World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
292 / 1,646

敗北から得た力

しおりを挟む
 女の衝撃的な姿と、船員達の追い詰められた光景にすっかり頭の中から抜けていたが、この部屋にはミアやツクヨにとって助けなければならない仲間の命があったことを。

 ツクヨの中で僅かに葛藤があった。女の触手攻撃を掻い潜り、味方のロープアクションによる妨害は相手の不意を突いた予期せぬ行動。既に見られてしまった以上、この女に同じ手は通用しないだろう。

 だが、ツクヨにとってもツバキの存在は突如飛び込んで来た予期せぬ情報だった。彼は天秤にかけたのだ。触手の女に対し、千載一遇のチャンスを取るか、ツバキの救出に行くか。

 彼の身体は考えるもなく動き出す。片足に掛かる重心に床が軋む音が聞こえる。身体は角度を変え、次の一歩を踏み出し倒れるツバキの元へと向かった。

 ロープで援護を行なっていた味方は、彼の突然の進路変更に頭が真っ白になる。何故女の懐ではなく、別の方向へ向かうのだと。

 「何をやっているんだ、ツクヨさんッ!もう後がないんだぞッ!?」

 彼の悲痛な叫びに心を痛めながらも、ツクヨはそのままツバキの元へと直進する。二人の連携に、触手の女も思わず身を守る体勢を取ろうとしたが、ツクヨの行動を見てやや驚いた様子を見せる。だがその直後、女は口角を上げ悍しい笑みを浮かべる。

 ツバキまでの距離はもう少しある。しかし、まるで分かっていたかのように、忍んでいた触手がツバキの足を絡めとり、宙へと持って行ってしまう。

 「ッ・・・!」

 一瞬の衝撃の後、ツクヨは何としても彼を助けようと、グリップを握る手に力が入る。鞘を握る手が親指で僅かに剣身を持ち上げ、斬撃を繰り出す予備動作を取ると、目にも留まらぬ抜刀で鞘から火花が散る。

 「ヴォレッ・・・リーゼッ!」

 低い体勢から抜刀し、剣を下から上へと斬り上げる。しかし、ツクヨの斬撃は僅かに触手から外れ、空振りに終わってしまう。大声で勢いのある一撃を振るった割には、それに見合う結果を残せなかったツクヨ。

 女は彼の声とその太刀筋に面食らったが、不発に終わったことを嘲笑うかのように吹き出し、高笑いする。

 「ふッ・・・ハハハハハッ!とんだ肩透かしだったわね。アンタだけ妙に違うと思えば、ただの素人じゃない。警戒してたのは間違いかしらね・・・」

 ロープアクションで彼をサポートした船員も、思わぬ展開に唖然とする。無理もない、ツクヨは彼の提案を受け入れたにも関わらず、それを無視した行動に出た挙句にツバキを助けること自体も失敗してしまったのだ。

 だが、今彼を責めている時間はない。隙の出来たツクヨを狙って、触手の女が反撃に出ようとしていた。このままでは彼を失うと、船員の男は彼が助けようとしていたツバキを諦め、せめて彼だけでも回収しようと彼の身体目掛けてロープを伸ばそうとした。

 斬撃が空振りに終わり、隙だらけになったツクヨ目掛けて複数の触手が向かっていく。依然ツクヨは避ける気配もなく、ただ剣を鞘へ戻そうとするだけだった。不規則に動き、次の動作が予想しづらい触手から逃れるのは、直線的な攻撃を避けるのよりも遥かに難しい。

 加えて彼は、その触手の攻撃範囲内のど真ん中におり、既に取り囲まれている。船員の男のロープが間に合ったところで、彼の身体の引っ張り合いになりかねない。そうなれば最悪、彼の身体は四散してしまうだろう。

 迷っている時間もなく、伸ばしてしまったロープを伸ばし続ける船員の男からは焦りの表情が伺える。僅かに動き出すのが早かった触手が、彼の身体に届こうかというその時、突如ツクヨがそのまま正面に向かって走り出し、直進して行ったのだ。

