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濃霧と共に
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ミアの乗り込んだ船に居合わせたシュユーは、直ぐに彼女に向けた刃先を下させる。どうしてミアがこんな場所に居るのかと尋ねるシュユーに、彼女は事の顛末を話した。
レース序盤の島でハオランと再会したこと。彼の目的やグレイスがロッシュ海賊団と戦闘を繰り広げていたこと。そして、ハオランの元に入って来た連絡のこと。チン・シーがロロネーの襲撃を受けていると知って、血相を変えたハオランを此処まで連れて来たこと。
到着してから、直ぐに戦えるように燃料節約の為ミア達の船に乗せて来た。だが、彼女らが抱える問題と本当の狙いについては、今はまだシュユーに話さなかった。もしここで話してしまえば、協力を断られるかも知れない。
確かに強豪と名高いチン・シーの軍が、ロロネー相手に手助けなど必要ないのかも知れないからだ。何とか恩を得ることさえ出来れば、こちらの要求も断りづらくなるだろうという魂胆だ。
「そうですか、ハオランが来てくれましたか・・・。これは吉報です、直ぐにあのお方へ報告を」
「その必要はないかも知れんがな・・・。アイツ、真っ先に“あの方”ってのが乗る船に向かった筈だ。今頃・・・」
ミアがハオランの向かった先を口にしている頃、丁度船内の放送機から女性の声で連絡が入って来た。如何にも身分の高そうな高貴な声が船中に響き渡り、それを耳にする船員達の背筋も緊張を張り詰めるかの如く真っ直ぐに伸びる。
「聞け、皆の者。ハオランが戦線へ戻った。これより“リンク”を開始する。我こそはと思うものは準備を整えよ。一気加勢に攻め立てる時ぞ!」
どうやらハオランは無事、主人の元へ辿り着けたらしい。彼女の言う“リンク”というものが何なのか、今のミアには分からなかったが戦況を押し返す何らかの作戦の指示が、チン・シーの船団に広く行き渡った。
放送が切れると同時に、ミアに刃を向けていた殆どの者達が一斉に納刀し、部屋を後にする。残された数人とシュユーがその場に残り、ミアはツクヨが船に入れるよう手を回してもらう事にした。
彼女の根回しで船員達に客人として迎え入れられ、ツクヨとツバキを乗せた船は、船底部へ収納され、一時的に匿われる事となる。ツバキを船の中に置いて行く訳にもいかず、ツクヨが彼を抱えて降りてくると、丁度ツクヨを迎えに来ていたミアとシュユーがその場に現れた。
「怪我人ですか?」
「はい、レースの洗礼を掻い潜る途中で砲弾を受けてしまい、その時に・・・」
するとシュユーは、近くにいた船員を呼ぶと何かを指示を出した。船員が何処かへ向かうと彼は近場のテーブルへ案内する。物が散乱するテーブルの上を、シュユーは腕で埃でも攘うかのように薙ぎ攘うと、そこへツバキを寝かせるようツクヨに伝えた。
このまま抱えていても良くなる訳でもなく、また体勢を丸めていては怪我が悪化しないとも限らない。当初の予定とは異なってしまったが、ツバキを安静なところに寝かせておくことが出来るのはありがたかった。
テーブルへ仰向けに寝かせたツバキの容態を伺うシュユー。傷の箇所や状態、呼吸などを確認すると、シュユーはミア達に医療を行える者を呼んでいるから少し待つよう伝える。
「少々お待ちを・・・。今処置を施せる者を向かわせていますので」
「申し訳ない・・・。匿ってもらうだけでなく、彼まで診てもらって・・・」
ツクヨがそう言うと、シュユーは期待を叶えられないかのように申し訳ない表情をする。
「あまり期待はしないで下さい。出来るのは応急処置くらいかと思います。何ぶん戦闘中故、我々の治療だけでも既に手一杯になってしまっているので・・・」
「いえ、それでも十分です。私達では満足な処置も出来ないので」
シュユーの言い分は最もだ。ただツクヨが言うように、それだけでも十分彼らはミア達に配慮してくれている。自分達の軍が攻められており、回復が手一杯の中他人を治療している暇など普通はないだろう。
これもグラン・ヴァーグでの作戦が効いたということだろう。直接の面識はないものの、ハオランやシュユーを通じて共に策を成功させたのだ。少なくとも悪い印象はない筈。
しかし、この大船団を持ってしても治療が手一杯になる程、フランソワ・ロロネーという海賊団が強かったということなのだろうか。
「そんなに強いのか・・・?その、ロロネーという奴は」
「それが、如何にもおかしいのです。ロロネーの船団が現れる前に、我々の船の周りに濃い霧がかかり始めました。様子を伺っていると、見ての通りボロボロ船体をした船に囲まれ、総攻撃を受けました」
そういえばとミアが思い出したのは、グラン・ヴァーグの街でハオランとロロネーがもめていた時も彼の去り際に、霧のようなものが発生して姿を消していた。今回、チン・シーの船団が遭遇した濃霧も、恐らくロロネーが関係しているに違いない。
