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天秤にかけられぬ恩
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広々とした船内に、綺麗に整備された複数の小舟。常日頃からいつでも使えるように整理されているところから、行き渡った指導がされていることが伺える。海賊というものにも個性が出るのだろうか。
グレイスのように荒々しさのある海賊団もいれば、チン・シーのように統率のとれた連携を得意とする海賊団もいる。そんな彼女の性格が船の中にも反映されているようだ。
そんな海賊船の中とは思えないような内装の船内に、騒々しく響き渡る警鐘の音。慌ただしく動き回る船員達は、緊急時の配置につく為、各々の準備を整え持ち場に向かって行く。その内の一人が、ミアと共にいるシュユーの元へやって来て、彼に指示を仰ぐ。
「シュユーさんッ!」
「あぁ、チン・シー様へは私が・・・。ミア殿、共に来て頂きたのですが」
彼の申し出は願ってもないことだ。彼女にとってもチン・シーの協力を仰ぎたいと思っていたところだったのだから。少年の姿をした怪物、メデューズと直接戦ったミアだからこそ、自身の能力だけでは攻略が困難であることが良くわかる。
直接的な物理や魔法の攻撃では、あの怪物を仕留めるには至らない。故に今は、自分以外の力と知識がいる。この戦場で助けを求められる相手など彼女しかいない。突如現れた、どちらの味方かもはっきりしないミア達を受け入れてくれるかは分からない。
ただ、偶然か奇跡か。繋がった縁は決して無意味ではない。レースの要とも言えるツバキを一時的に失い、希望がなくなった彼らの元へ、ハオランが現れたことも、ロッシュとグレイスの戦闘に関与したことも無意味なことではない。
そしてグレイス救出に赴いたシンは、見事その役割を果たし、繋がれた縁を手繰り寄せ信頼と信用を獲得した。ミアの中にも、自身が反対する危険な渦中へ身を投じて行ったシンが、今も尚劣勢な状況の中で堪えているのだという思いがあり、この程度の危機で根を上げてなどいられないと、心を強く持つことが出来ている。
チン・シーへの報告にお供することを二つ返事で承諾し、急ぎ船の上層へと向かう。しかし、道を急ぐ二人の元に、また別の船員が切羽詰まったような形相をして進路に立ち塞がり、懇願するようにシュユーにしがみ付く。
「シュユーさんッ!良かった、ご無事で・・・。大変なんです!フーファンの部隊が・・・!」
彼の心臓を打ち鳴らす鼓動が、周囲にも伝わるようだった。船員から報告を受けたシュユーの動きが止まる。ミアが彼の様子をゆっくり覗き込むと、顔を真っ青にして瞳孔を広げ、幻でも見ているかのように、口を閉じることすら忘れた男の姿があった。
力強くシュユーの腕を掴み、助けてくれと口にせずともそれが伝わるかのように大きく揺らす。それとは正反対に全身の力が抜け、船員の報告が受け止められないといった様子で立ち尽くすシュユー。
フーファンは彼の相棒で、作戦となればいつも共に行動して来た、まるで兄妹のように親しく信頼のおけるパートナー。グラン・ヴァーグの店で二人の関係性を聞かされていたミアは、彼の心中を察し彼の肩を叩く。
「報告はアタシ一人でいい・・・。アンタはあの子の元へ・・・」
彼女の呼びかけに反応し、ミアの方へ顔を向ける。真っ白になっていた頭の中をゆっくりと整理していき、彼女の発した言葉の意味を確認する。だが、大事な報告を部外者であるミアに頼む訳にはいかない。主人への報告を後回しにし、独断の思いを胸に行動することは、統率や信頼を重んじるチン・シーのやり方に背くことになってしまう。
内に秘める様々な思いを押し殺し、力強く握りしめた彼の拳からは、爪が皮膚に食い込み血を滴らせていた。主人であるチン・シーの期待を、裏切りたくはない。彼女には命を捧げても返し切れない恩がある。
それと同じく、シュユーはフーファンにも恩がある。彼はチン・シーに拾われる前、国から酷い扱いを受けて来た。彼女に拾われ国を出てからも、彼の心は閉ざされたままだったのだ。
シュユーの胸中を知ってのことか、今はまだ分からないがチン・シーは彼に、フーファンという少女と行動を共にする様命じた。少女のあどけない態度や、裏表のない純粋な気持ちや言葉が、彼の中の心の壁を取り除いてくれた。
それ以降、彼は組織の者達とも上手くやっていける様になり、主人であるチン・シーの信頼を得るにまで至ることが出来たのだ。故に、フーファン無くして今のシュユーはあり得ない。それどころか、生きていたのかさえ分からない。
フーファンには、その様なことを悟られない様に接しているが、彼の中で少女の存在は、主人と同等と言える存在にまで大きくなっていたのだ。
彼はそんな葛藤の末に答えを出す。どちらが大事だったり、どっちの方が恩を感じているというものではない。自身に出来る可能なことを須く成就させる為、全力を尽くす。彼の中にあるのは、ただそれだけだった。
「・・・先を急ごう・・・。貴方だけに主人への報告を任せるのは、あの方への恩に反する・・・。あの方なら・・・私の胸中を察してくれる筈・・・」
