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グレイスの戦斧
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命の灯火を燃やし、互いにその戦火をぶつけ合う最前線。咆哮と雄叫びが奏でるハーモニーは猛る心を奮い立たせ、磨き上げられた腕と武器に更なる力を与える。
そこにあるのは華麗な戦略を有した舞台ではなく、古来より生き物が本能で争って来たかのような泥くさくも心が沸き立つ力と力のぶつかり合い。視界に入った敵軍の兵に片っ端から攻撃を仕掛け、獲物を狩り尽くさんとする。
幾度となく鋼や肉を裂いたであろう手斧を次々に持ち替え、切れ味の落ちた物をブーメランのように投擲武器し、新たな手斧を取り出すシルヴィ。そこに男女の力量の差など存在せず、戦いの鬼神に取り憑かれたかのような恐ろしい目つきと返り血を浴びた表情が、相手の闘志を一歩後退させているのが分かる。
鋭く研ぎ澄まされている筈の剣は、彼女の振るう斧の前ではまるで木の枝のように折れていく。最早生半可な防御や装備では、シルヴィの攻撃を受け切ることなど不可能に近い。
「オラオラオラぁぁぁッ!どうしたよ、こんなもんかぁ!?こんなんじゃグレイス海賊団の炎は消せねぇぞッ!!」
彼女の奮戦は仲間を鼓舞し、兵達のボルテージは最高潮を迎える。猛威を振るうシルヴィの周りだけ人が捌け、取り囲むロッシュ軍の兵が二人三人と徒党を組もうと彼女の相手にはなりはしない。
すると、そんな彼女の足元にドサっと突然何かが投げ込まれたかのように飛来する。それはつい先程、グレイスの元で別れたシンの変わり果てた姿だった。
「なッ・・・おいッ!どうした!?」
一瞬、飛来した男の姿に注意を逸らし動揺するシルヴィを見逃さなかったロッシュ軍の兵達。空かさず一斉に彼女を叩こうとするが、シルヴィに余念はない。両手にそれぞれ持った手斧の柄をぶつけ合い鎖で繋ぐと、棍棒を身体の周りで振り回すかのように回転させ、相手を一蹴する。
急ぎ負傷したシンを担ぎ、一時後退するとグレイス軍の制圧範囲内である船の端に彼を下ろし、寄りかからせる。致命的な負傷は負っていない。だが、拷問でも受けたかのように身体のあちこちを痛めつけられようで、直ぐに戦線へ復帰するのは難しい。
「しっかりしろッ!シンッ!何だ、一体何があった・・・?」
衰弱するシンへシルヴィが声をかけていると、時を待たずして戦線で動きがあった。シルヴィの活躍とグレイスのバフにより、ロッシュ軍を圧倒し雄叫びを上げながら士気を高めていたグレイス軍の声が、妙に鎮まっていた。
シルヴィが異変に気づき、自身が戦っていた戦場の方へ視線を送る。そこには他の戦場のように流動的な戦況とは打って変わり、まるでその一ヶ所だけ別の空間かのように兵達が静まり返り、足を止めていた。
森の木々のように立ち並び、先の見えない戦況が奥の方から徐々に開拓されていくように床に倒れるグレイス軍の兵達。開かれた先に姿を現したのは、敵軍の総大将であり、シンをこのような状態へと追いやった張本人。
堂々と護衛を連れることもなく、他を圧倒するプレッシャーを放ち、グレイス軍の包囲網を蹴散らす非道の海賊、ロッシュの姿だった。
「野郎・・・漸く姿を現しやがったか・・・」
意を決し、ロッシュへ斬りかかるグレイス軍の者による攻撃を難なく躱し、鋭い一撃を打ち込んでいくことによって、戦力と戦意を削ぎ、男の周りから人を遠ざけていく。
シンをその場に残し、ロッシュの元へ向かおうと立ち上がるシルヴィの腕を力なく掴み、餞別だと言わんばかりに身をもって体験したロッシュの戦いをアドバイスするシン。
「ロッシュは武器に毒を仕込んでる・・・。短剣の回転率を活かした手数が厄介だ・・・。そして一番気をつけなければならないのは、奴の身体から這い出てくる光・・・」
「光・・・?」
シンとの戦いで見せた、ロッシュの身体から現れる光。それによりロッシュ自身の視野や聴覚が拡張され、同じ場所に隠れて留まることを許さない。自動型なのか設置がたなのか、光は壁や天井、床などを這うように移動し獲物を探し回る、まるで猟犬のような働きをする。
「仕組みは分からないが・・・奴の強さの秘密であることは間違いない・・・はず・・・」
腕を掴むシンの手をそっと握ると、彼の胸へと優しく戻すシルヴィ。後のことは任せて傷を癒せと言い残し、彼女は中央で他を近寄らせない無類の強さを振り撒くロッシュの元へと向かって行った。
「おうおうッ!大将が自ら出向いて来るたぁ、随分と余裕あるじゃねぇか」
「グレイスの戦斧か・・・名を何と言ったか・・・」
勤勉に相手のことを調べるロッシュが、グレイスの懐刀でもあるシルヴィのことを知らない筈がない。それなのにこの男は、白々しく名前も知らない無名の将だといった、挑発の態度をとっている。
「知らねぇってかぁ?そんじゃぁ嫌でも思い出しちまうくらい、その身体に叩き込んでやるよ、クソ野郎がッ!」
