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強かで醜悪な男
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その怒りの矛先は、言うまでもなく挑発をしたシルヴィに向けられる。まるで刃を突き立てられているかのように鋭い視線をシルヴィに送るロッシュ。ギリギリと怒りを堪える歯軋りが、シンのところにまで聞こえそうなほど、表情を歪める。
向けられる殺意を真正面から睨み返し、シルヴィは口角を上げて、一矢報いたかのように不適に笑う。その表情を見て限界を迎えたのか、ロッシュが手にした短剣を素早く器用に回して逆手持ちすると、シルヴィに向けて振り下ろそうとする。
短剣は確実に獲物を仕留めんとする勢いで急降下する。しかし、その刃先は彼女に突き立てられる一歩手前で止まった。すると、ロッシュの手にする短剣目掛けて、グレイスの鞭が飛んでくる。
男はそれを、反対の腕に巻き付け、自身の方へグッと引き寄せる。予期せぬ行動に、バランスを崩されたグレイスが大きく前へと引っ張られた。片足を前に出し、踏ん張ろうとするグレイス。しかし、その前に出した足が床に触れようとしたところ目掛けて、ロッシュは短剣を投擲していた。
このまま足を着けば、強力な麻痺効果のある毒が塗られた刃の餌食になってしまう。だが、グレイスは慌てる事なく、そのまま大きく宙を舞い、敢えてロッシュの引っ張る方向へ飛ぶことによって、飛んで来た短剣をやり過ごす。見事着地を決めたグレイスは、再びロッシュとの引っ張り合いへと興じる。
「驚いたねぇ・・・。てっきり取り乱してシルヴィを狙うと思ったんだけど・・・。どうやら一筋縄ではいかないようだねぇ」
グレイスの言う通り、シンはロッシュが怒りに身を任せ、シルヴィへトドメを刺すものだとばかり思っていた。それ程怒りという感情は、我を忘れさせ重要なことを投げ出してでも鬱憤をぶつけようとしてしまうものだ。
しかし、このロッシュという男は何処までも強かだった。この後に及んで自身の感情をも利用し、相手を罠にかけようとしていたのだ。シンはグラン・ヴァーグの町で聞いたロッシュについての噂の実態を、漸くここで垣間見た。
極悪非道にして、頭も切れる強かな男ロッシュ。他の優勝候補達であるエイヴリーやキング、ハオランにチン・シー、そしてロロネーといった面々が特に強烈であったため印象が薄くなっていたが、彼らに引けを取らない実力者達であることに変わりない。
それどころか注目を集めていない分、彼らの方が情報が少なく、表立って動けない行動がし易いだろう。それ故彼らを頼る者達がいるのだ。グレイスにはチン・シーが、ロッシュにはロロねーが。
表で派手に動き回る者、裏で暗躍する者。どの世界にも、どの時代にも、どの国にもそういったものはある。それはシン達のいる現実世界にも存在し、何処にでもあるものなのだ。
誰かが誰かを貶める為に、表ではいい顔をし、裏で目論み画策し、根回しをする。自分にとって邪魔な者、目障りな者、日常を脅かす者を淘汰するのは、人間の様に心を持つ生き物だけにみられる特有のもの。それは醜く醜悪で、正しく知恵を得た代償とも云うべき人の罪そのもの。ロッシュはそれを理解した上で、生きているかのような男だった。
「お前こそ大したものだ。よくぞ俺の思惑を読み、あの一撃を躱せたものだな・・・」
そう言うとロッシュは、腕に巻かれた鞭を新たに取り出した短剣で切断する。腕に巻かれた部分は、切断後消滅していった。お互いの機転で、双方の思惑を躱し、仕切り直しといった状態になる。
暫くお互いの出方を伺う二人だが、共に先手を打つのを拒む。痺れを切らし先に動いたのはグレイスの方だった。
