310 / 1,646
天秤にかけられぬ恩
しおりを挟む
広々とした船内に、綺麗に整備された複数の小舟。常日頃からいつでも使えるように整理されているところから、行き渡った指導がされていることが伺える。海賊というものにも個性が出るのだろうか。
グレイスのように荒々しさのある海賊団もいれば、チン・シーのように統率のとれた連携を得意とする海賊団もいる。そんな彼女の性格が船の中にも反映されているようだ。
そんな海賊船の中とは思えないような内装の船内に、騒々しく響き渡る警鐘の音。慌ただしく動き回る船員達は、緊急時の配置につく為、各々の準備を整え持ち場に向かって行く。その内の一人が、ミアと共にいるシュユーの元へやって来て、彼に指示を仰ぐ。
「シュユーさんッ!」
「あぁ、チン・シー様へは私が・・・。ミア殿、共に来て頂きたのですが」
彼の申し出は願ってもないことだ。彼女にとってもチン・シーの協力を仰ぎたいと思っていたところだったのだから。少年の姿をした怪物、メデューズと直接戦ったミアだからこそ、自身の能力だけでは攻略が困難であることが良くわかる。
直接的な物理や魔法の攻撃では、あの怪物を仕留めるには至らない。故に今は、自分以外の力と知識がいる。この戦場で助けを求められる相手など彼女しかいない。突如現れた、どちらの味方かもはっきりしないミア達を受け入れてくれるかは分からない。
ただ、偶然か奇跡か。繋がった縁は決して無意味ではない。レースの要とも言えるツバキを一時的に失い、希望がなくなった彼らの元へ、ハオランが現れたことも、ロッシュとグレイスの戦闘に関与したことも無意味なことではない。
そしてグレイス救出に赴いたシンは、見事その役割を果たし、繋がれた縁を手繰り寄せ信頼と信用を獲得した。ミアの中にも、自身が反対する危険な渦中へ身を投じて行ったシンが、今も尚劣勢な状況の中で堪えているのだという思いがあり、この程度の危機で根を上げてなどいられないと、心を強く持つことが出来ている。
チン・シーへの報告にお供することを二つ返事で承諾し、急ぎ船の上層へと向かう。しかし、道を急ぐ二人の元に、また別の船員が切羽詰まったような形相をして進路に立ち塞がり、懇願するようにシュユーにしがみ付く。
「シュユーさんッ!良かった、ご無事で・・・。大変なんです!フーファンの部隊が・・・!」
彼の心臓を打ち鳴らす鼓動が、周囲にも伝わるようだった。船員から報告を受けたシュユーの動きが止まる。ミアが彼の様子をゆっくり覗き込むと、顔を真っ青にして瞳孔を広げ、幻でも見ているかのように、口を閉じることすら忘れた男の姿があった。
力強くシュユーの腕を掴み、助けてくれと口にせずともそれが伝わるかのように大きく揺らす。それとは正反対に全身の力が抜け、船員の報告が受け止められないといった様子で立ち尽くすシュユー。
フーファンは彼の相棒で、作戦となればいつも共に行動して来た、まるで兄妹のように親しく信頼のおけるパートナー。グラン・ヴァーグの店で二人の関係性を聞かされていたミアは、彼の心中を察し彼の肩を叩く。
「報告はアタシ一人でいい・・・。アンタはあの子の元へ・・・」
彼女の呼びかけに反応し、ミアの方へ顔を向ける。真っ白になっていた頭の中をゆっくりと整理していき、彼女の発した言葉の意味を確認する。だが、大事な報告を部外者であるミアに頼む訳にはいかない。主人への報告を後回しにし、独断の思いを胸に行動することは、統率や信頼を重んじるチン・シーのやり方に背くことになってしまう。
内に秘める様々な思いを押し殺し、力強く握りしめた彼の拳からは、爪が皮膚に食い込み血を滴らせていた。主人であるチン・シーの期待を、裏切りたくはない。彼女には命を捧げても返し切れない恩がある。
それと同じく、シュユーはフーファンにも恩がある。彼はチン・シーに拾われる前、国から酷い扱いを受けて来た。彼女に拾われ国を出てからも、彼の心は閉ざされたままだったのだ。
シュユーの胸中を知ってのことか、今はまだ分からないがチン・シーは彼に、フーファンという少女と行動を共にする様命じた。少女のあどけない態度や、裏表のない純粋な気持ちや言葉が、彼の中の心の壁を取り除いてくれた。
それ以降、彼は組織の者達とも上手くやっていける様になり、主人であるチン・シーの信頼を得るにまで至ることが出来たのだ。故に、フーファン無くして今のシュユーはあり得ない。それどころか、生きていたのかさえ分からない。
フーファンには、その様なことを悟られない様に接しているが、彼の中で少女の存在は、主人と同等と言える存在にまで大きくなっていたのだ。
彼はそんな葛藤の末に答えを出す。どちらが大事だったり、どっちの方が恩を感じているというものではない。自身に出来る可能なことを須く成就させる為、全力を尽くす。彼の中にあるのは、ただそれだけだった。
「・・・先を急ごう・・・。貴方だけに主人への報告を任せるのは、あの方への恩に反する・・・。あの方なら・・・私の胸中を察してくれる筈・・・」
シュユーはフーファンを助けたいという気持ちを押し殺しながら、先ずは主人の元へ報告に行くことを決意する。
グレイスのように荒々しさのある海賊団もいれば、チン・シーのように統率のとれた連携を得意とする海賊団もいる。そんな彼女の性格が船の中にも反映されているようだ。
そんな海賊船の中とは思えないような内装の船内に、騒々しく響き渡る警鐘の音。慌ただしく動き回る船員達は、緊急時の配置につく為、各々の準備を整え持ち場に向かって行く。その内の一人が、ミアと共にいるシュユーの元へやって来て、彼に指示を仰ぐ。
