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救いは暗闇の底から
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真っ暗で何も無い。
身体は宙に浮いているように軽く、目を開いている感覚はあれど、その瞳に光が差し込むことは決して無い空間。
それが夢か幻か、現実か異世界か判断がつかない。何かを考える意識はあるのだが、その信号を巡らせることは出来ず、身体は動かせない。
「・・・死んだのか・・・?」
今のツクヨには最早、生存意欲が薄れていた。ここで終わるのならそれもいいだろう。選択を間違え、優先すべきものを蔑ろにし、見たくもない結末から逃れようと必死に抗ってみたが、誰かが定めたシナリオは決定事項で変更はあり得ない。
彼にはそう思わざるを得なかった。好きになった女性と結ばれ、子を設けるというよくある人並みの幸福に恵まれた。だが、それ以上をツクヨは求めなかった。今でも十分幸せだ、この幸せを守るために自分に何が出来るのか。
妻と娘に普通の生活を送ってもらう。そのために彼は働いた。定時に帰ったのでは収入が足らぬと思い、妻に相談することなく可能な限り残業をした。話せばきっと彼女はツクヨの体調を心配する。
彼女の不安な表情も見たくないし、させたくない。外では疲れた顔をしようと、家に帰ればツクヨは明るく優しい父親だった。そう、演じていた。それが二人の為なのだと勝手に思い込み、日々をただ会社のための歯車として費やした。
今にして思えば、それが間違いだったのがよくわかる。運命は彼の人生を、社会の歯車で終わらせる他に、別の道も用意してくれていたのだ。しかし、彼はそれを選ばず現状の維持を選んでしまった。
故にそこが彼の運命の終着点、幸せの頂点に定め人生の行き止まりに到着してしまった。これ以上の幸福が無い、後にあるのはそこから崩れ落ちる不幸だけ。時が流れるように、幸福はいつまでも続くものではないのだ。
到達した幸福の果てで、彼は一番大事なものを失い、運命という階段をただ転がり落ちていく。今更別の結末を望もうとも、神はそれを許さないのだろう。
WoFの世界に来ようと、二人を見つけ出す夢は道半ばで潰え、仲間から託された命すら満足に守れず、共に敵と立ち向かう味方の死を見せつけられる。
どんなに望もうと、どんなに努力しようと、彼の幸福はあの時を境に、崩れ去る一方でしかなかった。
「・・・十六夜、蜜月、シン、ミア、ツバキ・・・みんな・・・。ごめん・・・ごめん・・・なさい。私・・・俺には、運命に抗えるような力なんて無かったんだ・・・。みんなの思いが無駄になってしまったことが、何よりも心苦しい・・・。振り回して、ごめんなさい・・・ごめん・・・ごめん・・・」
涙も声も出ないし、感じない。ただ後悔と罪悪感という闇に押し潰されていく。
しかし、そんな暗闇に飲まれていく彼を救い上げる何かがやって来て、落ちた彼の身体を持ち上げていく。決して明るい場所ではない。それでも、ここではない何処か高い所へ連れて行かれるような意識だけがツクヨの頭の中に溢れ出し、遂に満たされるとそこで残されていた意識さえも失われた。
「・・・・・・・・・・ッ」
何かに呼ばれるように意識を取り戻したツクヨは、呼吸を再開するのだが、何かが鼻から身体の中に入り、思わずむせ返る。そこで初めて失われていた筈の自身の声を聞き、今度は何処へやって来たのかと、閉じていた目をゆっくり開ける。
「・・・クヨッ!・・・しろッ!」
彼の耳に届くのは、ここ最近のツクヨには聞き馴染みのある声色で、必死に彼に呼びかけるその様は、まるで彼をこの世に必要としてくれているかのように感じた。それは運命に見放され、不幸の暗闇に転落していくだけだったツクヨにとって、何よりも暖かく、痴がましくも嬉しいことだった。
「ツクヨッ!しっかりしろッ!一体これはどういう事だ?何があったんだ!?」
そこには、グレイス救出の為に別れた筈のシンの姿があった。彼はツバキの開発したボードに乗り、ツクヨの身体を海から救い上げて、彼の腕に括り付けられているロープを辿り、激しい戦いの傷痕を残した海賊船へと向かっていた。
「・・・シン・・・どうして?・・・」
「どうして?約束したからに決まってるじゃないか!グレイスはもう大丈夫だ。それに、俺達に協力してくれるとも言ってくれたんだ。・・・俺達は一人じゃない!心強い仲間を得たぞッ!」
どうしてだろう。彼はまるで分かっていたかのように、ツクヨが今一番かけて欲しい言葉を掛けてくれたのだ。
“一人じゃない”
どんなに選択を間違えようとも、どんなに不幸が押し寄せようとも、どんなに運命から拒絶されようとも。共に歩いてくれる仲間がいる、道を踏み外し転落していこうとも手を差し伸べてくれる支えがある。
ツクヨはシンのその言葉に、命と共に心さえも救われた。彼の差し伸べた手は決して光り輝くものではない。ツクヨの落ちた暗闇と同じ場所にいて、共にある者の手。運命の光に照らされた救いの手ではなく、共に光へ向かおうと背中を押してくれる影の手と呼ぶに相応しいものだった。
「よ“がっだッ・・・、あ”りがどう”・・・ジンッ!助げでぐれでッ・・・」
「どッ・・・どうしたんだ!?そんなにマズイ状態だったのか?」
二人を乗せたボードは、触手の女を退けた惨状となる海賊船へと向かっていく。ツバキの無事を確認する為に。生き残りを探し、チン・シー海賊団の本船と合流する為に。そして、別れたミアと再び会う為に。
