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魂に刻まれる恐怖症
しおりを挟む戦力を削がれたチン・シー海賊団の船員達には、人外の力で迫りくる触手の女と真面に戦えるだけの戦力が残っておらず、戦闘は一方的なものとなっていた。苦労して触手を切断しようとも、切れた側から小型のモンスターへと変貌し、かえって厄介になるだけ。女を直接狙うには、触手のガードが固く攻め込めない。
ツクヨが剣技で切断し、燃やした触手も切断面から再生し、根本的な解決にはならなかった。やはり直接触手の女を叩かなくてはならず、邪魔な触手の再生能力を上回るには、役割を分担する他ない。
しかし、時間が経てば経つほど戦える船員は減っていき、何れそれも叶わなくなってしまう。希望があるとすればツクヨの存在だろう。触手処理に長けた剣技を持ち合わせていることが分かった以上、それを有効活用しない手はない。
再び彼を援護し、触手の処理をしてもらう事で女への直接攻撃を画策する船員達であったが、一人ロープの男がその表情に影を落としていた。それはツクヨと触手の女が接触した直後から、女はツクヨを無視し船員達の元へやって来たということが、彼の頭の中で引っ掛かっていたのだ。
何故、触手の女にとって一番厄介であろうツクヨを、先に始末することなく此方へ向かって来たのか。女の後ろから、追うように向かって来るツクヨの様子から、寝返りという線はないだろうが、依然理由は分からない。
「さっきまでの勢いはどうしたのぉ?これじゃぁ直ぐに全滅してしまうわよッ!」
毒や怪我による士気の低下や疲労により、動きの鈍った船員達の斬撃を触手が器用に避け始める。攻撃の空振りはこれまで以上に大きな隙を生み、触手による攻撃はより強烈さを増していく。
触手に捕まり、壁に投げつけられる者、先端から身体を貫かれる者。動けなくなった者を投げつけられ、避けることが出来ず吹き飛ばされる者。ツクヨが後を追う僅か数秒の間にも、また幾つかの命が失われた。
「やめろッ!私が相手になる。みんなは防御に徹するんだッ!」
漸く触手の女を剣技の射程範囲内に捉えたツクヨが、再び下から上へと斬り上げる斬撃を放つ。すると数本の触手があっという間に切断され、発火する。しかし女は、彼に見向きもせず、構わず船員達を優先して攻撃し、その数を減らしていく。
「アナタじゃ私は倒せないわ。だって・・・」
そう言うと突然、女は本体をツクヨの前に晒し、わざと彼の剣技が打ち込み易い場所で振り返り立ち止まる。触手が依然、船員達を攻撃して回る最中、急停止し振り返る女を前に、思わずツクヨは剣を握る手を止めてしまう。
「何をしているッ!?今がチャンスだぞッ!」
ロープの男が様子のおかしいツクヨに、発破をかけるように大きな声で呼びかける。しかし彼は、何を躊躇う必要があるのか、鞘に納めたその剣を引き抜けず、何かと葛藤しているような表情を見せる。
「出来ないわよね。そんな物で斬ったら、私からいっぱい血が出るわ・・・。そうしたら思い出してしまうものねぇ?」
女の言葉にツクヨの眉がピクリと動く。何故この女がそれを知っているのだと。知る筈もない、彼の現実世界での記憶。それは此方の世界の住人には、到底理解出来る現象ではない上に、シンやミア、それに一部の人間しか知り得ない彼のトラウマ。
衝撃の言葉に身体が動かなくなるツクヨ。そんな彼を嘲笑い、女は触手で彼を大きく後方へと吹き飛ばした。
何か事情があるのかと、ロープの男はツクヨに頼るのを諦め、自ら触手の女を討ち取ると駆け出すが、女を守るように触手がその道を塞ぐ。鞭のように動き回り、読めぬ攻撃を前に、深傷は負えぬと一旦身を引き、機会を伺う。
「どうしてしまったんだ!?ツクヨさんッ・・・!アンタが頼りだというのに・・・」
何故ツクヨがおかしくなってしまったのか、訳もわからず困惑するロープの男に、ゆっくりと振り返った女が彼に代わってその理由を話し出す。
「彼・・・女性や子供が酷い目に合うのを、見ていられないのよ。つまり彼は、私のような女や子供の出血に、強い恐怖心・・・トラウマを持っている。ブラッドフォビア・・・女子供という限定的な血液恐怖症なのよ」
「・・・ブラッドフォビア・・・?」
ツクヨはあの日の凄惨な事件以来、女性や子供が血を流すところを見たり想像してしまうと、正気を保てなくなったり、動けなくなってしまう恐怖症を患ってしまった。それは呼吸の仕方さえも分からなくなってしまう程に・・・。
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