リーチを活かした鞭で、変則的な動きを見せるボディ部分で惑わせ、先端のフォールで本命の攻撃を狙う。どんなに先を読もうとしても、手元のちょっとした操作で起動が変わり、如何にロッシュであっても、ただ防いでいるだけではジリ貧になる。
少しでも鞭の攻撃を分散させる為、ロッシュは次々に短剣をグレイスに放つが、使い込んだ機密な手元の操作と、鞭のボディによるしなやかな捌きで、尽くを打ち弾き接近を許さない。
だが、ロッシュの攻撃は未だ直線的。シンやシルヴィの時に見せた奇妙でトリッキーな動きを見せていない。そのことが、シンの中で何故使わないのか疑問であり、不安の元凶でもあった。
すると徐々に、ロッシュの放つ短剣が違う動きを見せ始める。それまでの狙いはグレイスの中心を狙うような軌道だったのだが、少し趣向を凝らせたのか、彼女の腕や足先、頭部といった様々な箇所を狙っているのかのような軌道を見せ始める。
グレイスも、ロッシュの攻撃の変化に気付き、手元の動きを変えて対応する。それでもまだグレイスの攻撃が押しているように伺える。やはり、フォール部分の攻撃とボディでの防御を両立させた、難攻不落の陣を張る。
そして遂に、シンが危惧していたことをロッシュが実行に移す時が来た。
「ッ・・・!」
突然、ロッシュはグレイスから外れるような軌道の攻撃を織り交ぜたのだ。今度の短剣は回転を込めた投擲で、そのままの軌道ではグレイスから遠ざかる一方だと思われた時、その短剣は彼女の方へと吸い寄せられるように曲がって来た。
「ッ・・・!」
手元を振るい、鞭のボディをしならせるがロッシュの放った回転する短剣に当てることが出来ない。この男は、それまでの投擲でグレイスの手の動きと鞭のしなり方を探っていた。
そして、鞭のボディ部分が通らない箇所を見極めると、その軌道を通るようにして投げたのだ。
グレイスは迫り来る短剣を弾けず、ならばと咄嗟に身体を捻らせて避けた。ダンサーのクラス特有の身のこなしで、捌き切れない曲がる投擲を避けて見せたのだ。
更にそれだけではない。彼女の行動はどれも攻守一体。その効果は直ぐに、目に見える形で頭角を表すことになる。
向けられる殺意を真正面から睨み返し、シルヴィは口角を上げて、一矢報いたかのように不適に笑う。その表情を見て限界を迎えたのか、ロッシュが手にした短剣を素早く器用に回して逆手持ちすると、シルヴィに向けて振り下ろそうとする。
短剣は確実に獲物を仕留めんとする勢いで急降下する。しかし、その刃先は彼女に突き立てられる一歩手前で止まった。すると、ロッシュの手にする短剣目掛けて、グレイスの鞭が飛んでくる。
男はそれを、反対の腕に巻き付け、自身の方へグッと引き寄せる。予期せぬ行動に、バランスを崩されたグレイスが大きく前へと引っ張られた。片足を前に出し、踏ん張ろうとするグレイス。しかし、その前に出した足が床に触れようとしたところ目掛けて、ロッシュは短剣を投擲していた。
このまま足を着けば、強力な麻痺効果のある毒が塗られた刃の餌食になってしまう。だが、グレイスは慌てる事なく、そのまま大きく宙を舞い、敢えてロッシュの引っ張る方向へ飛ぶことによって、飛んで来た短剣をやり過ごす。見事着地を決めたグレイスは、再びロッシュとの引っ張り合いへと興じる。
「驚いたねぇ・・・。てっきり取り乱してシルヴィを狙うと思ったんだけど・・・。どうやら一筋縄ではいかないようだねぇ」
グレイスの言う通り、シンはロッシュが怒りに身を任せ、シルヴィへトドメを刺すものだとばかり思っていた。それ程怒りという感情は、我を忘れさせ重要なことを投げ出してでも鬱憤をぶつけようとしてしまうものだ。
しかし、このロッシュという男は何処までも強かだった。この後に及んで自身の感情をも利用し、相手を罠にかけようとしていたのだ。シンはグラン・ヴァーグの町で聞いたロッシュについての噂の実態を、漸くここで垣間見た。