身体は宙に浮いているように軽く、目を開いている感覚はあれど、その瞳に光が差し込むことは決して無い空間。
それが夢か幻か、現実か異世界か判断がつかない。何かを考える意識はあるのだが、その信号を巡らせることは出来ず、身体は動かせない。
「・・・死んだのか・・・?」
今のツクヨには最早、生存意欲が薄れていた。ここで終わるのならそれもいいだろう。選択を間違え、優先すべきものを蔑ろにし、見たくもない結末から逃れようと必死に抗ってみたが、誰かが定めたシナリオは決定事項で変更はあり得ない。
彼にはそう思わざるを得なかった。好きになった女性と結ばれ、子を設けるというよくある人並みの幸福に恵まれた。だが、それ以上をツクヨは求めなかった。今でも十分幸せだ、この幸せを守るために自分に何が出来るのか。
妻と娘に普通の生活を送ってもらう。そのために彼は働いた。定時に帰ったのでは収入が足らぬと思い、妻に相談することなく可能な限り残業をした。話せばきっと彼女はツクヨの体調を心配する。
彼女の不安な表情も見たくないし、させたくない。外では疲れた顔をしようと、家に帰ればツクヨは明るく優しい父親だった。そう、演じていた。それが二人の為なのだと勝手に思い込み、日々をただ会社のための歯車として費やした。
今にして思えば、それが間違いだったのがよくわかる。運命は彼の人生を、社会の歯車で終わらせる他に、別の道も用意してくれていたのだ。しかし、彼はそれを選ばず現状の維持を選んでしまった。
故にそこが彼の運命の終着点、幸せの頂点に定め人生の行き止まりに到着してしまった。これ以上の幸福が無い、後にあるのはそこから崩れ落ちる不幸だけ。時が流れるように、幸福はいつまでも続くものではないのだ。
到達した幸福の果てで、彼は一番大事なものを失い、運命という階段をただ転がり落ちていく。今更別の結末を望もうとも、神はそれを許さないのだろう。
WoFの世界に来ようと、二人を見つけ出す夢は道半ばで潰え、仲間から託された命すら満足に守れず、共に敵と立ち向かう味方の死を見せつけられる。
どんなに望もうと、どんなに努力しようと、彼の幸福はあの時を境に、崩れ去る一方でしかなかった。
「・・・十六夜、蜜月、シン、ミア、ツバキ・・・みんな・・・。ごめん・・・ごめん・・・なさい。私・・・俺には、運命に抗えるような力なんて無かったんだ・・・。みんなの思いが無駄になってしまったことが、何よりも心苦しい・・・。振り回して、ごめんなさい・・・ごめん・・・ごめん・・・」
涙も声も出ないし、感じない。ただ後悔と罪悪感という闇に押し潰されていく。
しかし、そんな暗闇に飲まれていく彼を救い上げる何かがやって来て、落ちた彼の身体を持ち上げていく。決して明るい場所ではない。それでも、ここではない何処か高い所へ連れて行かれるような意識だけがツクヨの頭の中に溢れ出し、遂に満たされるとそこで残されていた意識さえも失われた。
「・・・・・・・・・・ッ」
何かに呼ばれるように意識を取り戻したツクヨは、呼吸を再開するのだが、何かが鼻から身体の中に入り、思わずむせ返る。そこで初めて失われていた筈の自身の声を聞き、今度は何処へやって来たのかと、閉じていた目をゆっくり開ける。
「・・・クヨッ!・・・しろッ!」
彼の耳に届くのは、ここ最近のツクヨには聞き馴染みのある声色で、必死に彼に呼びかけるその様は、まるで彼をこの世に必要としてくれているかのように感じた。それは運命に見放され、不幸の暗闇に転落していくだけだったツクヨにとって、何よりも暖かく、痴がましくも嬉しいことだった。
「ツクヨッ!しっかりしろッ!一体これはどういう事だ?何があったんだ!?」
そこには、グレイス救出の為に別れた筈のシンの姿があった。彼はツバキの開発したボードに乗り、ツクヨの身体を海から救い上げて、彼の腕に括り付けられているロープを辿り、激しい戦いの傷痕を残した海賊船へと向かっていた。
「・・・シン・・・どうして?・・・」
「どうして?約束したからに決まってるじゃないか!グレイスはもう大丈夫だ。それに、俺達に協力してくれるとも言ってくれたんだ。・・・俺達は一人じゃない!心強い仲間を得たぞッ!」
どうしてだろう。彼はまるで分かっていたかのように、ツクヨが今一番かけて欲しい言葉を掛けてくれたのだ。
“一人じゃない”
どんなに選択を間違えようとも、どんなに不幸が押し寄せようとも、どんなに運命から拒絶されようとも。共に歩いてくれる仲間がいる、道を踏み外し転落していこうとも手を差し伸べてくれる支えがある。
ツクヨはシンのその言葉に、命と共に心さえも救われた。彼の差し伸べた手は決して光り輝くものではない。ツクヨの落ちた暗闇と同じ場所にいて、共にある者の手。運命の光に照らされた救いの手ではなく、共に光へ向かおうと背中を押してくれる影の手と呼ぶに相応しいものだった。
「よ“がっだッ・・・、あ”りがどう”・・・ジンッ!助げでぐれでッ・・・」
「どッ・・・どうしたんだ!?そんなにマズイ状態だったのか?」
二人を乗せたボードは、触手の女を退けた惨状となる海賊船へと向かっていく。ツバキの無事を確認する為に。生き残りを探し、チン・シー海賊団の本船と合流する為に。そして、別れたミアと再び会う為に。
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