
「悪い・・・。覗き見るつもりはなかったんだ・・・。ただ、アンタの様子がいつもと違かったから・・・。船に酔った訳じゃ・・・ないんだろ?」
「・・・ふふ、ダメだな。付き合いの短いお前にすら見抜かれるようじゃ・・・」
これだけ分かりやすければ、恐らく誰でも気付くのではないだろうか。だが、それが分かっていないほど彼は、何かに覆われているのだろう。そしてそれは、普段のデイヴィスからはかけ離れた、恐怖や不安といった負の感情であることは間違いない。
0
お気に入りに追加
302
あなたにおすすめの小説
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
スキル盗んで何が悪い!
大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物
"スキル"それは人が持つには限られた能力
"スキル"それは一人の青年の運命を変えた力
いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。
本人はこれからも続く生活だと思っていた。
そう、あのゲームを起動させるまでは……
大人気商品ワールドランド、略してWL。
ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。
しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……
女の子の正体は!? このゲームの目的は!?
これからどうするの主人公!
【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる