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神代 コウ

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フランソワ・ロロネー 序章

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 フランソワ・ロロネー。
 本名ジャン=ダヴィード・ノー。

 彼はとある国で、最下層の貧民の子として生まれる。生活が厳しく、幼いロロネーは年季奉公人として他の貧しい家の生まれの者達と共に、近隣の国へ送られることとなった。

 年季奉公人とは、雇用者と契約し定められた一定期間の間働く、雇用形態の一種で、主に労働力不足を補うために雇われることが多かった。聞こえは賃金が支払われ働き手を雇う、謂わば出稼ぎのように思われるが、実際は真面に給与が支払われるところなど殆どなかった。

 ロロネーの送られた奉公先も、そんな酷い環境下にある場所だった。住み込みで働かされ、食料や日用品などは支給されたが、彼らのような奉公人が生活する場所は、とても人が暮らすようなところではなく、ただ多少の雨風が凌げる程度の馬小屋のようなところだった。

 「何でこんな・・・。これじゃぁ家畜と変わらないじゃないかッ・・・!」

 「家畜の方がまだマシさ・・・。バラされて食い物にされる為だけに存在しているとはいえ、その間飯も食わせて貰えるし寝るところだって俺らよりずっといいんだ」

 与えられた衣服も、自分達で外から汲んできた衛生的であるかも分からない水で洗い、近くの草木の上に干しておく。寝る時も羽織るものなど当然のように無く、火をつけることも許されていないので、ただ小さく縮こまり凌ぐしかなかった。

 そして何よりも彼らを苦しめたのは、支給されていた全てのものが無料ではなかったということだ。給与すら与えられない中で、彼らは働けば働くほど雇用主に借金を作るばかりで、雇用期間が終わることがなく、奴隷のように一生奉公が続いていくしかない状況になっていたのだ。

 「こんな契約じゃないだろ!どうしてこんなことが許されるんだ!?」

 「このままじゃ飼い殺しにされる・・・。こんな一生、俺は耐えられねぇッ!」

 当然、彼らにとっても耐えられるものではなかった。限界を迎えた奉公人の何人かが、度々脱走を試みようとするのだが、その殆どが警備の者に見つかり死体となって帰って来た。

 そしてその後始末も、ロロネー達奉公人の手でさせられていた。その中には当然、作業の中で仲良くなった者や、共に同じ食事を食らい、苦労を乗り越えてきた友人達もいた。酷い有り様で帰って来た共を、ロロネーは何人も何人も何人も何人も土へ埋めて来た。

 「・・・こいつ、年季が終わったら世界中を見て回りたいって・・・。きっと分かってたんだ。俺達にはここで殺されるか、僅かな希望に賭けるしかないってこと・・・」

 「馬鹿な奴らだ・・・。我慢して言われたことをやってりゃぁ、死ぬことはなかったってのに・・・。生きてりゃいつか・・・」

 「いつかっていつだよ。そんな希望、俺達が生きてる間には来ねぇさ・・・」

 残された奉公人達は、脱走者の後始末を経て、心に強い恐怖心が植え付けられていき、馬鹿な真似をするような者は次第に減って行った。この後始末の作業も、雇用主のやり口の一つだったのだ。

 まるで恐怖で躾けるように、逃げようとすればどうなるかをその目で、その手で、その心で体感させ、ただ言いなりになって働く人形を作り上げていたのだ。その中でも、子供や女性は虐待などの酷い扱いを受けることが多く、いき過ぎた雇用主の行為がそういった者達を壊物にしてしまい、また新たな奉公人を仕入れてくる。

 そんないつまで続くかも分からない地獄のような歳月を過ごす中、彼ら奉公人に今の環境から抜け出せるような大きなチャンスが訪れることとなる。ロロネー達を雇っていた雇用主が事業で問題を起こし、契約先と大いに揉め出したのだ。

 奉公人達への支給も途絶えたが、如何やら外の様子もいつもとは変わっていた。普段見回りにくる筈の者が来ない時間があったり、周りを警備している人員が減ったり配置が変わっていたのだ。

 問題が生じたことにより、奉公人達の面倒はおろか、雇っていた警備の者達への給与も支払えなくなっていたようで、雇用違反を訴えた一部の者達が一斉にいなくなっていたのだ。

 「おいッ!もうこんなチャンスは来ねぇって!」

 「今しかない・・・。生きて外に出られる未来は、この時しかない!」

 「やめておけ!もう少し待てば、もっと安全に出られる日が来る!お前達が行動に移せば、罰を受けるのは俺達なんだぞ!?」

 「それが嫌な奴は一緒に来ればいいだけだ。数が多けれりゃ、それだけ一人当たりの逃げられる確率も上がるんだからな・・・」

 奉公人達の間で、考えが二つに分かれた。

 一つは、警備の薄くなったこのチャンスを活かし、暫くぶりともなる脱出をしようとする者達。追い風は彼らに吹いている。脱出の頻度が極端に低くなっている今、残った警備の者達も油断しているに違いない。それに加え、給与の問題もあり彼らの士気はかなり下がっている。血眼になって追い詰めようとする者もいない筈。

 もう一つは、雇用主の自滅を待ち、誰も死者を出さない安全な解放を待つべきだと主張する者達。確かに既に警備の者や身内の者達への支給が滞り、愛想を尽かした者達は去り、残っている者達も長くはないだろう。そして今回の一件で、雇用主の信頼も下がった。いずれ自己破綻し、危険を犯すことなく全員が安全に解放される日も近いだろう。

 どちらの考えも、メリットとデメリットが多分に含まれている。脱出を目指せば、少なからず何人かは見つかってしまうことだろう。そうなれば残った者達は今まで以上の地獄を見ることになる。

 だがここで残っても、本当に解放される日など訪れるのだろうか。そんな保証などなく、食料すら支給されなくなった彼らに、耐え凌ぐだけの体力など残っているのだろうか。

 この時、まだ少年だったロロネーは脱出する考えの方に加わっていた。今は亡き者達が言っていた言葉を思い出す。彼らが言っていた故郷の話や、そこでの生活のこと。美味しい果物や飲み物があり、山や海の幸などを使った想像もつかない様な人々の暮らし。

 そしてロロネーの心を大きく掴んだのは、海の話だった。この世界には多くの国や島があり、その全てが海で繋がっているということ。そこは自由な世界で、何に縛られることもなく思うがままに夢を追うことが出来る世界。

 やって来るかも分からない奇跡を待つより、ロロネーは自らの手で奇跡を掴み取ることを選んだのだ。保守的な解放を待つべきだと唱える者達の説得は、出発の寸前まで続いた。

 それでも彼らの気持ちが揺らぐことはなく、考え直す者達も出て来るくらいだった。無論、失敗すれば命はないだろう。例え生きて戻って来たとしても、残った者達の怒りは彼らにぶつけられる。どの道地獄しか残っていない。

 決行は身を隠し易く、視野を制限させることのできる真夜中で決定した。脱走のルートは幾つかに別れており、例え見つかっても警備の注意を分散させられる作戦をとった。しかし決して少数にはせず、強引に警備を抜けられることが出来るようにある程度の人数で分散する、二段構えの作戦だ。

 身をかがめ慎重に移動し、警備の隙をついて移動するロロネー達脱走者。警備の少なさと夜の暗さのおかげで、脱走計画は順調に進んでいた。

 だが、ロロネー達のいるグループとは別に、遠くの方で緊急事態を知らせる笛の音が聞こえた。警備の者達の視線が一斉に笛の音の方へ向き、集合が掛けられたかのように現場へと向かっていった。

 仲間が見つかってしまったのは心が痛いが、これは大きなチャンスだ。進行方向の警備がいなくなった今、他のルートを行ったグループは一斉に外の世界へ向けて走り出した。

 痩せ細った身体と足で、息を切らしながら真っ暗な道無き道を必死に走った。突然、彼らに向けられる光が前方に現れた。警備に見つかった。誰もがそう思った。雇用主が内側の警備をわざと薄くし、その更に奥の外側に配置していたのだと。

 心臓の鼓動が胸と貫き、まるで外に飛び出そうとしているかのよう鳴り響く。全身から吹き出す冷たい汗。脳裏に過るのは地獄のような雑用の日々と、仲間を埋める恐怖の所業。

 思考は止まり、身体が小刻みに震え出す。中には完全に身体の力が抜け、絶望に身を委ねたのかその場に崩れ落ちる者もいた。少年のロロネーも例外ではない。これまでに経験したことのない恐怖が全身を包み込む。

 夢を見て飛び出した彼らの心を折るには、十分過ぎるほどの衝撃。しかし、光を当てて来る者達は声を荒立てるわけでもなく、攻撃もして来なかったのだ。一体彼らは何者なのか。

 「君達は・・・誰だ?ここで何をしている」

 警備の者であれば、ロロネー達が何者であるかなど周知の事。その声が発した言葉など出て来る筈もない。つまり、ロロネー達が何者であるかを知らない人物であることに変わりない。そんな者達と出会う事自体初めてだったロロネー達奉公人には、最早彼らが何者なのかなど想像すら出来なかった。

 「何だその姿は・・・。おい!直ぐにこの者達を保護し、何か食わせてやれ!」

 その男の言葉に彼らは、頭が真っ白になった。だが誰一人抵抗する者はいない。頭ではなく心と身体が、男の放った“保護“という言葉に、助かったのだと安堵していたのだろう。

 「ぁ・・・あなた方は・・・一体・・・?」

 やっとの思いで吐き出した一人の奉公人の言葉に、先ほど部下の者達へ指示を出していた男が答える。大きな身体にやや年老いた容姿、軍服のように整った厳格な衣類を身に纏い、その表情から僅かだが賊のような荒々しさのようなものを感じた。

 「俺はベンジャミン。“ベンジャミン・ホーニゴールド“だ。訳あってこの国に仕えることになってな・・・。その最初の仕事が、ここで起きた問題の解決って訳なんだが・・・」

 もうこの際、彼が何者であるかなどどうでも良かった。ただロロネー達奉公人は助かった。その事実が確認され、身の安全が保障されただけで涙が溢れて来た。
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