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神代 コウ

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濃霧を往来する悪鬼

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 橙色に揺らめく鮮やかな光が、濃霧の中に彩りを灯すように飛んで行き、着弾地点でにポツポツと灯籠に火を焚べる。集った火はやがて大きな炎と変わり、木造の永年使い古され朽ちたロロネーの海賊船を一気に覆い尽くしていく。

 火の手は止むこと無く、次から次へと放たれ増援でやって来た無数の船に襲い掛かる。停滞する濃霧が風を遮ろうとお構い無しに燃え広がり、被害はあっという間に広がっていった。

 「人だけでなく、“物”もか・・・。しかしそんな小細工は妾には通用せぬぞ」

 砲弾や銃弾を通さぬロロネーの海賊船のカラクリに、一早く気が付いたチン・シーは、直ぐにその対策を打っていたのだ。近付かせる事もなく戦況を掌握し始める彼女の軍は、突然現れた無数の援軍に士気を乱されたが、それを払拭する彼女の指示に再び体制を整えることが出来た。

 このまま放っておいても、前線で炎上する自軍の船が障壁となり、迂回を強いられるロロネーの海賊船は進軍の勢いを落とし、航路もチン・シーによって制御される。それでも火矢を止む事なく降らせ、徹底した攻勢を見せる。

 燃え上がる海賊船の中を、その自前の運動神経と人間離れした跳躍で飛び回り、ロロネー本人を探すハオラン。船の中では広がる火の手にその身を焼かれ、呻き声を上げながら悶え苦しむ海賊達の姿があった。

 その姿は、仲間の救援に赴いた小舟でハオランを襲った海賊姿の者に似た姿をしていたことから、彼らもまたあの者と同じ“性質”を持ち合わせていると考えられる。その者達は、ごく一般的な人間達と同じような所作を見せてはいたものの、その声や苦しみ方には何か違和感を感じるところがあった。

 「流石だねぇ~・・・。こんなに早く気付かれちまうとは、やはり俺の見込んだ女だぜ。だがよぉ、この程度で止まるほど俺の情熱は生温くねぇんだぜぇ~?」

 圧倒的に不利な戦況の中、不気味に笑うロロネーは、止まらぬチン・シーの火攻めに次なる一手を差し向ける。それは雷や爆発のように、目に見えて一瞬のうちに戦況を変えるものではなかったが、皮肉にも彼女の放つ炎のようにその被害を広げていくことになる。

 引き続きロロネーの海賊船を巡るハオランは、そこで奇怪なものを目にしていた。喉を潰されたかのような呻き声を上げて苦しむロロネーの海賊達が、その身を焼かれながらもゆっくり落ち着きを取り戻し、霧となってその姿を何処かへと消したのだ。

 「・・・?何だ、何処へ消えた・・・?」

 奇行を見せた海賊に、思わず足を止めるハオラン。すると、先程の海賊の奇行をまるでデジャヴのように繰り返し、他の海賊達も姿を消していったのだ。次々に姿を消し、人の気配を失うロロネーの海賊船には、チン・シーの放った炎でその船体を燃やし尽くす音のみが残った。

 異変を感じ、直ぐにチン・シーへ報告を入れようと無線機で連絡を試みるが、距離が離れてしまったせいか、或いはこの濃霧のせいか通信は届くことはなかった。

 ここでハオランは、選択を迫られる事になる。主人の命に従い、引き続きロロネーの捜索を行うか、この奇妙な出来事を主人に知らせるため引き返すか。彼女に絶対的な信頼を寄せ、その身を捧げている彼ならば、何よりも優先すべきは彼女による命令だろう。

 しかし、この時ハオランは絶対的な命令を躊躇わせてしまうほどに、この海賊達の奇行に嫌な予感を感じていた。これは何か良からぬことを招くのかも知れない。そう思うと、次へ向かおうとする彼の足は動くことを拒んだ。

 「・・・主人よ・・・」

 僅かに迷った彼の脳裏に、彼女に拾われた時の光景が浮かんだ。チン・シーについて行くことになってから、彼女の語ることは現実のものとなり、その判断はいつも正しかった。

 そして彼女は、どんなに組織の末端の兵であっても、その命を尊み見捨てることはなかったのだ。彼女が兵達をどのように思っているのかを語ったことはないが、その行動や言動からは、とても冷徹な人とは思えなかった。

 何故この時、そんなことを思い出したのかは分からなかったが、それがきっかけとなりハオランの足は前に進むことが出来た。彼は彼女や仲間達を信じ、その命を全うすることを選び、再び炎上するロロネーの海賊船を飛び回り始めた。

 その頃、依然砲撃や射撃を行い続けるチン・シーの船員達に動きがあった。一人の船員が次の火矢を構え、射撃態勢を取り矢を放つ。再び次の矢を準備しようとしたところ、直ぐ側で彼と同じように火矢を放っていた別の船員がいなくなっていたのだ。

 「・・・?」

 彼は音もなくいなくなった船員に少し困惑したが、然程気に止めることなく、自身の作業を再開し始めた。作業自体は単調だったため、そのままもう片側にいる船員に、いなくなった船員のことを尋ねてみることにした。

 「なぁ、俺の横にいた奴ってどっか行ったのか?」

 しかし、彼の問いに隣の船員からの返答はなかった。作業を行いながら話しかけた彼は、返事が返ってこないことに疑問を感じ、ふと声を投げかけた方へ視線を送ってみることにした。

 するとそこには、反対側と同じように誰も立っていなかったのだ。流石におかしいと思った船員は辺りを見渡してみる。そこには先程まで大勢いた味方の姿がなくなっていたのだ。

 何がどうなっているのか彼の理解が追いつかず、一瞬頭の中が真っ白になった時、後ろから誰かに口を塞がれ、自身の胸から何かが突き抜けて来るのが視界に映る。見開いた目で視線を落とし確認すると、それは自分の血で真っ赤に染まった剣だった。

 そこでゆっくり意識を失った船員が床に倒れると、彼の背後にいたのはハオランを襲った海賊姿の何者かが、深く被った帽子から覗かせる瞳を不気味に光らせ、湯気のような吐息を吐きながらそこに立っていた。
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