366 / 1,646
失われた希望と命
しおりを挟むシンから情報を聞き出したチン・シーは、彼に次なる策の手順について説明した。アサシンのクラスであるシンのスキルを使い、ハオランの動きを止める。本来であれば難しいことだが、今回はハオランの身体に彼のモノとは別の魂がいくつも入り込んでおり、彼本来の力を発揮出来ないでいる。
それに加え、シュユーのサポートとある程度であれば、船員達による力任せに押さえつける手段もある。だがそれも、ハオランの弱体化度合いによるところが大きい。
「難しいことは考えなくても良い。其方は暫くハオランの動きを止めれば良いのだ。後は部下に羽交い締めにでもさせておけばリンクは成る」
「やれるだけの事はやってみる。取り押さえるだけの時間を作るくらいなら出来そうだ・・・」
任せてくれと言えるだけの自信は、シンにはなかったが僅かな間、隙を作る程度ならなんとかなるだろうと考えた。彼もこれまでの戦闘経験で成長している。全くハオランに歯が立たないと言うのは、想像しづらい事だ。
一度海上で手合わせをした時も、結果として見れば彼には逃げられてしまったが、こうして大した傷やダメージを負うことなく、事なきを得た。だがあの時はスキルを使う余裕もなければ、足場もなかった。万全の状態なら、もう少し上手くやれた筈。
チン・シーには隠したが、あの時の礼も兼ねて、代わりにスキルで捕らえようと、シンの意気込みも十分高まっていた。
いつスキルを撃てばいいか彼女に尋ねると、タイミングは任せると言われ、始める時にだけ合図を出すという形となった。しかし、ハオランを捕らえチン・シーがリンクするという策が、実を結ぶことはなかった。
それは誰も予期していなかった事態。そんな彼らの中でもチン・シーだけは、この事態を想定し、事を急いていた。だが間に合わなかった。そんな予想などするべきではなかったが、思っていた以上に速くその男は現れた。
シンとチン・シーの側を風の様に駆け抜けていったその気配は、ハオランと戦う船員の内二人の頭を鷲掴みにすると、床に穴が空くほどの力で勢いよく叩きつける。
突然背後から現れた異形のモノを視界に捉え、足元から飛び散る仲間の血を頬に浴びた船員が、何が起きたのか頭で考えるよりも先に、手にしていた刃を男に振り抜いた。しかし、その刃が獲物を切り裂くことはなく、ただ空を切ると剣身には血の代わりに僅かに残る黒い霧の様なものが纏わり付いていた。
彼がそれを視認しようと首を動かした時、その視界に噴水の様に噴き出す血飛沫を映し出した。初めは誰のものか分からなかったが、衣服にお湯を染み込ませる様にゆっくりと首元に温かい熱を感じる。
「・・・えっ・・・?」
あまりにも一瞬の出来事。彼には何が起きたのか理解できなかったが、ハオランの側で共に戦っていたツクヨには、何が起きていたのかハッキリと理解出来た。ツクヨの一振りを身体を大きく後方へ反らせて避ける男。
上半身を起こしながら、そのままの勢いで今度は身体を前に倒しながら、ダンスのターンかの様に回転し、回し蹴りをツクヨへ放つ。咄嗟にガードするも、ツクヨの身体は弾き飛ばされた様に船の壁まで吹き飛ばされる。
男が誰なのか分かっていない様子で拳を放つハオラン。彼の重たい拳を片手で軽く受け止めた男は、反対の手でハオランの頭を掴む。すると彼はそれまでとは違った苦しみ方をし出したと思ったら、急に大人しくなる。
「フランソワ・ロロネーッ!!」
男の姿に声を荒立てるチン・シー。感情的になる彼女は珍しい。それ故に、シンや船員達だけでなく、シュユーもその声と様子に驚き言葉を失う。まるで、今ここで口を挟めば、双方の猛獣から標的にされ兼ねないと言わんばかりの緊張感が走る。
そして何より気が気でないのは、チン・シー本人だ。ロロネーがこの場にやって来たということが、一体何を意味するのか。
それは船長室に置いて来た者達が、この男を抑えきれなかったということ。それだけならどんなに良いことだろう。悪名高いこの男が自分の策を邪魔され、獲物をみすみす目の前で取り逃したのだ。嘸かし癇に障ったことだろう。
「知らねぇ顔がチラホラいやがる・・・。俺の目論みじゃぁこんなに苦戦する様なことじゃなかった・・・」
いつもの余裕のある声色で、不気味な笑みのロロネーとは違い、低く怒りの感情が込められた声と、それを爆発させる時を今か今かと待ちわびる様に押し殺す態度。だがそれは、チン・シーも同じ。
フーファンは優秀な部下だった。幼いながらも妖術師達をまとめ、船員達からも可愛がられるムードメーカー。想像したくはなかった。だがロロネーが今、目の前にいるという事実が、その可能性をより確実なものとしている様で、チン・シーから冷静さを失わせる。
「貴様ッ・・・。フーファン達をどうした?」
「あのガキ共のことか?・・・自分の目で確かめるんだな。まぁもう動かねぇだろうがな・・・」
0
お気に入りに追加
310
あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~
名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

転生貴族の異世界無双生活
guju
ファンタジー
神の手違いで死んでしまったと、突如知らされる主人公。
彼は、神から貰った力で生きていくものの、そうそう幸せは続かない。
その世界でできる色々な出来事が、主人公をどう変えて行くのか!
ハーレム弱めです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~
金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。
そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。
カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。
やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。
魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。
これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。
エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。
第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。
旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。
ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件
月風レイ
ファンタジー
普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。
そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。
そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。
そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。
そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。
食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。
不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

ちょっと神様!私もうステータス調整されてるんですが!!
べちてん
ファンタジー
アニメ、マンガ、ラノベに小説好きの典型的な陰キャ高校生の西園千成はある日河川敷に花見に来ていた。人混みに酔い、体調が悪くなったので少し離れた路地で休憩していたらいつの間にか神域に迷い込んでしまっていた!!もう元居た世界には戻れないとのことなので魔法の世界へ転移することに。申し訳ないとか何とかでステータスを古龍の半分にしてもらったのだが、別の神様がそれを知らずに私のステータスをそこからさらに2倍にしてしまった!ちょっと神様!もうステータス調整されてるんですが!!

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる