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芽生えた異常性
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驚きのあまり声を出すことすら出来ず、思わず息を飲み目を丸くして沈黙する彼は、後ろに手をつきながら後退りした。よく見るとそこに転がる腕は、日頃からよく目にしていたかのような形状、傷などがあり、それが誰のものだったのかと思い出すよりも早く、彼の前に見知らぬ人影が現れた。
通路の奥からゆっくりと現れた男は、衝撃的なものを見て動けずにいる彼を見つけると、音を立てずに近づいて来る。この男から離れなくては。本能でそう悟った彼だったが身体がいうことを聞かず、ただ慌てふためくばかりだった。
すると男は彼の元へ向かう途中何かを拾い、それを引き摺って持って来た。窓から射し込む月明かりに照らされ、男の持って来たモノが彼の目に映り込む。それは毎日彼が目にするモノで決して見間違う事のないモノ。
片腕を切り落とされ、衰弱しきったロッシュの父親だった。
小さく呻き声を上げながら引き摺られる父を見て、彼は自分を襲う感情が恐怖なのか悲しみなのか、はたまた別の何物なのか分からなかった。
声も上げずにただその様子を見ている彼の前で、男は彼の父を床に押し付けて拘束する。そして懐から取り出したナイフを父の首に押し当てると、その様子を彼に見せつける。
男は彼と目が合うと、万面の笑みを浮かべながら彼の父の首に刃を立てる。肉の繊維を裂きながらゆっくりとナイフを差し込み、徐々にその腕を喉の中央へと運ぶ。勢い良くドロッとしたものがナイフの通った道から溢れ出し、父の顔からは血の気が引いていくのが見て分かった。
苦悶の表情を浮かべ、涙や涎で汚していた顔がスッと眠るように大人しくなり、全身の力が抜けきったのか、父を拘束する男の腕から筋肉の張りが消える。
そんな光景を見せつけられても尚、ロッシュの身体は動かなかった。泣き叫び、この世の地獄を目の当たりにしているような、そんな反応を期待していた男は、声も出さず向かって来るわけでも、逃げるわけでもなく、ただそこに居るだけの反応しか見せないロッシュにガッカリしたのか、父の身体から離れると別の部屋へと歩いて行ってしまった。
それほど間をおかずして男が再び彼の前に姿を表すと、今度はその手に気を失った女性を引っ張り出して来た。言うまでもなく、その女性はロッシュの母。身体に外傷は見られず、ただ気を失っているだけのように見受けられた。
男はロッシュの前で母の頬を数回叩くと、その瞳がゆっくりと開き始め、恐ろしい光景をその目に刻んだ。ロッシュと違い、何処から出しているのか分からないほどの悲鳴を上げながら、必死に身体を動かして男に抵抗していた。
それが嬉しかったのか、男の表情は明るくなり、思わず漏れ出した笑い声が彼の家中に響き渡っていた。
髪を鷲掴みにし、数回頭を床に叩きつけると、意識が朦朧とし大人しくなるロッシュの母。父と同様、涙で顔を濡らし虚な目で辛うじて呼吸をしているだけの肉人形と化していた。
再びロッシュの前で母の頭を彼の方に向け、父の首を裂いたナイフで母の喉の横に刃を突き付ける。チラチラと男はロッシュの反応を伺うが、彼は依然として男の望むような反応を示さない。
もう彼の反応を楽しむのを諦めたのか、男は一人で母の身体をバラしていくことに集中し始める。何という光景だろう、恐怖か驚きか、動けぬ少年の前で、強盗が彼の母親をまるで肉でも解体するかのように捌いていく。
惨劇が繰り広げられている最中とは思えぬほど静かで、にちゃにちゃと肉を切る音と、たまに勢い余って床にナイフが当たる音だけが響き渡る。外からは季節を思わせる虫の声と、風に揺らめく草木の擦れるような音が聞こえる。風流というにはあまりに残酷、あまりに凄惨な光景。彼にはそこからの記憶がなくなっていた。
無理もない。それだけ彼の中で衝撃的でトラウマになり得る経験をしたのだから。
ロッシュはその後、叔父の家に預けられるも暫くは真面に口を利くことすら出来なかったという。何をするにも常に放心状態で、生きているのがやっとと言った様子でいた。
彼の家を襲撃した犯人は捕まっておらず、その後も数件の強盗殺人事件が起こると、それっきり物騒な事件や噂はパッタリとなくなった。
暫くして意識を取り戻したロッシュは、周りが心配するほど衰弱していなかったのだという。言葉も発せられるようになり、叔父や叔母の仕事を手伝いながら何事もなかったかのように日々を過ごしていく。彼の身の回りにいた人達は、彼の回復力に驚かされる一方、家族を目の前で殺されたというのにケロっとしているロッシュが不気味に思えて仕方がなかった。
それから数年が経ち、ある程度成長したロッシュは信じられないことを企て始めたのだ。
それは嘗て、彼から家族と平穏を奪った強盗と同じようなことを、恩人である叔父夫妻に仕掛けた。流石にナイフで捌いたりはしなかったが、夫妻の食事や食器に毒を少しづつ盛って、突発性の病気を装って殺してしまったのだ。
