World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
358 / 1,646

陽炎に踊らされて

しおりを挟む
 少女の思わぬ奮闘に、当初の予定を狂わされたロロネーは、表情こそ依然変わりなく余裕の顔を覗かせたが、その口元は少しだけ引きつっていた。男の手元に現れた小さな雲のようなものから、剣の柄頭が静かに顔を出す。

 二人の元へ向かいながらその柄頭を握り、ゆっくりと引っ張り出すように剣身から剣先までを引き抜く。フーファンを支えながらチン・シーは立ち上がり、ロロネーの接近に迎え撃つようにして身を構える。

 そんな彼女の少し後ろからその姿を目に映す。肩に滲んだ赤い染みが、少女の行動から負傷したものだという、心に自責の念を植え付けると共に、今度こそ主人の力になるのだと決心させる。

 ここでロロネーと決着をつけるのは時期尚早だと、フーファンも分かっていた。チン・シーに勝利を捧げるには、やはりあの人物の存在が必要不可欠。その者が、今どんな状況にあるのかは分からないが、主人がその者の元にまで辿り着けば解決するという、根拠はないが自信のある思いがフーファンだけではなく、船員達の胸中にあった。

 その為には、この状況を潜り抜けなければならない。チン・シーはフーファンのことを必要だと言った。ならば少女の妖術が活躍する場面が、必ず何処かにある筈。主人に直接尋ねるのではなく、自らそのタイミングを見つけなくてはならない。それが彼女の期待に応えることに繋がるのだから。

 走り出したロロネーにチン・シーは弓矢を手に取り、素早い手捌きで一矢二矢とその矢先に火を灯した矢を放つ。ロロネーはそれを鋭い剣閃で切り落とし、距離を詰める。

 接近を許してしまったチン・シーは、手にした弓矢を手で撫でるように触れる。すると手元から発火し、炎に包まれた弓矢は形を変え剣に生まれ変わる。振り下ろされる男の剣を避け、代わりに鉛の刃をおみまいする。

 例の如く、チン・シーの振るった剣はロロネーの身体を擦り抜けたが、ここで彼女は今までとは違った手段で、男への攻撃を試みる。剣が男の身体に触れ、物体に当たるような感覚がないまま腹部の中心辺りにまでいったところで、彼女はその手を止めたのだ。

 そして反対の手を男にかざすと、噴き出す炎の魔法で、擦り抜けている途中の男の身体を焼き払った。僅かに眉を潜ませるロロネー。見た目ではハッキリと確認する事は出来ないが、確実に魔力を纏った攻撃を嫌がっている。

 「貴様のその身体・・・人間のものではないな?」

 ロロネーの異形の能力。それは決して魔術矢妖術の類ではなく、ましてや幻覚でもない。そして、そのような体質効果を得るクラスなど、“人間の就けるクラス“には存在しない。

 今までに見た海賊の亡霊やゴーストシップと同様、ロロネーの身体は何らかの効果や能力、或いは現象で霊体化しているのではないかと読んだチン・シー。これまでの戦いで亡霊系のモンスター達には魔法が有効なことから、この男の弱点も魔力を使った攻撃と見て間違いない。

 「さぁ、どうだろうなぁ」

 纏わり付く炎を羽織で身を包み、振り払うロロネー。反撃を企てようとするが、目の前にチン・シーの姿はない。敵の視界から外れ回り込むのなら、死角を突くのが定石。背後を振り返ろうとする途中、男の視界に女の姿が映る。

 身長からして、明らかに妖術の少女でないことだけはハッキリと分かった。その上でこの船長室に女など、彼女以外あり得ない。ロロネーはその姿目掛けて、振り返る勢いを乗せた剣を振るう。

 再び室内に響き渡る金属音。ロロネーが直ぐに警戒した為、時間がなかったのか背後に到達していなかったその人影は、男の推測通りチン・シーだった。剣を盾にし、振り払われた斬撃を受け止めている。

 常に前線で戦う戦士達とは違い、技術はあれどそのか細い腕では凌ぐのが精一杯の様子のチン・シー。その苦しそうな表情を見て、ニヤリと口角を上げて笑うロロネー。

 しかし次の瞬間、男の身体は突如炎に包まれる。チン・シーを相手取るのに夢中になっていたばかり、フーファンの姿が消えていることに気づくのが遅れたロロネー。鍔迫り合いをするチン・シーを押し退け、距離を空けると炎を振り払いながら周囲を確認する。

 すると、ロロネーの背後でしゃがみ床に手をついている何者かの姿があった。その姿勢から、男の計画を邪魔した妖術師の少女に違いない。良いところで再び邪魔されたことが、流石に男の癇に障ったのか、珍しく声を荒立てるロロネー。

 「このッ・・・!クソガキがぁッ!!」

 「クソガキ・・・?そんなに若く見えたか?」

 下から聞こえてくる妙に大人っぽい声に、思わずハッとする男。しゃがんでいた人影が男の顔を見上げると、そこにいたのは先程押し退けた筈のチン・シーその人だったのだ。

 何がどうなっているのか混乱するロロネーに、空かさず火矢の強襲が放たれる。身体を貫通していき、その炎だけを男に残していった火矢。飛んで来た方へ振り返ると、炎の陽炎で揺らめくチン・シーの姿が二つ、弓矢を構えて立ち並んでいた。

 「小賢しいことを・・・。俺の真似事かぁ?」

 既にフーファンによりしてやられたロロネー。激情するかと思われたが、返って男は冷静だった。しかしその視線は鋭く光り、燃ゆる男の身体以上に、静かな怒りを滾らせているようだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

神速の冒険者〜ステータス素早さ全振りで無双する〜

FREE
ファンタジー
Glavo kaj Magio 通称、【GKM】 これは日本が初めて開発したフルダイブ型のVRMMORPGだ。 世界最大規模の世界、正確な動作、どれを取ってもトップレベルのゲームである。 その中でも圧倒的人気な理由がステータスを自分で決めれるところだ。 この物語の主人公[速水 光]は陸上部のエースだったが車との交通事故により引退を余儀なくされる。 その時このゲームと出会い、ステータスがモノを言うこの世界で【素早さ】に全てのポイントを使うことを決心する…

だらだら生きるテイマーのお話

めぇ
ファンタジー
自堕落・・・もとい楽して生きたい一人のテイマーのお話。目指すのはスローライフ!

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

微妙なバフなどもういらないと追放された補助魔法使い、バフ3000倍で敵の肉体を内部から破壊して無双する

こげ丸
ファンタジー
「微妙なバフなどもういらないんだよ!」 そう言われて冒険者パーティーを追放されたフォーレスト。 だが、仲間だと思っていたパーティーメンバーからの仕打ちは、それだけに留まらなかった。 「もうちょっと抵抗頑張んないと……妹を酷い目にあわせちゃうわよ?」 窮地に追い込まれたフォーレスト。 だが、バフの新たな可能性に気付いたその時、復讐はなされた。 こいつら……壊しちゃえば良いだけじゃないか。 これは、絶望の淵からバフの新たな可能性を見いだし、高みを目指すに至った補助魔法使いフォーレストが最強に至るまでの物語。

追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~

さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。 全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。 ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。 これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった

ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。 しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。 リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。 現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!

処理中です...