World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
321 / 1,646

選択した因果の先

しおりを挟む
 一人用のボードにツクヨを担ぎ、シンが彼の括り付けていた海賊船へのロープを使って、クトゥルプスによって酷く破損させられた船へと向かう。

 中の様子はどうなっているのだろうか。ツバキは無事だろうか、一緒に戦った船員達は、治療をしてくれた回復班の人達は生きているだろうか。そんなことが脳裏に浮かびながらも、波を立てて走るボードの音と、波の水飛沫を感じながら戻っていると、ツクヨの視界の隅に、何やら海中で動く物の影が映り込んだ。

 よく目にするような、自分の髪の毛だったり波のちょっとした影なのかもしれない。だが、操縦をシンがしてくれている中で、特にすることもなかったツクヨは、辺りを見渡し、敵襲や異変が無いかを自主的に探していた。

 次第にその影は大きくなり、ぼやけていたモノはそのシルエットを浮かび上がらせる。海中にあった影は、ツクヨや船員達を散々苦しめた、あの忌まわしき女の触手に違いなかった。

 彼女は生きていた。別のモンスターや野生生物のものであるとは到底思えない。その質量や模様、動きを見て海賊船での戦闘が脳裏に蘇ってくる。

 「シンッ!奴だ!触手が直ぐそこまで迫って来ている。まだ生きていたんだッ・・・」

 「何だってッ!?真っ二つに斬ったんじゃなかったのか!?」

 操縦をしているシンは前から目が離せず、首だけ傾けて時折視線を送りながら、ツクヨにクトゥルプスを倒した時のことを確認したが、如何やら彼から伝わる声色や反応で、嘘や見間違いではなく、倒し切るには至らなかったのだということが伝わって来た。

 「もっとスピードは出ないかッ!?このままでは海に引き摺り込まれるぞ!」

 「だッ・・・ダメだッ・・・!これ以上は出ない。そもそも一人用のボードに二人で乗っていること自体、相当な負荷をかけているに違いない。これ以上速度が上がることはない・・・、寧ろ落ちるしかないぞ・・・」

 燃料や操縦者の魔力は有限であり、ボードを走らせている限り消費し続けるだろう。これ以上スピードを上げたいのなら、根本的な重さをボードから取り除くしかない。

 それはつまり、シンかツクヨをクトゥルプスの迫る海へ投げ落とすしか方法は無い。しかし、海というフィールドにおいて人間はこの上なく弱く、そこに巣食う者達は逆に地の利を得ている状況にある。

 そんなところに投げ出されればひとたまりもないだろう。それにお互い、仲間を犠牲にすることなど、端から選択肢になど入れていない。だが、海賊船までの距離はまだある上、辿り着く前に触手に捕まってしまうことは確実。

 操縦でそれどころでは無いシンに、打開策を考えるだけの余裕はない。かと言って、ツクヨにも現状を変える術が思いつく訳でもなく、ただ時間を浪費するのみ。

 底の見えぬ海中に焦燥と恐怖が広がっているようで、海上が如何に危険な場所であるかを身を持って感じていたその時、ツクヨの懐で何かが光り始めたのだ。

 「なッ・・・何だ何だッ!?」

 「ツクヨ!何か持っているのか?確認してみてくれ」

 当然何が光出しているのか、ツクヨ自身分からない。懐を探してみるも、何かを身に付けている訳でもなさそうだった。そこでシンは、彼らのように現実世界から来たユーザーにのみあるアイテムや道具をしまう便利なものの存在を思い出し、ツクヨに尋ねる。

 「アイテムリストだ・・・。メニューを開いて所持品を見てみるんだッ!」

 ツクヨは、聖都ユスティーチでミアから学んだゲームとしてのこの世界、WoFの世界の機能を使い視界に映るメニューから、所持品リストの項目に視線を合わせて中身を確認する。

 すると、その中に人気は輝く文字で書かれたとある武器の存在に気付く。それは彼らの行いが招いた運命の因果。何の巡り合わせか、彼らの選択して来た出来事はここに繋がったのだとしか思えぬことを引き起こす。

 「布都御魂剣・・・。グレイスから貰った、あの使い道のない剣が光ってるッ!」

 直ぐにアイテムリストにあった布都御魂剣という武器に視線を合わせると、それはリストから消え、ツクヨの懐に突如として質量を持った物質として出現する。

 「これはッ・・・」

 ツクヨは特別武器に詳しい訳でも、歴史や神話に詳しい訳でもない。だが不思議なことに、布都御魂剣を手にするとその剣に宿る力と、その使い方が自然と身に染みてくるように浸透していくのを感じた。

 突然冷静さを取り戻し、落ち着いた様子のツクヨが心配になり、一体何があったのかとシンが尋ねると、彼は黙ってシンの背中で腕を伸ばし身体をゆっくり離す。そしてシンの衣服を掴んでいた手から、徐々に力が抜けていくのを感じた。

 このままでは海に振り落とされると、シンはツクヨの手をがっしりと掴み、今海に落ちたら生きて帰れないと必死に彼に呼びかける。しかしツクヨは、そんな彼の呼び止めを宥め、彼には分からぬ根拠のない理由で自分がクトゥルプスを止めると言い出し、掴んでいたシンの背中から手を離し、ボードから落ちてしまった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

異世界無宿

ゆきねる
ファンタジー
運転席から見た景色は、異世界だった。 アクション映画への憧れを捨て切れない男、和泉 俊介。 映画の影響で筋トレしてみたり、休日にエアガンを弄りつつ映画を観るのが楽しみな男。 訳あって車を購入する事になった時、偶然通りかかったお店にて運命の出会いをする。 一目惚れで購入した車の納車日。 エンジンをかけて前方に目をやった時、そこは知らない景色(異世界)が広がっていた… 神様の道楽で異世界転移をさせられた男は、愛車の持つ特別な能力を頼りに異世界を駆け抜ける。 アクション有り! ロマンス控えめ! ご都合主義展開あり! ノリと勢いで物語を書いてますので、B級映画を観るような感覚で楽しんでいただければ幸いです。 不定期投稿になります。 投稿する際の時間は11:30(24h表記)となります。

処理中です...