World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
269 / 1,646

見えざる魔の手、放て灯火の矢

しおりを挟む
 何もない濃霧の中、彼に気付かれることもなく近付いたソレは、音を立てずに剣を構え、ハオランの白くか細い首を切り落とさんとする勢いで振るう。気配ではなく、風の動く流れで背後の存在に気が付いたハオランが、素早く身を屈めて暗殺の魔の手から逃れると、そのまま回転し回し蹴りをお見舞いする。

 しかし、彼の放った蹴りはその者に当たる感触を得ることはなかった。正確には確かにそこにいた者に蹴りは命中していた筈なのだが、何か物に当たる感触や音が一切しなかったのだ。

 そして、蹴りを放った足を追うように少し遅れて彼の視界がその様子を捉えると、そこには上半身の千切れたアンデットのような姿をした海賊がいた。ハオランの回し蹴りで、その海賊の上半身と下半身は分断され、その断面は霧で覆われ不確かにボヤけていた。

 「ッ・・・!?」

 人間であれば到底動けるはずのない状態。それどころか生きていることすら出来ないはずだろう。しかし、彼の眼前にいる海賊姿の何者かは再び振るった刃を返し、再びハオランヘ斬りかかろうとする。

 空かさず彼は裏拳で、その者が握る剣を弾き飛ばそうと試みるが、手を擦り抜け剣を擦り抜け、刃を振るう勢いを止めることが出来なかった。最早その刃自体本物であるかも疑わしいが、迫る攻撃を躱すため上半身を仰け反らせるハオラン。

 刀身に映る自身の瞳と目が合う。仰け反らせた勢いのまま後方へバク転し、その者の顎を蹴り上げるようにして足を上げるが、それもまた命中した感触はなく、船の上に戻って来た。

 何者か分からぬソレと距離を空けたことで、その者の全体像が見えてきた。ハオランの蹴りで分断された胴体は再び一つとなっており、今度は彼によって弾かれそうになった手が靄に覆われ不確かなものとなっていた。

 「貴様・・・人間ではないな?」

 彼の問いに海賊姿のその者は、苦しみに悶えるかのような掠れた雄叫びをあげる。ならばとハオランは、前に突き出した拳に意識を集中させる。すると、彼の拳に光が宿り、それをゆっくり自らの脇の方へと引き戻し、正拳突きのような姿勢を取る。

 「物理攻撃が当たらないのだな・・・。なら考えがある」

 拳をぐっと握りしめ、腰を落として足を固定する。腰を捻りながら打ち出された光を宿した拳は、凄まじい勢いで空気を突き抜けるような衝撃波を放ち、海賊姿のその者の身体を突き抜ける。

 それまでの彼の攻撃とは打って変わり、突き抜けた身体から発生する靄ごと衝撃波と共に、後方へ吹き飛ばされていく。風に撒かれる煙のように、海賊の者の身体は舟から消え去り、ほんのひと時の間だけ彼によって引き起こされた衝撃波で濃霧に風穴が空いた。

 「我が主人よ!戦場に物理攻撃の効かぬ、人間以外のものが紛れております」

 「そうであったか・・・。して、その者はどうした?」

 「私が打ち祓いました。しかし一体とは限りまッ・・・?」

 辺りを警戒していたハオランが、濃霧の向こうに何かを見つける。それは初め一つの影として彼の前に現れたが、その奥に一つまた一つと数を増やしていき、徐々にその正体を現す。

 彼の前に姿を現したのは、無数の海賊船だった。それは彼らが撃沈した筈のボロボロの海賊船、ロロネーの海賊船が先程までの数とは比べ物にならない量で押し寄せて来たのだ

 「この数は・・・。増援です、先程の数の比ではありません。恐らくロロネーのものと見て間違いありません」

 「奴の用意したものとは“数”のことなのか・・・?フン・・・まぁ良い。お前はそのまま奴の増援とやらに向かい蹂躙してくるがよい!あわよくば、奴のいる船を探しだせ。我らはシュユーの能力を使い、援護射撃を行う」

 「了解しました」

 ハオランは通信が切れるのを確認すると、膝を曲げて足に力を溜める。そして凄まじい跳躍をすると、濃霧の奥からやって来るロロネーの増援の中へと単騎で向かっていった。

 「お待たせしました、我が主人。既に準備は整っております」

 チン・シーの乗る船へ転移したシュユーが、彼女へ準備が整ったことの報告を入れる。彼を囲む妖術の術者達は、先程の転移とは違う祈祷を始めていた。

 「ふむ、良きタイミングだシュユーよ。“リンク‘が整うまでの間、銃火砲にて増援を迎え撃て!」

 彼女の号令で、一斉に撃ち出される大砲と銃器による弾丸の嵐。その数と轟音は、周囲一帯の海面を揺るがすほど鳴り響き、波を立て向かって来るロロネーの増援目掛けて降り注ぐ。

 その様子を、シュユーから渡された双眼鏡で伺うミア。砲弾の一発が、先頭を走るロロネーの海賊船に見事命中する軌道を描く。そして弾が船に命中し、爆発を引き起こすかと思われたその時、ハオランが遭遇した謎の者と同じように、その大きな砲弾はロロネーの海賊船を擦り抜け、海面へと着弾したのだ。

 「ッ・・・!?何だ?一体どうなっている!?弾は完全に当たっていた筈だ。・・・それが、擦り抜けただと?幻術か妖術でも見せられているのか・・・?」

 ミアが動揺したのと同じように、砲撃や射撃を行った船員達の間にも不穏な空気が立ち込め、動揺が蔓延し始める。そんな展開を予知していたかの如く、彼らの不安を一喝する様に、チン・シーから放送が入る。

 「慌てるなッ!我が同胞達よッ!効かずとも良い、その手を止めるな!“リンク”は完了した。奴らに目にモノを見せてくれるわッ!」

 彼女に鼓舞され、引き続き砲撃を再開する船員達の元へ、シュユーとリンクし、力の一部を共有した船員達が合流する。

 彼らはその手に弓矢を持ち、先端に魔力を宿した炎の矢を構える。バチバチと火花を散らしながら燃え盛る魔法の炎は、弓を構える彼らの顔の横でその猛々しい表情を照らし出す。

 そして彼女の号令で一斉に炎の矢が放たれる。

 「放てぇッ!!」

 放物線を描き、綺麗な軌道で飛んで行く炎の矢は砲弾と同じくロロネーの海賊船に命中する。しかし今回は先程までと違い擦り抜ける事はなく、見事船に刺さりその炎で海賊船に火を焚べる。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

処理中です...