極悪非道にして、頭も切れる強かな男ロッシュ。他の優勝候補達であるエイヴリーやキング、ハオランにチン・シー、そしてロロネーといった面々が特に強烈であったため印象が薄くなっていたが、彼らに引けを取らない実力者達であることに変わりない。
それどころか注目を集めていない分、彼らの方が情報が少なく、表立って動けない行動がし易いだろう。それ故彼らを頼る者達がいるのだ。グレイスにはチン・シーが、ロッシュにはロロねーが。
表で派手に動き回る者、裏で暗躍する者。どの世界にも、どの時代にも、どの国にもそういったものはある。それはシン達のいる現実世界にも存在し、何処にでもあるものなのだ。
誰かが誰かを貶める為に、表ではいい顔をし、裏で目論み画策し、根回しをする。自分にとって邪魔な者、目障りな者、日常を脅かす者を淘汰するのは、人間の様に心を持つ生き物だけにみられる特有のもの。それは醜く醜悪で、正しく知恵を得た代償とも云うべき人の罪そのもの。ロッシュはそれを理解した上で、生きているかのような男だった。
「お前こそ大したものだ。よくぞ俺の思惑を読み、あの一撃を躱せたものだな・・・」
そう言うとロッシュは、腕に巻かれた鞭を新たに取り出した短剣で切断する。腕に巻かれた部分は、切断後消滅していった。お互いの機転で、双方の思惑を躱し、仕切り直しといった状態になる。
暫くお互いの出方を伺う二人だが、共に先手を打つのを拒む。痺れを切らし先に動いたのはグレイスの方だった。
リーチを活かした鞭で、変則的な動きを見せるボディ部分で惑わせ、先端のフォールで本命の攻撃を狙う。どんなに先を読もうとしても、手元のちょっとした操作で起動が変わり、如何にロッシュであっても、ただ防いでいるだけではジリ貧になる。
少しでも鞭の攻撃を分散させる為、ロッシュは次々に短剣をグレイスに放つが、使い込んだ機密な手元の操作と、鞭のボディによるしなやかな捌きで、尽くを打ち弾き接近を許さない。
だが、ロッシュの攻撃は未だ直線的。シンやシルヴィの時に見せた奇妙でトリッキーな動きを見せていない。そのことが、シンの中で何故使わないのか疑問であり、不安の元凶でもあった。
すると徐々に、ロッシュの放つ短剣が違う動きを見せ始める。それまでの狙いはグレイスの中心を狙うような軌道だったのだが、少し趣向を凝らせたのか、彼女の腕や足先、頭部といった様々な箇所を狙っているのかのような軌道を見せ始める。
グレイスも、ロッシュの攻撃の変化に気付き、手元の動きを変えて対応する。それでもまだグレイスの攻撃が押しているように伺える。やはり、フォール部分の攻撃とボディでの防御を両立させた、難攻不落の陣を張る。
そして遂に、シンが危惧していたことをロッシュが実行に移す時が来た。
「ッ・・・!」
突然、ロッシュはグレイスから外れるような軌道の攻撃を織り交ぜたのだ。今度の短剣は回転を込めた投擲で、そのままの軌道ではグレイスから遠ざかる一方だと思われた時、その短剣は彼女の方へと吸い寄せられるように曲がって来た。
「ッ・・・!」
手元を振るい、鞭のボディをしならせるがロッシュの放った回転する短剣に当てることが出来ない。この男は、それまでの投擲でグレイスの手の動きと鞭のしなり方を探っていた。
そして、鞭のボディ部分が通らない箇所を見極めると、その軌道を通るようにして投げたのだ。
グレイスは迫り来る短剣を弾けず、ならばと咄嗟に身体を捻らせて避けた。ダンサーのクラス特有の身のこなしで、捌き切れない曲がる投擲を避けて見せたのだ。
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