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朱染の戦斧将
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ローブの男を乗せたボードは、先程までロッシュとの戦闘を繰り広げていた海賊船の前方へ向けて駆け抜けて行く。グレイス軍二隻に対しロッシュ軍は三隻で迎え撃つ筈だったが、このローブの男の出現により船長ロッシュを乗せた本船を置いて行く形になった。
これにより何が起こったか。グレイス軍のルシアンを乗せた船は戦線を離れ、ヴォルテルと戦闘中。シルヴィは迫り来るロッシュ軍の船に乗り込み、グレイスの復活まで三隻の足止め加えロッシュとの戦闘を強いられるところであったが、彼女の負担は大幅に軽減された。
それでも敵船二隻を引き止めなければならないのは至難の技。最前線で大軍と戦うシルヴィはダンサーのクラスによる、素早くしなやかな動きと海賊バイキングの力強さを合わせた豪快な戦い方で、次々にロッシュ軍の船員を片付けていくが、その圧倒的な数を前に避けきれぬ攻撃が徐々に増えてくる。
負傷は負の連鎖を呼び、彼女の持ち味であるスピードはゆっくりと失われていき、一撃の元複数の敵を薙ぎ倒していたパワーは、攻撃を捌きながら相手を個別に倒していく他ない程弱体化していった。
近接の相手をしていれば、遠距離からの銃弾や投擲が。遠距離攻撃に意識を割けば、近接の者達の刃が彼女の血肉を裂いた。どれ程一人の将が強かろうが、多勢に無勢の戦況では消耗戦に持ち込まれ、減らしても減らしても現れる敵戦力に終わりの見えぬ戦闘に心めでもすり減らされていく。
「クソがッ・・・!俺だけ何も成せず倒れるなんて、許されねぇんだよ・・・」
勇猛果敢に乗り込んできたシルヴィに始めは怖気ずき、全体の士気を大きく下げられていたが、彼女の消耗を見るにつれ勢いはロッシュ軍に流れていく。
「攻撃が通じるようになってきている・・・!もうすぐだッ!奴は疲弊している、個の力で及ばぬなら数で押し潰せッ!」
全身を蝕む痛みに耐え、震える足に鞭を打ち、滴る血を拭う彼女を取り囲み、付かず離れずの距離で牽制しつつ、確実に遠距離からの攻撃を命中させ消耗させる。
一隻分の兵力は減らしただろうか。甲板に転がる死体や船の損壊が、彼女の奮闘を物語っている。これだけ数を減らしたとあらば、グレイス一人で覆せぬ戦況ではない。だがそれは、ロッシュという将がいなければの話。後ろに控えるもう一隻に確実に乗り合わせているであろうその男との戦いに、少しでも勝機を手繰り寄せるため無茶をしてきた。
しかし、彼女の奮闘したいという思いとは裏腹に、身体は限界を迎えようとしていた。狙ったところに手斧が投擲出来ない、敵の攻撃を防ごうと武器を構えるが距離感や角度が合わず食らってしまう。
ジリジリと追い詰められ、甲板の手すりに背中を寄りかからせる。後ろを振り返れば、そこには荒々しく水しぶきを上げる海と、落ちた船の残骸が割れる高さがある。宛ら岬の先端、崖に追いやられて海を覗いたような断崖絶壁の景色でも見ているかのようだった。
剣をシルヴィに向け、その距離を詰めてくるロッシュ軍の兵達。無数の刃でこの身が引き裂かれようと、最期まで闘志は捨てない。震える腕で手斧を構えると、ロッシュ軍の兵達は一斉に斬りかかってきた。
すると、彼女のもたれ掛かっていた手すりが透明になったかのようにシルヴィの身体を通過し、彼女は海へと投げ出されていった。驚いた様子で上から落ちていくシルヴィの行く末を見つめる兵達。
無論、一番驚いているのはシルヴィ自身だった。寄り掛かって壊れるような、傷んだ木造の手すりではなく、鉄製の冷たくて硬いしっかりした造りであったことは、彼女がその背中で確かめている。
だが、最早彼女にはそんな事はどうでもよかった。疲労の余り思考が働かない。船の上で殺されずに済んだ喜びや、落ちてどうなるかといったその後のことを考える余裕もない。ただ、成るように成るという時の流れに身を任せていた。
彼女の身体は海面に打ち付けられることなく、何者かによってキャッチされた。その者はフードを深く被ったローブの姿をしており、そのまま彼女を抱え素早く動く機動性のある乗り物で、グレイスのいる船の方角へ向かっていく。
「・・・アンタ・・・何者・・・だ?」
するとローブの男は、少しだけ彼女の方へ首を動かすと、再び正面へ向き直り、簡潔に事情を話した。