 助け舟であるロープから遠ざかって行く彼に、思わず声を漏らす船員の男。しかし、おかしな事はツクヨの行動だけにあらず、男のロープにも起こり、ツクヨを回収する為に伸ばしたロープは、彼の元いた場所に近づくと何かによって切断されてしまっていたのだ。

 「ッ・・・!?ロープが・・・」

 直後、ツクヨに迫っていた複数の触手が、下から突き上げられるように跳ね上がり、無数の斬撃によって次々に切断されていったのだ。これはツクヨが聖都ユスティーチで死闘を繰り広げた、聖騎士シュトラールの扱う時間差の斬撃からヒントを得た新たなスキル。

 ツクヨの攻撃は外れたのではなく、触手の女を欺く為に放った一撃だったのだ。
彼の放った斬撃は周囲に滞在し、来たる時を待っていた。そして彼の動きに合わせ、止まっていた時が進むように動き出し、彼に向けられた触手を斬り刻む。

 彼にトドメを刺そうと、複数の触手を伸ばしたことが仇となり、触手の女の攻撃が手薄になる。罠に誘い込まれていたのは、触手の女の方だった。手の空いた他の船員達が、これ見よがしに次々に触手の女の元へと飛び込んで行く。

 身を守る為に触手を引っ込める女だったが、ツバキを捕らえていた触手が彼女の元へ戻ろうとした時、ツクヨの斬撃に引っかかり切断され、人質のツバキを手放す。そこまで読んでいたかは定かではないが、ツクヨは切断された触手と共に落ちてくるツバキを、滑り込みでキャッチし、見事救出して見せたのだ。

 だがそこで、ロープの船員があることを思い出し、周囲の者達に警告を促す。

 「まだだッ!切断された触手には近づくな!毒を持った別の個体に変わるぞ!」

 船員達が一斉に切断された触手の方を見る。僅かに舌打ちをする触手の女。彼女の触手は切断したところで、ワーム状の別の生き物として動き出し、それに噛まれると錯乱を引き起こし、死に至る毒が身体中を巡るという厄介なものになる。

 しかし切断された触手は次々に発火し、苦しむような奇声を上げのたうち回りながら、静かに動かなくなっていった。炎はツクヨの斬撃が触れた部位から発生している。その正体とは、彼が斬撃を放った時に生じていた火花だった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

神速の冒険者〜ステータス素早さ全振りで無双する〜

FREE
ファンタジー
Glavo kaj Magio 通称、【GKM】 これは日本が初めて開発したフルダイブ型のVRMMORPGだ。 世界最大規模の世界、正確な動作、どれを取ってもトップレベルのゲームである。 その中でも圧倒的人気な理由がステータスを自分で決めれるところだ。 この物語の主人公[速水 光]は陸上部のエースだったが車との交通事故により引退を余儀なくされる。 その時このゲームと出会い、ステータスがモノを言うこの世界で【素早さ】に全てのポイントを使うことを決心する…

だらだら生きるテイマーのお話

めぇ
ファンタジー
自堕落・・・もとい楽して生きたい一人のテイマーのお話。目指すのはスローライフ!

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

微妙なバフなどもういらないと追放された補助魔法使い、バフ3000倍で敵の肉体を内部から破壊して無双する

こげ丸
ファンタジー
「微妙なバフなどもういらないんだよ!」 そう言われて冒険者パーティーを追放されたフォーレスト。 だが、仲間だと思っていたパーティーメンバーからの仕打ちは、それだけに留まらなかった。 「もうちょっと抵抗頑張んないと……妹を酷い目にあわせちゃうわよ?」 窮地に追い込まれたフォーレスト。 だが、バフの新たな可能性に気付いたその時、復讐はなされた。 こいつら……壊しちゃえば良いだけじゃないか。 これは、絶望の淵からバフの新たな可能性を見いだし、高みを目指すに至った補助魔法使いフォーレストが最強に至るまでの物語。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

処理中です...