ロッシュの言うグレイスの戦斧の名に恥じない手斧捌きを見せ、シルヴィの向かう道を開けるように掃ける船員達の間を、ロッシュ目掛けて走り抜けていく。
そこにあるのは華麗な戦略を有した舞台ではなく、古来より生き物が本能で争って来たかのような泥くさくも心が沸き立つ力と力のぶつかり合い。視界に入った敵軍の兵に片っ端から攻撃を仕掛け、獲物を狩り尽くさんとする。
幾度となく鋼や肉を裂いたであろう手斧を次々に持ち替え、切れ味の落ちた物をブーメランのように投擲武器し、新たな手斧を取り出すシルヴィ。そこに男女の力量の差など存在せず、戦いの鬼神に取り憑かれたかのような恐ろしい目つきと返り血を浴びた表情が、相手の闘志を一歩後退させているのが分かる。
鋭く研ぎ澄まされている筈の剣は、彼女の振るう斧の前ではまるで木の枝のように折れていく。最早生半可な防御や装備では、シルヴィの攻撃を受け切ることなど不可能に近い。
「オラオラオラぁぁぁッ!どうしたよ、こんなもんかぁ!?こんなんじゃグレイス海賊団の炎は消せねぇぞッ!!」
彼女の奮戦は仲間を鼓舞し、兵達のボルテージは最高潮を迎える。猛威を振るうシルヴィの周りだけ人が捌け、取り囲むロッシュ軍の兵が二人三人と徒党を組もうと彼女の相手にはなりはしない。
すると、そんな彼女の足元にドサっと突然何かが投げ込まれたかのように飛来する。それはつい先程、グレイスの元で別れたシンの変わり果てた姿だった。
「なッ・・・おいッ!どうした!?」
一瞬、飛来した男の姿に注意を逸らし動揺するシルヴィを見逃さなかったロッシュ軍の兵達。空かさず一斉に彼女を叩こうとするが、シルヴィに余念はない。両手にそれぞれ持った手斧の柄をぶつけ合い鎖で繋ぐと、棍棒を身体の周りで振り回すかのように回転させ、相手を一蹴する。
急ぎ負傷したシンを担ぎ、一時後退するとグレイス軍の制圧範囲内である船の端に彼を下ろし、寄りかからせる。致命的な負傷は負っていない。だが、拷問でも受けたかのように身体のあちこちを痛めつけられようで、直ぐに戦線へ復帰するのは難しい。
「しっかりしろッ!シンッ!何だ、一体何があった・・・?」
衰弱するシンへシルヴィが声をかけていると、時を待たずして戦線で動きがあった。シルヴィの活躍とグレイスのバフにより、ロッシュ軍を圧倒し雄叫びを上げながら士気を高めていたグレイス軍の声が、妙に鎮まっていた。
シルヴィが異変に気づき、自身が戦っていた戦場の方へ視線を送る。そこには他の戦場のように流動的な戦況とは打って変わり、まるでその一ヶ所だけ別の空間かのように兵達が静まり返り、足を止めていた。
森の木々のように立ち並び、先の見えない戦況が奥の方から徐々に開拓されていくように床に倒れるグレイス軍の兵達。開かれた先に姿を現したのは、敵軍の総大将であり、シンをこのような状態へと追いやった張本人。
堂々と護衛を連れることもなく、他を圧倒するプレッシャーを放ち、グレイス軍の包囲網を蹴散らす非道の海賊、ロッシュの姿だった。
「野郎・・・漸く姿を現しやがったか・・・」
意を決し、ロッシュへ斬りかかるグレイス軍の者による攻撃を難なく躱し、鋭い一撃を打ち込んでいくことによって、戦力と戦意を削ぎ、男の周りから人を遠ざけていく。
シンをその場に残し、ロッシュの元へ向かおうと立ち上がるシルヴィの腕を力なく掴み、餞別だと言わんばかりに身をもって体験したロッシュの戦いをアドバイスするシン。
「ロッシュは武器に毒を仕込んでる・・・。短剣の回転率を活かした手数が厄介だ・・・。そして一番気をつけなければならないのは、奴の身体から這い出てくる光・・・」
「光・・・?」
シンとの戦いで見せた、ロッシュの身体から現れる光。それによりロッシュ自身の視野や聴覚が拡張され、同じ場所に隠れて留まることを許さない。自動型なのか設置がたなのか、光は壁や天井、床などを這うように移動し獲物を探し回る、まるで猟犬のような働きをする。
「仕組みは分からないが・・・奴の強さの秘密であることは間違いない・・・はず・・・」
腕を掴むシンの手をそっと握ると、彼の胸へと優しく戻すシルヴィ。後のことは任せて傷を癒せと言い残し、彼女は中央で他を近寄らせない無類の強さを振り撒くロッシュの元へと向かって行った。
「おうおうッ!大将が自ら出向いて来るたぁ、随分と余裕あるじゃねぇか」
「グレイスの戦斧か・・・名を何と言ったか・・・」
勤勉に相手のことを調べるロッシュが、グレイスの懐刀でもあるシルヴィのことを知らない筈がない。それなのにこの男は、白々しく名前も知らない無名の将だといった、挑発の態度をとっている。
「知らねぇってかぁ?そんじゃぁ嫌でも思い出しちまうくらい、その身体に叩き込んでやるよ、クソ野郎がッ!」
ロッシュの言うグレイスの戦斧の名に恥じない手斧捌きを見せ、シルヴィの向かう道を開けるように掃ける船員達の間を、ロッシュ目掛けて走り抜けていく。
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