「大丈夫、グレイスの元へ向かっている。もう大丈夫だ・・・。アンタ達に手を貸しに来た。グレイスは俺達にいろいろと良くしてくれた・・・。例えレースのライバルであろうと、友好的でありたいんだ・・・」
男の言葉を聞き安心したのか、それ以上何を口にするでもなくシルヴィは目を閉じた。
これにより何が起こったか。グレイス軍のルシアンを乗せた船は戦線を離れ、ヴォルテルと戦闘中。シルヴィは迫り来るロッシュ軍の船に乗り込み、グレイスの復活まで三隻の足止め加えロッシュとの戦闘を強いられるところであったが、彼女の負担は大幅に軽減された。
それでも敵船二隻を引き止めなければならないのは至難の技。最前線で大軍と戦うシルヴィはダンサーのクラスによる、素早くしなやかな動きと海賊バイキングの力強さを合わせた豪快な戦い方で、次々にロッシュ軍の船員を片付けていくが、その圧倒的な数を前に避けきれぬ攻撃が徐々に増えてくる。
負傷は負の連鎖を呼び、彼女の持ち味であるスピードはゆっくりと失われていき、一撃の元複数の敵を薙ぎ倒していたパワーは、攻撃を捌きながら相手を個別に倒していく他ない程弱体化していった。
近接の相手をしていれば、遠距離からの銃弾や投擲が。遠距離攻撃に意識を割けば、近接の者達の刃が彼女の血肉を裂いた。どれ程一人の将が強かろうが、多勢に無勢の戦況では消耗戦に持ち込まれ、減らしても減らしても現れる敵戦力に終わりの見えぬ戦闘に心めでもすり減らされていく。
「クソがッ・・・!俺だけ何も成せず倒れるなんて、許されねぇんだよ・・・」
勇猛果敢に乗り込んできたシルヴィに始めは怖気ずき、全体の士気を大きく下げられていたが、彼女の消耗を見るにつれ勢いはロッシュ軍に流れていく。
「攻撃が通じるようになってきている・・・!もうすぐだッ!奴は疲弊している、個の力で及ばぬなら数で押し潰せッ!」
全身を蝕む痛みに耐え、震える足に鞭を打ち、滴る血を拭う彼女を取り囲み、付かず離れずの距離で牽制しつつ、確実に遠距離からの攻撃を命中させ消耗させる。
一隻分の兵力は減らしただろうか。甲板に転がる死体や船の損壊が、彼女の奮闘を物語っている。これだけ数を減らしたとあらば、グレイス一人で覆せぬ戦況ではない。だがそれは、ロッシュという将がいなければの話。後ろに控えるもう一隻に確実に乗り合わせているであろうその男との戦いに、少しでも勝機を手繰り寄せるため無茶をしてきた。
しかし、彼女の奮闘したいという思いとは裏腹に、身体は限界を迎えようとしていた。狙ったところに手斧が投擲出来ない、敵の攻撃を防ごうと武器を構えるが距離感や角度が合わず食らってしまう。
ジリジリと追い詰められ、甲板の手すりに背中を寄りかからせる。後ろを振り返れば、そこには荒々しく水しぶきを上げる海と、落ちた船の残骸が割れる高さがある。宛ら岬の先端、崖に追いやられて海を覗いたような断崖絶壁の景色でも見ているかのようだった。
剣をシルヴィに向け、その距離を詰めてくるロッシュ軍の兵達。無数の刃でこの身が引き裂かれようと、最期まで闘志は捨てない。震える腕で手斧を構えると、ロッシュ軍の兵達は一斉に斬りかかってきた。
すると、彼女のもたれ掛かっていた手すりが透明になったかのようにシルヴィの身体を通過し、彼女は海へと投げ出されていった。驚いた様子で上から落ちていくシルヴィの行く末を見つめる兵達。
無論、一番驚いているのはシルヴィ自身だった。寄り掛かって壊れるような、傷んだ木造の手すりではなく、鉄製の冷たくて硬いしっかりした造りであったことは、彼女がその背中で確かめている。
だが、最早彼女にはそんな事はどうでもよかった。疲労の余り思考が働かない。船の上で殺されずに済んだ喜びや、落ちてどうなるかといったその後のことを考える余裕もない。ただ、成るように成るという時の流れに身を任せていた。
彼女の身体は海面に打ち付けられることなく、何者かによってキャッチされた。その者はフードを深く被ったローブの姿をしており、そのまま彼女を抱え素早く動く機動性のある乗り物で、グレイスのいる船の方角へ向かっていく。
「・・・アンタ・・・何者・・・だ?」
するとローブの男は、少しだけ彼女の方へ首を動かすと、再び正面へ向き直り、簡潔に事情を話した。
「大丈夫、グレイスの元へ向かっている。もう大丈夫だ・・・。アンタ達に手を貸しに来た。グレイスは俺達にいろいろと良くしてくれた・・・。例えレースのライバルであろうと、友好的でありたいんだ・・・」
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