World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
251 / 1,646

芽生えた異常性

しおりを挟む
 驚きのあまり声を出すことすら出来ず、思わず息を飲み目を丸くして沈黙する彼は、後ろに手をつきながら後退りした。よく見るとそこに転がる腕は、日頃からよく目にしていたかのような形状、傷などがあり、それが誰のものだったのかと思い出すよりも早く、彼の前に見知らぬ人影が現れた。

 通路の奥からゆっくりと現れた男は、衝撃的なものを見て動けずにいる彼を見つけると、音を立てずに近づいて来る。この男から離れなくては。本能でそう悟った彼だったが身体がいうことを聞かず、ただ慌てふためくばかりだった。

 すると男は彼の元へ向かう途中何かを拾い、それを引き摺って持って来た。窓から射し込む月明かりに照らされ、男の持って来たモノが彼の目に映り込む。それは毎日彼が目にするモノで決して見間違う事のないモノ。

 片腕を切り落とされ、衰弱しきったロッシュの父親だった。

 小さく呻き声を上げながら引き摺られる父を見て、彼は自分を襲う感情が恐怖なのか悲しみなのか、はたまた別の何物なのか分からなかった。

 声も上げずにただその様子を見ている彼の前で、男は彼の父を床に押し付けて拘束する。そして懐から取り出したナイフを父の首に押し当てると、その様子を彼に見せつける。

 男は彼と目が合うと、万面の笑みを浮かべながら彼の父の首に刃を立てる。肉の繊維を裂きながらゆっくりとナイフを差し込み、徐々にその腕を喉の中央へと運ぶ。勢い良くドロッとしたものがナイフの通った道から溢れ出し、父の顔からは血の気が引いていくのが見て分かった。

 苦悶の表情を浮かべ、涙や涎で汚していた顔がスッと眠るように大人しくなり、全身の力が抜けきったのか、父を拘束する男の腕から筋肉の張りが消える。

 そんな光景を見せつけられても尚、ロッシュの身体は動かなかった。泣き叫び、この世の地獄を目の当たりにしているような、そんな反応を期待していた男は、声も出さず向かって来るわけでも、逃げるわけでもなく、ただそこに居るだけの反応しか見せないロッシュにガッカリしたのか、父の身体から離れると別の部屋へと歩いて行ってしまった。

 それほど間をおかずして男が再び彼の前に姿を表すと、今度はその手に気を失った女性を引っ張り出して来た。言うまでもなく、その女性はロッシュの母。身体に外傷は見られず、ただ気を失っているだけのように見受けられた。

 男はロッシュの前で母の頬を数回叩くと、その瞳がゆっくりと開き始め、恐ろしい光景をその目に刻んだ。ロッシュと違い、何処から出しているのか分からないほどの悲鳴を上げながら、必死に身体を動かして男に抵抗していた。

 それが嬉しかったのか、男の表情は明るくなり、思わず漏れ出した笑い声が彼の家中に響き渡っていた。

 髪を鷲掴みにし、数回頭を床に叩きつけると、意識が朦朧とし大人しくなるロッシュの母。父と同様、涙で顔を濡らし虚な目で辛うじて呼吸をしているだけの肉人形と化していた。

 再びロッシュの前で母の頭を彼の方に向け、父の首を裂いたナイフで母の喉の横に刃を突き付ける。チラチラと男はロッシュの反応を伺うが、彼は依然として男の望むような反応を示さない。

 もう彼の反応を楽しむのを諦めたのか、男は一人で母の身体をバラしていくことに集中し始める。何という光景だろう、恐怖か驚きか、動けぬ少年の前で、強盗が彼の母親をまるで肉でも解体するかのように捌いていく。

 惨劇が繰り広げられている最中とは思えぬほど静かで、にちゃにちゃと肉を切る音と、たまに勢い余って床にナイフが当たる音だけが響き渡る。外からは季節を思わせる虫の声と、風に揺らめく草木の擦れるような音が聞こえる。風流というにはあまりに残酷、あまりに凄惨な光景。彼にはそこからの記憶がなくなっていた。

 無理もない。それだけ彼の中で衝撃的でトラウマになり得る経験をしたのだから。

 ロッシュはその後、叔父の家に預けられるも暫くは真面に口を利くことすら出来なかったという。何をするにも常に放心状態で、生きているのがやっとと言った様子でいた。

 彼の家を襲撃した犯人は捕まっておらず、その後も数件の強盗殺人事件が起こると、それっきり物騒な事件や噂はパッタリとなくなった。

 暫くして意識を取り戻したロッシュは、周りが心配するほど衰弱していなかったのだという。言葉も発せられるようになり、叔父や叔母の仕事を手伝いながら何事もなかったかのように日々を過ごしていく。彼の身の回りにいた人達は、彼の回復力に驚かされる一方、家族を目の前で殺されたというのにケロっとしているロッシュが不気味に思えて仕方がなかった。

 それから数年が経ち、ある程度成長したロッシュは信じられないことを企て始めたのだ。

 それは嘗て、彼から家族と平穏を奪った強盗と同じようなことを、恩人である叔父夫妻に仕掛けた。流石にナイフで捌いたりはしなかったが、夫妻の食事や食器に毒を少しづつ盛って、突発性の病気を装って殺してしまったのだ。

 夫妻が亡くなられたことで、二人の財産や敷地は全てロッシュに譲渡される運びとなった。勿論、そう仕向けたのも彼自身。彼はこうなることを見越して犯行に及んでいた。

 ロッシュは目の前で家族を殺された時、これが“生き物”の世界なのだと考えていた。人以外の動物や魔物も同じく、弱肉強食の食物連鎖によって世界は成り立っている。彼の両親は強盗よりも弱かった。だから全てを奪われ蹂躙され、まだ少年であった彼に凄惨な現場を見せつけるといった行動まで許してしまった。

 彼は世界の形を知り、奪われる弱者から奪う強者になろうと心に誓った。そしてあろうことか、最初に権利や敷地、資産を奪ったのが恩人の親族であったのだ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

神速の冒険者〜ステータス素早さ全振りで無双する〜

FREE
ファンタジー
Glavo kaj Magio 通称、【GKM】 これは日本が初めて開発したフルダイブ型のVRMMORPGだ。 世界最大規模の世界、正確な動作、どれを取ってもトップレベルのゲームである。 その中でも圧倒的人気な理由がステータスを自分で決めれるところだ。 この物語の主人公[速水 光]は陸上部のエースだったが車との交通事故により引退を余儀なくされる。 その時このゲームと出会い、ステータスがモノを言うこの世界で【素早さ】に全てのポイントを使うことを決心する…

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

処理中です...