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神代 コウ

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襲撃者

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 震える膝に力が入らない。何かに恐怖するというよりも、あの時の感覚が蘇るかのように再現され、身体がその場から遠ざかろうと後退りする。しかし、足が縺れて倒れてしまうツクヨ。尻餅をつき、後ろに手を突きながら尚下がろうとする。その手には床にベットリとついた赤い液体のせいで、上手く後退することが出来ずにいた。

 「蜜月・・・十六夜・・・・!」

 過去の光景を見ていたツクヨだったが、船の揺れで滑り落ちたのか調理場の方で皿が割れる音がし、その音のお陰で過去に囚われていた彼の目は覚める。

 我に帰った彼の脳裏に最初に思い浮かんだこと。それは治療室にいるツバキや船員達が無事かどうかだった。何かは分からないが、異常な出来事がツクヨ達の乗る船に起きている。過去の光景を繰り返すまいと、彼の身体が同じ結末を拒んでいるかのように立ち上がり、入って来た扉を乱暴に押し開いて通路に飛び出した。

 食堂の惨状が嘘のように、通路は彼が食堂に入る前と変わっていない。先程までの光景が夢か現実なのか分からなくなり、照明のつく通路の明るさがツクヨの心を僅かに安心させる。

 だが、これが夢であろうと現実であろうと、確かめなければならないことがある彼は一心不乱に走り出し、来た道を辿った時の半分もしない勢いで戻っていく。

 心配と恐怖と疲れで、ツクヨの呼吸はだんだんと荒くなり、ひんやりとした汗が喉を通り身体を伝って行くのがわかる。酸欠になりそうな呼吸のまま、治療室の表札が見える通路まで戻って来ると、異常事態が起こっているにも関わらず静かであることが、更に彼の心を惑わせる。

 食堂の船員達を襲った何かは、こちらには来ていないのか。それならば何処へ向かったというのだろうか。甲板か、それとも既に治療室の方の襲撃を終えているのか。だが、それにしては通路も荒れていない。何か別のルートを通って襲撃しているのか。考え出したらキリが無い。

 治療室の表札の文字がハッキリ見える距離にまで近づいて来た。その時、扉を突き破り何かが通路へと飛び出して来たのだ。

 「ッ・・・!」

 それは反対側の壁にぶつかりその勢いを殺すと、床に倒れ込むようにして転がった。ツクヨは直ぐにそれが何なのかに気が付くと、急いで駆け寄り声をかける。小さく呻き声を上げていることから、まだ意識があるのが伺える。

 「だッ・・・・大丈夫ですかッ!?」

 そう、声をかけるとその船員は苦しそうな掠れた声を絞り出し、ツクヨに必要最低限のことを伝えようと、力を振り絞り治療室の中を指差して言った。

 「は・・・早く!中で・・・まだ・・・戦って・・・」

 苦しそうに悶える彼の指差す方向に視線を送る。扉は彼が吹き飛んで来た勢いで粉々に散らばり、周囲の壁も大きく損壊して所々に亀裂が入っている。そしてその穴から覗かせるのは、身体は人でありながら、背中や腰のあたりから触手のようなものが生えている美しい女性と、その触手に絡めとられて苦しむ船員が宙に浮かされている。

 「何だ・・・?あれは一体誰だ?何と戦っている・・・!」

 ふと、その謎の女性の方を見ると、彼女のいる直ぐ側にツバキの眠るベッドがあるのが見えた。そして女性とは逆の方向に、この船の戦闘要員であろう数名の船員が、治療班の者達を後ろに庇いながら刃を向けている光景があった。

 ツクヨは直ぐに、どちらが敵でどちらが味方につくべき者なのか、判断がついた。震える手で剣を持ち、間合いを保つようにしてその場を動かない。いや、恐らく動けないのだ。戦闘を主としない治療班をおいておくわけにもいかず、どんなに恐怖に押しつぶされそうになろうとも、決して仲間を見捨てずに止まっていたのだ。

 手に抱えた船員を、そっと通路に寝かせ無意識の内に飛び込むようにして治療室に駆け出して、複数人いる陣営に加担するようにして、最前線に並んだ。

 「あら?思いの外、早かったのね。でも感心したわ、逃げずに戻って来るなんて・・・」

 「あッ・・・!あなたはッ!どうして!?」

 その女性の顔を見てみると、先程までこの治療室でツクヨが話していた、治療班の一人だと思っていた女性だったのだ。彼女の身体から覗かせる触手は、大の大人を軽々と締め上げ、とてもその容姿からは想像もできないほどの力を持っている。

 「違うッ!俺らの隊にこんな奴はいねぇ!一体どうやって入って来やがったんだ・・・」

 船で暮らし、隅々までその構造を知り尽くしている彼らでさえ、目の前の襲撃者の侵入に気付かず、騒ぎになることもなく崩壊を招いてしまった。一体どうやって誰にも気付かれずに、あんな凄惨なことが出来たのか。

 それが、今目の前にいる襲撃者を迎撃する糸口になるのだろう。
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