World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
239 / 1,646

グレイスの戦斧

しおりを挟む
 命の灯火を燃やし、互いにその戦火をぶつけ合う最前線。咆哮と雄叫びが奏でるハーモニーは猛る心を奮い立たせ、磨き上げられた腕と武器に更なる力を与える。

 そこにあるのは華麗な戦略を有した舞台ではなく、古来より生き物が本能で争って来たかのような泥くさくも心が沸き立つ力と力のぶつかり合い。視界に入った敵軍の兵に片っ端から攻撃を仕掛け、獲物を狩り尽くさんとする。

 幾度となく鋼や肉を裂いたであろう手斧を次々に持ち替え、切れ味の落ちた物をブーメランのように投擲武器し、新たな手斧を取り出すシルヴィ。そこに男女の力量の差など存在せず、戦いの鬼神に取り憑かれたかのような恐ろしい目つきと返り血を浴びた表情が、相手の闘志を一歩後退させているのが分かる。

 鋭く研ぎ澄まされている筈の剣は、彼女の振るう斧の前ではまるで木の枝のように折れていく。最早生半可な防御や装備では、シルヴィの攻撃を受け切ることなど不可能に近い。

 「オラオラオラぁぁぁッ!どうしたよ、こんなもんかぁ!?こんなんじゃグレイス海賊団の炎は消せねぇぞッ!!」

 彼女の奮戦は仲間を鼓舞し、兵達のボルテージは最高潮を迎える。猛威を振るうシルヴィの周りだけ人が捌け、取り囲むロッシュ軍の兵が二人三人と徒党を組もうと彼女の相手にはなりはしない。

 すると、そんな彼女の足元にドサっと突然何かが投げ込まれたかのように飛来する。それはつい先程、グレイスの元で別れたシンの変わり果てた姿だった。

 「なッ・・・おいッ!どうした!?」

 一瞬、飛来した男の姿に注意を逸らし動揺するシルヴィを見逃さなかったロッシュ軍の兵達。空かさず一斉に彼女を叩こうとするが、シルヴィに余念はない。両手にそれぞれ持った手斧の柄をぶつけ合い鎖で繋ぐと、棍棒を身体の周りで振り回すかのように回転させ、相手を一蹴する。

 急ぎ負傷したシンを担ぎ、一時後退するとグレイス軍の制圧範囲内である船の端に彼を下ろし、寄りかからせる。致命的な負傷は負っていない。だが、拷問でも受けたかのように身体のあちこちを痛めつけられようで、直ぐに戦線へ復帰するのは難しい。

 「しっかりしろッ!シンッ!何だ、一体何があった・・・?」

 衰弱するシンへシルヴィが声をかけていると、時を待たずして戦線で動きがあった。シルヴィの活躍とグレイスのバフにより、ロッシュ軍を圧倒し雄叫びを上げながら士気を高めていたグレイス軍の声が、妙に鎮まっていた。

 シルヴィが異変に気づき、自身が戦っていた戦場の方へ視線を送る。そこには他の戦場のように流動的な戦況とは打って変わり、まるでその一ヶ所だけ別の空間かのように兵達が静まり返り、足を止めていた。

 森の木々のように立ち並び、先の見えない戦況が奥の方から徐々に開拓されていくように床に倒れるグレイス軍の兵達。開かれた先に姿を現したのは、敵軍の総大将であり、シンをこのような状態へと追いやった張本人。

 堂々と護衛を連れることもなく、他を圧倒するプレッシャーを放ち、グレイス軍の包囲網を蹴散らす非道の海賊、ロッシュの姿だった。

 「野郎・・・漸く姿を現しやがったか・・・」

 意を決し、ロッシュへ斬りかかるグレイス軍の者による攻撃を難なく躱し、鋭い一撃を打ち込んでいくことによって、戦力と戦意を削ぎ、男の周りから人を遠ざけていく。

 シンをその場に残し、ロッシュの元へ向かおうと立ち上がるシルヴィの腕を力なく掴み、餞別だと言わんばかりに身をもって体験したロッシュの戦いをアドバイスするシン。

 「ロッシュは武器に毒を仕込んでる・・・。短剣の回転率を活かした手数が厄介だ・・・。そして一番気をつけなければならないのは、奴の身体から這い出てくる光・・・」

 「光・・・?」

 シンとの戦いで見せた、ロッシュの身体から現れる光。それによりロッシュ自身の視野や聴覚が拡張され、同じ場所に隠れて留まることを許さない。自動型なのか設置がたなのか、光は壁や天井、床などを這うように移動し獲物を探し回る、まるで猟犬のような働きをする。

 「仕組みは分からないが・・・奴の強さの秘密であることは間違いない・・・はず・・・」

 腕を掴むシンの手をそっと握ると、彼の胸へと優しく戻すシルヴィ。後のことは任せて傷を癒せと言い残し、彼女は中央で他を近寄らせない無類の強さを振り撒くロッシュの元へと向かって行った。

 「おうおうッ!大将が自ら出向いて来るたぁ、随分と余裕あるじゃねぇか」

 「グレイスの戦斧か・・・名を何と言ったか・・・」

 勤勉に相手のことを調べるロッシュが、グレイスの懐刀でもあるシルヴィのことを知らない筈がない。それなのにこの男は、白々しく名前も知らない無名の将だといった、挑発の態度をとっている。

 「知らねぇってかぁ?そんじゃぁ嫌でも思い出しちまうくらい、その身体に叩き込んでやるよ、クソ野郎がッ!」

 ロッシュの言うグレイスの戦斧の名に恥じない手斧捌きを見せ、シルヴィの向かう道を開けるように掃ける船員達の間を、ロッシュ目掛けて走り抜けていく。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

処理中です...