「シュユーさんッ!」
「あぁ、チン・シー様へは私が・・・。ミア殿、共に来て頂きたのですが」
彼の申し出は願ってもないことだ。彼女にとってもチン・シーの協力を仰ぎたいと思っていたところだったのだから。少年の姿をした怪物、メデューズと直接戦ったミアだからこそ、自身の能力だけでは攻略が困難であることが良くわかる。
直接的な物理や魔法の攻撃では、あの怪物を仕留めるには至らない。故に今は、自分以外の力と知識がいる。この戦場で助けを求められる相手など彼女しかいない。突如現れた、どちらの味方かもはっきりしないミア達を受け入れてくれるかは分からない。
ただ、偶然か奇跡か。繋がった縁は決して無意味ではない。レースの要とも言えるツバキを一時的に失い、希望がなくなった彼らの元へ、ハオランが現れたことも、ロッシュとグレイスの戦闘に関与したことも無意味なことではない。
そしてグレイス救出に赴いたシンは、見事その役割を果たし、繋がれた縁を手繰り寄せ信頼と信用を獲得した。ミアの中にも、自身が反対する危険な渦中へ身を投じて行ったシンが、今も尚劣勢な状況の中で堪えているのだという思いがあり、この程度の危機で根を上げてなどいられないと、心を強く持つことが出来ている。
チン・シーへの報告にお供することを二つ返事で承諾し、急ぎ船の上層へと向かう。しかし、道を急ぐ二人の元に、また別の船員が切羽詰まったような形相をして進路に立ち塞がり、懇願するようにシュユーにしがみ付く。
「シュユーさんッ!良かった、ご無事で・・・。大変なんです!フーファンの部隊が・・・!」
彼の心臓を打ち鳴らす鼓動が、周囲にも伝わるようだった。船員から報告を受けたシュユーの動きが止まる。ミアが彼の様子をゆっくり覗き込むと、顔を真っ青にして瞳孔を広げ、幻でも見ているかのように、口を閉じることすら忘れた男の姿があった。
力強くシュユーの腕を掴み、助けてくれと口にせずともそれが伝わるかのように大きく揺らす。それとは正反対に全身の力が抜け、船員の報告が受け止められないといった様子で立ち尽くすシュユー。
フーファンは彼の相棒で、作戦となればいつも共に行動して来た、まるで兄妹のように親しく信頼のおけるパートナー。グラン・ヴァーグの店で二人の関係性を聞かされていたミアは、彼の心中を察し彼の肩を叩く。
「報告はアタシ一人でいい・・・。アンタはあの子の元へ・・・」
彼女の呼びかけに反応し、ミアの方へ顔を向ける。真っ白になっていた頭の中をゆっくりと整理していき、彼女の発した言葉の意味を確認する。だが、大事な報告を部外者であるミアに頼む訳にはいかない。主人への報告を後回しにし、独断の思いを胸に行動することは、統率や信頼を重んじるチン・シーのやり方に背くことになってしまう。
内に秘める様々な思いを押し殺し、力強く握りしめた彼の拳からは、爪が皮膚に食い込み血を滴らせていた。主人であるチン・シーの期待を、裏切りたくはない。彼女には命を捧げても返し切れない恩がある。
それと同じく、シュユーはフーファンにも恩がある。彼はチン・シーに拾われる前、国から酷い扱いを受けて来た。彼女に拾われ国を出てからも、彼の心は閉ざされたままだったのだ。
シュユーの胸中を知ってのことか、今はまだ分からないがチン・シーは彼に、フーファンという少女と行動を共にする様命じた。少女のあどけない態度や、裏表のない純粋な気持ちや言葉が、彼の中の心の壁を取り除いてくれた。
それ以降、彼は組織の者達とも上手くやっていける様になり、主人であるチン・シーの信頼を得るにまで至ることが出来たのだ。故に、フーファン無くして今のシュユーはあり得ない。それどころか、生きていたのかさえ分からない。
フーファンには、その様なことを悟られない様に接しているが、彼の中で少女の存在は、主人と同等と言える存在にまで大きくなっていたのだ。
彼はそんな葛藤の末に答えを出す。どちらが大事だったり、どっちの方が恩を感じているというものではない。自身に出来る可能なことを須く成就させる為、全力を尽くす。彼の中にあるのは、ただそれだけだった。
「・・・先を急ごう・・・。貴方だけに主人への報告を任せるのは、あの方への恩に反する・・・。あの方なら・・・私の胸中を察してくれる筈・・・」
シュユーはフーファンを助けたいという気持ちを押し殺しながら、先ずは主人の元へ報告に行くことを決意する。
0
お気に入りに追加
302
あなたにおすすめの小説
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
スキル盗んで何が悪い!
大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物
"スキル"それは人が持つには限られた能力
"スキル"それは一人の青年の運命を変えた力
いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。
本人はこれからも続く生活だと思っていた。
そう、あのゲームを起動させるまでは……
大人気商品ワールドランド、略してWL。
ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。
しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……
女の子の正体は!? このゲームの目的は!?
これからどうするの主人公!
【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる