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敵の知恵から得た力
しおりを挟むシンは片膝をつき目を閉じると、スキルに集中する。影の一部が分離し、ハオランの方へ目掛け床を駆け抜けていく。そして影は彼の足元から身体を駆け上って行くと、後頭部の辺りから髪の下へと溶け込むように消えて行った。
ロッシュは、生物の脳を構成する神経細胞である“ニューロン“と呼ばれるものを使い、相手の身体の一部や生命のない物体を、自身の脳から発せられる情報を送り込むことによって操縦していた。
ニューロンという神経系の細胞は、脳の情報処理とその情報の伝達に特化した細胞であり、ロロネーと共に人体実験の末、生物からニューロンを抜き取る術と、それをストックし他者の身体に送り込むことで、相手の意思や脳からの信号に関係なく、身体の一部を操るまでに至った。
最終的に、相手そのものを操縦するのが彼らの目的であったが、実験はその域にまで達することはなかった。更に膨大な時間と、人命を使った実験を重ねればそれが可能であったかは、誰にも分からない。
シンは自身のニューロンを影に乗せ、ハオランの脳細胞へ潜り込ませると、彼のニューロンへアクセスし、誤った情報伝達を彼の身体に発信させる。
片目を開き、ツクヨへ攻撃を仕掛けるハオランの様子を確認すると、宛かも自分の身体であるかのように、攻めの手を止めさせる信号を彼の身体へ送る。その一瞬、ハオランの動きが鈍くなり、ツクヨは彼からの攻撃を容易に逃れることが出来た。
驚きの表情と共に、ツクヨがこちらを向いているのが視界の端に映り込む。しかし、続けてハオランが攻撃しようとするのを止めようと試みるが、彼の身体を別の何者かが動かそうとする力に妨害され、シンの情報伝達が上手くいかなくなる。
そこで初めてシンは、シュユーの言っていたハオランの身体に入り込んでいる魂の存在に触れる。更に彼の中の魂は一つではなく、シンが送り込んだニューロンさえも操ろうと攻め立てて来たのだ。
このままその魂達に飲み込まれれば、逆に遠隔でシンの身体を操縦され兼ねない。ハオランの身体を操縦しようと群がる魂と、シンのニューロンを使いその身体を操縦しようとする魂に別れ、ハオランの中の魂が入り乱れる。
初めての試みに、シンは激しい頭痛を引き起こし、船酔いのような吐き気に襲われる。ほんの少し他者の脳へ干渉しただけで、とても継続して行うことなど出来ない程の反動がシンを苦しめる。
だが、ハオランの中の魂を掻き乱すことこそがシンの目的であり、少しでも違う標的に魂の注意を分散できれば、彼の中の本人の魂が目覚められるかもしれない。ただでさえシュユーの言葉に反応を示し、動きを止めていたのだ。
シンの介入により、彼の手助けが出来るのではないか。そして彼の目論み通り、ハオランの様子に変化が訪れる。
ツクヨとの戦闘の最中、ハオランは突然何かに苦しみ出し、頭を抱える動作をとるようになったのだ。そして暫くすると、彼の身体からシュユーの言っていた白いオーラのようなものが抜け出すと、彼が目撃した魂と同様にその形を人の顔のように変え、呻き声を上げながら濃霧の中へと飛び去っていったのだ。
「ッ・・・!これが彼の中に入っていたという魂・・・。まさか本当にこの目で見ることになるなんて。あんなモノがいくつも身体の中に入っているのか?」
それまでギリギリの防戦一方だったツクヨに、ある程度の余裕が生まれ出す。これならハオランの追跡を振り切り、彼らの主人チン・シーの元へ向かうことが出来るかもしれない。
戦況の良い流れは、着実にシン達の方へと流れ込んで来ている。それを決定づけるかのように、彼らにとって更なる吉報の知らせが舞い込むことになる。近くで戦っていた船員の一人が、高所から降りて来た者と何やら密談を済ませると、壁にもたれるシュユーの元へやって来て、重要な報告を彼の耳に入れる。
「シュユー様!我らが主人様が、ハオラン殿の救出の為こちらへ向かっているとのこと。間も無く到着するようです」
「何・・・?あの方が直接だと?・・・何か事態が急変したのか?それとも・・・」
チン・シーがこちらに向かっているという吉報。彼女のリンクの能力が、ハオランを正気に戻す唯一の鍵と言っても過言ではない。今必死に行っているシンの妨害工作よりも、より直接的に彼の魂へ繋がることが出来る。もう少しの辛抱で、ハオランの奪還が成功するのだ。
だがシュユーには一つ気がかりなことがあった。それは、何故チン・シーが直接ここへ向かっているのかということだ。船長室で何が起きていたのか、この時のシュユーはまだ何も知らない。
ロロネー本人に本陣を襲撃され、それを食い止める為にフーファンと妖術師達が、その命の蝋燭を燃やして戦っていることを。それでも今は、目の前で戦う近接クラスのツクヨをサポートし、チン・シーと小隊が到着するまで持ち堪えることだけに集中する。
徐々に衰弱するシンと共に、ハオランの身体からは少しずつではあるものの魂が抜け出していき、苦しむ頻度が増している。なるべく彼を傷付けぬまま解放することを目指し、防御に徹するツクヨ。
その隙をついてシュユーは、毒や麻痺といった状態異常を狙う為、矢にエンチャントを施しハオランの動きを鈍らせる。その中でも特に有効だったのが、精神汚染の状態異常だった。
本来であれば、行動の成功率や集中力を要するスキルや魔法の妨害効果がある精神汚染。だが今のハオランの場合、彼の中にいる複数の魂を掻き乱す効果があるようで、頭を抱える頻度を増すことが出来たのだ。
近接で直接ハオランの攻撃を受け止めるツクヨ。そしてハオランの中身へ妨害を行いサポートするシンとシュユーによる、三位一体の守りを築き上げる中、遂に本命のチン・シー率いる小隊が到着する。
「シュユーよ、またせたな。状況を説明しろ」
隊の内の二人がシュユーの身体を支え、彼の治療と回復作業に取り掛かる。ハオランの現状と、今も尚彼を抑えて戦い続けるシン達のことを説明すると、自身へのダメージが深刻なシンを戦線離脱させると、直ぐに船員の一人をシンの回復役に充てる。
シンのスキル“操影“が解かれたことで、ハオランの身体が息を吹き返したように動きは速く、攻撃は重くなる。彼の中の魂への攻撃は、回復を行いながらも矢を放ち続けるシュユーに任せ、残りの二人の船員がツクヨと共にハオランの攻撃を受け止める。
「ハオランを大人しくさせるには、彼の・・・シン殿の力が必要でしょう。以前グレイス殿から彼のスキルについて伺っております。早急にシン殿の回復を・・・」
「分かった。シュユーの回復は程々に、シンとやらの回復へ回れ!ハオランの解放はその後だ。それまで奴の攻撃を凌ぎきれ!」
チン・シーの号令で小隊の者達が一斉に士気を上げ、各々の役割を全うする。シュユーの面倒は彼女自身が、小隊の振り分けはハオランの攻撃を受ける役割に二人、シンの回復に三人充て、速やかな戦線復帰を試みる。
だが、ハオランヘ自身の細胞を送り込んでいたシンに、ある異変が起こる。
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