夫妻が亡くなられたことで、二人の財産や敷地は全てロッシュに譲渡される運びとなった。勿論、そう仕向けたのも彼自身。彼はこうなることを見越して犯行に及んでいた。
ロッシュは目の前で家族を殺された時、これが“生き物”の世界なのだと考えていた。人以外の動物や魔物も同じく、弱肉強食の食物連鎖によって世界は成り立っている。彼の両親は強盗よりも弱かった。だから全てを奪われ蹂躙され、まだ少年であった彼に凄惨な現場を見せつけるといった行動まで許してしまった。
彼は世界の形を知り、奪われる弱者から奪う強者になろうと心に誓った。そしてあろうことか、最初に権利や敷地、資産を奪ったのが恩人の親族であったのだ。
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すると男は彼の元へ向かう途中何かを拾い、それを引き摺って持って来た。窓から射し込む月明かりに照らされ、男の持って来たモノが彼の目に映り込む。それは毎日彼が目にするモノで決して見間違う事のないモノ。
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声も上げずにただその様子を見ている彼の前で、男は彼の父を床に押し付けて拘束する。そして懐から取り出したナイフを父の首に押し当てると、その様子を彼に見せつける。
男は彼と目が合うと、万面の笑みを浮かべながら彼の父の首に刃を立てる。肉の繊維を裂きながらゆっくりとナイフを差し込み、徐々にその腕を喉の中央へと運ぶ。勢い良くドロッとしたものがナイフの通った道から溢れ出し、父の顔からは血の気が引いていくのが見て分かった。
苦悶の表情を浮かべ、涙や涎で汚していた顔がスッと眠るように大人しくなり、全身の力が抜けきったのか、父を拘束する男の腕から筋肉の張りが消える。
そんな光景を見せつけられても尚、ロッシュの身体は動かなかった。泣き叫び、この世の地獄を目の当たりにしているような、そんな反応を期待していた男は、声も出さず向かって来るわけでも、逃げるわけでもなく、ただそこに居るだけの反応しか見せないロッシュにガッカリしたのか、父の身体から離れると別の部屋へと歩いて行ってしまった。
それほど間をおかずして男が再び彼の前に姿を表すと、今度はその手に気を失った女性を引っ張り出して来た。言うまでもなく、その女性はロッシュの母。身体に外傷は見られず、ただ気を失っているだけのように見受けられた。
男はロッシュの前で母の頬を数回叩くと、その瞳がゆっくりと開き始め、恐ろしい光景をその目に刻んだ。ロッシュと違い、何処から出しているのか分からないほどの悲鳴を上げながら、必死に身体を動かして男に抵抗していた。
それが嬉しかったのか、男の表情は明るくなり、思わず漏れ出した笑い声が彼の家中に響き渡っていた。
髪を鷲掴みにし、数回頭を床に叩きつけると、意識が朦朧とし大人しくなるロッシュの母。父と同様、涙で顔を濡らし虚な目で辛うじて呼吸をしているだけの肉人形と化していた。
再びロッシュの前で母の頭を彼の方に向け、父の首を裂いたナイフで母の喉の横に刃を突き付ける。チラチラと男はロッシュの反応を伺うが、彼は依然として男の望むような反応を示さない。
もう彼の反応を楽しむのを諦めたのか、男は一人で母の身体をバラしていくことに集中し始める。何という光景だろう、恐怖か驚きか、動けぬ少年の前で、強盗が彼の母親をまるで肉でも解体するかのように捌いていく。
惨劇が繰り広げられている最中とは思えぬほど静かで、にちゃにちゃと肉を切る音と、たまに勢い余って床にナイフが当たる音だけが響き渡る。外からは季節を思わせる虫の声と、風に揺らめく草木の擦れるような音が聞こえる。風流というにはあまりに残酷、あまりに凄惨な光景。彼にはそこからの記憶がなくなっていた。
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それは嘗て、彼から家族と平穏を奪った強盗と同じようなことを、恩人である叔父夫妻に仕掛けた。流石にナイフで捌いたりはしなかったが、夫妻の食事や食器に毒を少しづつ盛って、突発性の病気を装って殺してしまったのだ。
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ロッシュは目の前で家族を殺された時、これが“生き物”の世界なのだと考えていた。人以外の動物や魔物も同じく、弱肉強食の食物連鎖によって世界は成り立っている。彼の両親は強盗よりも弱かった。だから全てを奪われ蹂躙され、まだ少年であった彼に凄惨な現場を見せつけるといった行動まで許してしまった。
彼は世界の形を知り、奪われる弱者から奪う強者になろうと心に誓った。そしてあろうことか、最初に権利や敷地、資産を奪ったのが恩人の親族であったのだ。
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