シュユーはフーファンを助けたいという気持ちを押し殺しながら、先ずは主人の元へ報告に行くことを決意する。
グレイスのように荒々しさのある海賊団もいれば、チン・シーのように統率のとれた連携を得意とする海賊団もいる。そんな彼女の性格が船の中にも反映されているようだ。
そんな海賊船の中とは思えないような内装の船内に、騒々しく響き渡る警鐘の音。慌ただしく動き回る船員達は、緊急時の配置につく為、各々の準備を整え持ち場に向かって行く。その内の一人が、ミアと共にいるシュユーの元へやって来て、彼に指示を仰ぐ。
「シュユーさんッ!」
「あぁ、チン・シー様へは私が・・・。ミア殿、共に来て頂きたのですが」
彼の申し出は願ってもないことだ。彼女にとってもチン・シーの協力を仰ぎたいと思っていたところだったのだから。少年の姿をした怪物、メデューズと直接戦ったミアだからこそ、自身の能力だけでは攻略が困難であることが良くわかる。
直接的な物理や魔法の攻撃では、あの怪物を仕留めるには至らない。故に今は、自分以外の力と知識がいる。この戦場で助けを求められる相手など彼女しかいない。突如現れた、どちらの味方かもはっきりしないミア達を受け入れてくれるかは分からない。
ただ、偶然か奇跡か。繋がった縁は決して無意味ではない。レースの要とも言えるツバキを一時的に失い、希望がなくなった彼らの元へ、ハオランが現れたことも、ロッシュとグレイスの戦闘に関与したことも無意味なことではない。
そしてグレイス救出に赴いたシンは、見事その役割を果たし、繋がれた縁を手繰り寄せ信頼と信用を獲得した。ミアの中にも、自身が反対する危険な渦中へ身を投じて行ったシンが、今も尚劣勢な状況の中で堪えているのだという思いがあり、この程度の危機で根を上げてなどいられないと、心を強く持つことが出来ている。
チン・シーへの報告にお供することを二つ返事で承諾し、急ぎ船の上層へと向かう。しかし、道を急ぐ二人の元に、また別の船員が切羽詰まったような形相をして進路に立ち塞がり、懇願するようにシュユーにしがみ付く。
「シュユーさんッ!良かった、ご無事で・・・。大変なんです!フーファンの部隊が・・・!」
彼の心臓を打ち鳴らす鼓動が、周囲にも伝わるようだった。船員から報告を受けたシュユーの動きが止まる。ミアが彼の様子をゆっくり覗き込むと、顔を真っ青にして瞳孔を広げ、幻でも見ているかのように、口を閉じることすら忘れた男の姿があった。
力強くシュユーの腕を掴み、助けてくれと口にせずともそれが伝わるかのように大きく揺らす。それとは正反対に全身の力が抜け、船員の報告が受け止められないといった様子で立ち尽くすシュユー。
フーファンは彼の相棒で、作戦となればいつも共に行動して来た、まるで兄妹のように親しく信頼のおけるパートナー。グラン・ヴァーグの店で二人の関係性を聞かされていたミアは、彼の心中を察し彼の肩を叩く。
「報告はアタシ一人でいい・・・。アンタはあの子の元へ・・・」
彼女の呼びかけに反応し、ミアの方へ顔を向ける。真っ白になっていた頭の中をゆっくりと整理していき、彼女の発した言葉の意味を確認する。だが、大事な報告を部外者であるミアに頼む訳にはいかない。主人への報告を後回しにし、独断の思いを胸に行動することは、統率や信頼を重んじるチン・シーのやり方に背くことになってしまう。
内に秘める様々な思いを押し殺し、力強く握りしめた彼の拳からは、爪が皮膚に食い込み血を滴らせていた。主人であるチン・シーの期待を、裏切りたくはない。彼女には命を捧げても返し切れない恩がある。
それと同じく、シュユーはフーファンにも恩がある。彼はチン・シーに拾われる前、国から酷い扱いを受けて来た。彼女に拾われ国を出てからも、彼の心は閉ざされたままだったのだ。
シュユーの胸中を知ってのことか、今はまだ分からないがチン・シーは彼に、フーファンという少女と行動を共にする様命じた。少女のあどけない態度や、裏表のない純粋な気持ちや言葉が、彼の中の心の壁を取り除いてくれた。
それ以降、彼は組織の者達とも上手くやっていける様になり、主人であるチン・シーの信頼を得るにまで至ることが出来たのだ。故に、フーファン無くして今のシュユーはあり得ない。それどころか、生きていたのかさえ分からない。
フーファンには、その様なことを悟られない様に接しているが、彼の中で少女の存在は、主人と同等と言える存在にまで大きくなっていたのだ。
彼はそんな葛藤の末に答えを出す。どちらが大事だったり、どっちの方が恩を感じているというものではない。自身に出来る可能なことを須く成就させる為、全力を尽くす。彼の中にあるのは、ただそれだけだった。
「・・・先を急ごう・・・。貴方だけに主人への報告を任せるのは、あの方への恩に反する・・・。あの方なら・・・私の胸中を察してくれる筈・・・」
シュユーはフーファンを助けたいという気持ちを押し殺しながら、先ずは主人の元へ報告に行くことを決意する。
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