「数の上では、我々が圧倒していました。ですが・・・いくら船を撃沈しても霧の奥から次々と別の船がやって来るのです。個々の船は大したことはないのですが、消耗戦に持ち込まれ・・・」
霧の中から現れる無数の敵船。ロロネーはロッシュだけでなく、別の海賊達とも協定を結んでいたとでもいうのだろうか。
レース序盤の島でハオランと再会したこと。彼の目的やグレイスがロッシュ海賊団と戦闘を繰り広げていたこと。そして、ハオランの元に入って来た連絡のこと。チン・シーがロロネーの襲撃を受けていると知って、血相を変えたハオランを此処まで連れて来たこと。
到着してから、直ぐに戦えるように燃料節約の為ミア達の船に乗せて来た。だが、彼女らが抱える問題と本当の狙いについては、今はまだシュユーに話さなかった。もしここで話してしまえば、協力を断られるかも知れない。
確かに強豪と名高いチン・シーの軍が、ロロネー相手に手助けなど必要ないのかも知れないからだ。何とか恩を得ることさえ出来れば、こちらの要求も断りづらくなるだろうという魂胆だ。
「そうですか、ハオランが来てくれましたか・・・。これは吉報です、直ぐにあのお方へ報告を」
「その必要はないかも知れんがな・・・。アイツ、真っ先に“あの方”ってのが乗る船に向かった筈だ。今頃・・・」
ミアがハオランの向かった先を口にしている頃、丁度船内の放送機から女性の声で連絡が入って来た。如何にも身分の高そうな高貴な声が船中に響き渡り、それを耳にする船員達の背筋も緊張を張り詰めるかの如く真っ直ぐに伸びる。
「聞け、皆の者。ハオランが戦線へ戻った。これより“リンク”を開始する。我こそはと思うものは準備を整えよ。一気加勢に攻め立てる時ぞ!」
どうやらハオランは無事、主人の元へ辿り着けたらしい。彼女の言う“リンク”というものが何なのか、今のミアには分からなかったが戦況を押し返す何らかの作戦の指示が、チン・シーの船団に広く行き渡った。
放送が切れると同時に、ミアに刃を向けていた殆どの者達が一斉に納刀し、部屋を後にする。残された数人とシュユーがその場に残り、ミアはツクヨが船に入れるよう手を回してもらう事にした。
彼女の根回しで船員達に客人として迎え入れられ、ツクヨとツバキを乗せた船は、船底部へ収納され、一時的に匿われる事となる。ツバキを船の中に置いて行く訳にもいかず、ツクヨが彼を抱えて降りてくると、丁度ツクヨを迎えに来ていたミアとシュユーがその場に現れた。
「怪我人ですか?」
「はい、レースの洗礼を掻い潜る途中で砲弾を受けてしまい、その時に・・・」
するとシュユーは、近くにいた船員を呼ぶと何かを指示を出した。船員が何処かへ向かうと彼は近場のテーブルへ案内する。物が散乱するテーブルの上を、シュユーは腕で埃でも攘うかのように薙ぎ攘うと、そこへツバキを寝かせるようツクヨに伝えた。
このまま抱えていても良くなる訳でもなく、また体勢を丸めていては怪我が悪化しないとも限らない。当初の予定とは異なってしまったが、ツバキを安静なところに寝かせておくことが出来るのはありがたかった。
テーブルへ仰向けに寝かせたツバキの容態を伺うシュユー。傷の箇所や状態、呼吸などを確認すると、シュユーはミア達に医療を行える者を呼んでいるから少し待つよう伝える。
「少々お待ちを・・・。今処置を施せる者を向かわせていますので」
「申し訳ない・・・。匿ってもらうだけでなく、彼まで診てもらって・・・」
ツクヨがそう言うと、シュユーは期待を叶えられないかのように申し訳ない表情をする。
「あまり期待はしないで下さい。出来るのは応急処置くらいかと思います。何ぶん戦闘中故、我々の治療だけでも既に手一杯になってしまっているので・・・」
「いえ、それでも十分です。私達では満足な処置も出来ないので」
シュユーの言い分は最もだ。ただツクヨが言うように、それだけでも十分彼らはミア達に配慮してくれている。自分達の軍が攻められており、回復が手一杯の中他人を治療している暇など普通はないだろう。
これもグラン・ヴァーグでの作戦が効いたということだろう。直接の面識はないものの、ハオランやシュユーを通じて共に策を成功させたのだ。少なくとも悪い印象はない筈。
しかし、この大船団を持ってしても治療が手一杯になる程、フランソワ・ロロネーという海賊団が強かったということなのだろうか。
「そんなに強いのか・・・?その、ロロネーという奴は」
「それが、如何にもおかしいのです。ロロネーの船団が現れる前に、我々の船の周りに濃い霧がかかり始めました。様子を伺っていると、見ての通りボロボロ船体をした船に囲まれ、総攻撃を受けました」
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「数の上では、我々が圧倒していました。ですが・・・いくら船を撃沈しても霧の奥から次々と別の船がやって来るのです。個々の船は大したことはないのですが、消耗戦に持ち込まれ・・・」
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