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神代 コウ

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選定された命

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 シルヴィの放った鎖は、甲板に立つ者に当たりグルグルと巻きついていき、その両端に括り付けた手斧を手繰り寄せる。何者かを掴んでいた甲板の男は、鎖の拘束によりその手を離すと、迫り来る手斧の軌道をズラす為に身体を捻る。

 手斧はその者の身体に刃を突き立てて動きをとめるも、致命打にはならなかった。



 ヴォルテルの手を逃れ床に落とされたルシアンは、悲痛な呻き声を上げながらゆっくりと甲板の上でもがき苦しんでいる。うつ伏せの状態で腹を抱えるようにしながらのたうち、最早腕に力が入らないのか足で賢明に床を蹴り、まるで芋虫のような動きでヴォルテルから距離を開けようとしている。

 鎖に拘束されたままのヴォルテルが、そんな見るに耐えないルシアンの悲壮な姿を見下していると、ルシアンは何かを隠すようにして、身体の下に薄っすらと光を反射させる物を仕舞い込んだ。

 この後に及んで何か出来る訳でもあるまい。瀕死の彼を見れば通常ならそう思うところではあるが、今までの小細工があったことを考えると確認しない訳にはいかない。

 ヴォルテルは哀れみにも似た目でルシアンを蹴ると、仰向けになった彼の懐から彼の十八番武器であるシェイカーが、ゴトっと床に転がり落ちた。それが何かをする為にルシアンが取り出した物なのか、しまってあった物がただ転がり落ちただけなのかは分からない。

 だが、こんな物で今の戦況が覆せるのかと言ったら、とてもそうは思えない。やはり思い過ごしだったのかと、ヴォルテルは援軍に来るシルヴィ達を尻目に、彼にトドメを刺そうと歩み寄る。

 声の小さくなる彼を眺め、意識を取り戻させるようにして数回彼の身体を蹴りつける。すると何度目かの蹴りで、喉に痞えていた血を咳と共に吹き出して、呼吸することに全力を尽くす勢いで意識を取り戻す。

 荒い呼吸で命を繋ぎながら、見えているのか分からないような目で、側に立つヴォルテルの表情を伺う。ヴォルテルに焼かれていた時点で息絶えていれば、床に落とされたされた時点で諦めていれば、これ以上苦しい最後を迎えずに済んだのかもしれない。

 それでもグレイスの為、助けに来てくれたシルヴィの為、死力を尽くして戦ったエリクの為にも、意識がある限り、身体が少しでも動く限り諦めるという選択肢を選ぶ訳にはいかなかった。そして彼のその意志が、現世に繋ぎ止める為、どんなに痛め付けられようとルシアンの身体を奮い立たせていた。

 「残念だったな・・・。折角お仲間が助けに来てくれたってのによぉ・・・。悪りぃが到着を待ってやるほど、俺ぁお人好しじゃないんでね・・・今、終わらせてやるよ」

 男は仰向けで倒れるルシアンの喉を踏みつける。このまま力を一気に加えて脊髄を粉砕しようとした時、彼の口がゆっくりと何かを言いたげに動こうとしていた。

 「・・・な・・・かった・・・」

 死際の相手が残そうとしている遺言が気になったのか、喉に乗せた足を緩めると彼の言葉に耳を傾ける。少し力を込めれば息の根を止められるという圧倒的有利な状況で気が緩んだのか、完全に魔が差したヴォルテル。

 「・・・あぁ?」

 「私一人では到底・・・到達出来る最後ではなかった・・・」

 やっと絞り出した言葉がそれかと、遺言にしては些か不自然に思う言葉に、もう少しだけ付き合ってやろうという気になったのか、いつまで喋れるかは分からない彼の戯言を聞き入るヴォルテル。

 「そうだな・・・テメェだけだったらスキルを使うまでもねぇ」

 「私はただ・・・鎧を剥がそうとしただけだった。それを貴方が・・・大きくした・・・」

 彼が何を言っているのか分からない。だが、これだけはハッキリと理解した。これは彼の残す最後の遺言ではない。死際に人が語ることなど、たかが知れている。それまで歩んで来た人生の感想や後悔といったものが殆どだろう。

 しかし、ルシアンの口から語られる言葉は過去の事ではあれど、未来を諦めていない希望のある言葉だ。死のタイムリミットが迫る者の口にする言葉ではない。ヴォルテルの中で、僅かばかりの胸騒ぎがした。

 気になってしまったが最後。脳裏にチラつく不安を確かめずにしてはおけない。トドメならいつでも刺せると、男は彼に不安の元凶を突き止める為のヒントを聞き出そうとする。

 「俺が大きくした・・・?何の話だ・・・」

 「貴方の魔法で、気温が急激に変化した・・・。後は、風を送るだけでよかった」

 ヴォルテルの魔法で周囲の気温が急激に変化していたことは事実。冷気で凍らせ、炎を放ち彼を炙った。そこでヴォルテルはあることに気がつく。それまで船の上ということであまり気にも止めていなかったが、風が下から上に向かって吹いているのだ。

 それも急激にではなく、緩やかに吹いていたため、海上での現象の一部としか認識していなかったが、その風を起こしているのが、先ほどルシアンの身体から転げ落ちたシェイカーだったのだ。

 「こッ・・・これは・・・?」

 大きくした、風が上に向かって吹いている。男は思わず上空を見上げる。するとそこには天ほどではない、だいぶ近しいところに灰色よりも黒に近い、モクモクとした雲の塊が出来ていたのだ。

 黒々とした雲がイメージさせるものとは、夏場の天気によくある雨や雷といったものだろう。そしてヴォルテルの頭上にあった雲にも同じ特徴が見られ、所々ピカピカと稲光が伺える。

 だが、これが何だというのだとルシアンに視線を戻すと、彼は更にヴォルテルから離れるため、もがいていた。頭上の雲に気を取られ、いつの間にか彼から足を離してしまっていた。それでもこの程度の距離なら数歩で追いつける。

 何ら戦況に変わりないと、たかをくくる男の脳裏にあることが思い浮かぶ。今正に、自身を縛り付けている鎖、そしてその両端にある手斧。今にも雷が鳴り出しそうな黒い雲から連想したこと。

 「まッ・・・まさかッ!そんな馬鹿なことッ・・・!!」

 急いで身体に力を入れると、縛り付けている鎖を引き千切ろうと、急ぎ尽力するヴォルテル。そして慌て出す男から、少しでも離れようと身体を引きずるルシアンは、男の脳裏に浮かんだであろうことを口にいた。

 「条件の整ったところへのシルヴィの投擲は・・・、正に天啓ッ・・・。さて、果たして生身で耐えられるのものでしょうかッ・・・!」

 ジャラジャラと鎖を外そうと暴れるヴォルテルに向かって、頭上の黒雲で蓄積された稲光が光を潜めた刹那、雷鳴と共に光の主柱がヴォルテルに降り注いだ。
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