World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
299 / 1,646

万全の体制、終わらぬ驚異

しおりを挟む
 シンがツクヨを助け出し、海賊船へと向かっている時より僅かに時間は遡る。

 ロロネーの敵船へ単身乗り込み、次々に撃沈しては、主人に迫る敵軍の数を減らして行っていたハオラン。濃霧で視界の悪い中、彼の働きによりチン・シー軍への迎撃は、限りなく少数に留められていた。

 しかしそれはロロネーの手の内。圧倒的な大軍勢を抑え、戦況を整える為にチン・シー軍を後退させるには、誰かが殿を努めなければならなかった。部隊を集め、殿軍を編成しても良かったのだが、それを封じるように海賊の亡霊による奇襲をかけられてしまう。

 士気の低下や船員の負傷といったパニックを引き起こした状態で部隊を組んでも、すぐに壊滅させられてしまうのが関の山だ。自軍の置かれている状況を判断したハオランが、自ら名乗り出て単独の殿を引き受けたのだ。

 そして、その恐ろしいまでの身体能力で敵船を潰して周るハオランは、敵軍の総大将であるロロネーの姿を探していた。後方にいる仲間達が何に襲われているかも知らず、彼は漸く探し求めていた人物を見つけ出した。

 ロロネー海賊団の船の中では、人気は損傷が少なく装飾の凝った船が一隻、濃霧の奥の方に見え始めた。それに気付いたハオランは、一つまた一つと船を飛んでいき、瞬く間に海賊船の群れを撃沈しながら、その船に奴が乗っていることを信じて突き進む。

 その船までの道のりにあった最後の船を潰し、目標の船まで跳躍している間際、上空からその船の甲板を見渡すと、船首のあたりに明かにそれらしき人物を捉える。恐らく奴は、ハオランがその船に跳躍して来るのに気付いていただろう。

 だが、動じることなくその場で腕を組み、彼の着地する音にも振り返ることなく、その顔に如何にも悪党が浮かべるであろう笑みをし、声が掛けられるのを待っている。

 ハオランは正々堂々と戦う男だ。不意打ちなどする筈がないことは、ロロネーの執拗な下調べにより既に破れている。ハオランもそんな卑怯な手段に出るつもりは毛頭無いといった様子で、足音を消す事もなく、船首で待ち構えるその者の元へと向かっていく。

 「漸く見つけたぞ、フランソワ・ロロネー。我が主人を冒涜し命を付け狙った罪は、その命で償ってもらうぞッ・・・」

 そう言うとハオランは、武闘家のような構えを取り、ロロネーの動向を伺う。予想通りの決まり文句で来たかと、嬉しそうに振り返るとグラン・ヴァーグで顔を合わせて以来、漸く再会することとなる。

 「冒涜・・・?はッ!違う違う。何も殺そうとしてる訳じゃぁねぇのさ。アイツの力には、とてつもねぇ可能性がある。俺ぁそいつが欲しいだけだ。おまけにあれだけの美貌の持ち主だ、俺の女として側に置いておこうと思っただけさ!」

 演劇かと言わんばかりに大きな身振り手振りをしながら、自身の目的について話すロロネー。この男は彼女への冒涜ではないと言っていたが、ハオランにはまるで自分や家族を馬鹿にされ、コケにされているかのような屈辱が胸の奥から込み上げて来る。

 「貴様があの方の事を口にしただけで虫唾が走る・・・!その汚らわしい命であの方に近づくことさえ許されん。せめてこの静かな海の藻屑に変えてやることを、ありがたく思うことだ」

 常に冷静沈着な彼にしては、珍しく感情的な口調でロロネーを罵り挑発する。それだけ彼の中で、チン・シーという存在が特別なのだろう。彼女に全てを委ね、その剣となることを何よりの喜びとしている。

 チン・シーも、ハオランのことは特別扱いしているようで、それは戦闘における彼の活躍や、彼女の力“リンク”との相性の良さだけではない。

 敵に本陣まで攻め込まれているにも関わらず、やけに落ち着いた様子のロロネーに、彼は少し違和感を覚えた。ただ暴力や欲望によって名を馳せるだけの男なら、彼が手を下さずとも、この大海であれば直ぐに命を落としている事だろう。

 ロロネーには、ロッシュと同じく思考を巡らせた戦略家としての一面もある。それに彼は用心深く、自らの秘密は部下にも悟らせない程だと言われている。チン・シー海賊団屈指の戦闘力を誇るハオランと一騎討ちになって、これ程余裕を見せられるということは、何かあるに違いない。

 「随分な言われようだなぁ、おい・・・。だがお前がノコノコと俺の前に姿を現したのは失敗だったな。いいのかぃ?今頃お前が命を投げ出して逃した奴らは、この霧の中でどんな目に合っているのやら・・・」

 「舐めるな。あの程度の船団が向かったところで、我が軍は揺らぐことはない。必ず討ち滅ぼしてくれるだろう。貴様は自分の心配でもしたらどうだ?俺は斬ったり突いたりする、“すぐに死ぬ”やり方ではない。この拳は骨を砕き、肉を打つ激痛の中で息絶える苦しみを与える」

 様々な武器を使いこなせるハオランだが、彼が最も得意とする攻撃方法は、シンプルに己の肉体を使った打撃だ。切断や刺突といった武器による痛みとは、また違った苦痛を相手に与える。彼の身体能力から放たれる武術の数々は、バリエーションに富んでおりその威力は想像を絶するだろう。

 だが、彼はまだ知らない。彼が自身の死よりも重要視する者の身に、危険が迫っていることを。

 「お前らの戦力なんざ、戦う前からリサーチ済みだ!この霧はなぁ、俺らのいるここよりも、より外の方が濃くなっているんだぜぁ?そりゃぁもう、すぐ近くの船すら認識出来ねぇ程にな。それに・・・」

 眉を潜めるハオランの顔を見て、満足げな笑みと声を漏らし、濃霧に潜む影達の存在を匂わせる。そして、まるで空から降りしきる雪をその掌で拾うかのように動かす。

 「こいつぁ俺達にとって有利に働く。条件は同じじゃぁねぇのさ。この霧も船上も海も・・・全てにおいて俺達を勝利へと導くってぇもんだ。アイツらはお前らじゃどうにも出来ねぇだろうよ・・・」

 ロロネーの言う“アイツら”こそ、今濃霧の中で彼らやミア達を襲っている複数存在する謎の少年と、触手の女のことだった。

 ミアの電撃により身動きが取れなくなっていた少年は、乗り込んでいたチン・シーの海賊船を撃沈させ、海に溶け込むようにして新たな獲物の元へと移動を開始していた。

 同じく、ツクヨによって両断され、海に落とされた触手の女も海中で意識を取り戻し、切断された半身を拾い上げ切断面を合わせるとグチャグチャと違いを引き合わせるように吸い付き、元の身体の形へと戻っていくと、不敵な笑みを浮かべながらシン達の向かった海賊船へ帰って行った。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

処理中です...