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実験と成果
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刃先から伝わってきたのは、これ以上突き刺すことが出来ないという固い感触と、手に残るビリビリとした衝撃だった。それはロッシュの期待した、肉を裂き骨に当たるような刃に伝わる感触では無かった。
「・・・何をした?」
彼は、ローブを纏いフードを深く被るその者に問いかけた。何故なら、彼にはその者を手にした短剣で貫く自信があったからだ。投げナイフの軌道や飛び散った血液、そして何より彼の光がその者の反応を示していた。
数センチのズレこそあれど、全く当たらないなど想定の範囲外の出来事に他ならない。それだけ自身のスキルと腕前と経験を、信じていた。完璧な条件を揃えておきながら捉えることが出来なかったのは、その者が何かをしたという可能性以外、彼の脳裏にはない。
剣先は依然、ローブの者の首スレスレで遮蔽物に突き立てられている状況にある。有利なのはロッシュに他ならない。僅かに手首を曲げさえすれば、その薄く柔らかい首の肉を裂くなど造作も無いこと。
故に彼を少しでも出し抜いてきたこの者に、自身を脅かした方法、スキルの謎を聞いておきたかった。今後彼を追い詰める者の手段の候補として、自身の爪の甘い部分を知るための知識が欲しかった。
「スキルには、些細で見落としそうになるほど綿密な設定というものが設けられている。使用する範囲や量、威力などによって僅かにクールタイムも変わってくるようだ・・・」
ローブの中から聞こえてきたのは、低い男の声だった。そしてその男が語り出した事に、してやられたというのがロッシュの率直な気持ちだった。
彼がローブの男との戦闘中に、相手の影を使ったスキルのクールタイムについて観察と実験を行っていた最中、またローブの男も自身のスキルについて実験をしていたのだ。
それがローブの男の言う、スキルの使用量とクールタイムの関係性についての実験だ。ロッシュと同じようにスキルを使用しながら、どのくらいの質量を使った影だとクールタイムはどれくらい増減するのかを試し、その実験の成果があったからこそ、今こうして余裕とも取れる態度に出ているのではないか。
「貴様ッ・・・!まさかこの戦闘中にッ!?」
一気に優位である筈の立場を失い、余裕の無くなったロッシュは突き立てた刃を瞬時に横に振り抜く。短剣から伝わる感触は無かったが、その剣先には僅かにローブの男のモノと思われる血が付いていた。
自身の驕り高ぶった甘さから招いた、仕留めきれない一撃に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、玉のような冷や汗をかいていた。ローブの男はフードの部分を僅かに切られるが、動揺する様子もなく微動だにしない。
「アンタの目に映る俺はそこにいたのかい?俺が出来るのは、精々アンタの視界に映る景色に影を落とし込むことぐらいだ。事前に頭の切れる男だと聞いていなければ、こうはならなかった・・・」
ローブの男が瞳をロッシュの方に向ける。すると、彼の立っている床が抜け、奈落の底へ落ちて行くように影の中へ半身が消えていった。手にしていた短剣を瞬時に離して床にしがみ付くロッシュ。その一瞬の判断が功を奏し、上半身で何とか船に残っている。
そして彼の半身が影を通じ、何処へ繋がっているのか。それはしがみ付く腕を剥ぎ、下へと引きずり込もうとする強い力と、彼の身に付けた衣類を侵食し重みを与え、体力と体温を奪う感覚で直ぐに分かった。
「ぉッ・・・!ぉぉぉおおおおおッ!!貴様ッ!!」
ロッシュの半身は影を通じ、海面へと投げ出されていたのだ。一掃のこと海の中であれば少しはマシだったかもしれない。だがこのローブの男は知ってか知らずか、大きな波を立て、打ち付ける衝撃も加わるより厳しい状況へ彼を陥れていた。
このままでは海へ投げ出される。流石に海の真ん中で浮く物もなく放置されれば命に関ることは必至だろう。ロッシュは直ぐに光を船中へ送り込み、船を止めるため力を注ぐ。
「ふ・・・船を止めろぉぉぉッ!今すぐにッ!!」
彼の叫び声と共に、船は大きな音を立てながら徐々にその速度を落としていく。船に乗り合わせていた船員達は何が起きたか分からず、慌ただしく船内を走り回り出したような足音が聞こえて来る。しかし、舵を切ろうとエンジンをかけ直そうと、一切の船の操縦が不可能になっていた。
彼のとった行動と、船の減速を確認したローブの男は静かに立ち上がると、その場を離れようと手で床を押し、足を引ずるように別の影へ向かおうとする。当然ロッシュは無言で男を見送るはずもなく、男が何処へ行くのか、何が目的なのか。自身が海から脱し、船内に戻ってその男に一泡吹かせられれば何でもいいと、引き止めるため定型文のような決まり文句を吐く。
「何処へ行くッ!?貴様の目的は何だッ!?」
「・・・足止めだ。彼女に・・・グレイスに会うための時間を稼げればそれでいい・・・」
ロッシュは、床に倒れ下半身を引きずるようにして移動するローブの男を目で追っていた。ふと、男の座っていた場所に目をやると、大きな血溜まりが出来ているのが視界に入る。
何故このままトドメを刺さなかったのか疑問であったが、どうやらローブの男もロッシュの攻撃を受けたことで負傷し、それだけの力が残っていなかったようだ。だが、そんな身体で何処へ行こうというのだろうかと彼は思う。船が止まり、影から脱すれば必ず探し出され、始末されることは目に見えている筈。
ローブの男は這いずる先にある影に到着すると、暗闇の中へとその姿を消していった。ロッシュを引き摺り込む影の穴は依然消える事なく効果を持続し、それは船が止まりロッシュが船内に這い上がり終えるまで残り続けた。
やっとの思いで影を脱したロッシュの耳に、何かが海に落ちるような音と小型船を走らせるようなモーター音が聞こえてくる。彼は急ぎ立ち上がると、ふらふらの足に鞭を打ちながら部屋を出て廊下の窓を覗く。
すると、そこには一台のボードに身を乗せた何者かの姿があった。スピードを上げ離れて行くその者は、間違いなくロッシュと戦っていたローブの男。身体を引きずる程の重傷を負っていたように見えたが、既に立ち上がれるまでに回復していたようだった。
「・・・何をした?」
彼は、ローブを纏いフードを深く被るその者に問いかけた。何故なら、彼にはその者を手にした短剣で貫く自信があったからだ。投げナイフの軌道や飛び散った血液、そして何より彼の光がその者の反応を示していた。
数センチのズレこそあれど、全く当たらないなど想定の範囲外の出来事に他ならない。それだけ自身のスキルと腕前と経験を、信じていた。完璧な条件を揃えておきながら捉えることが出来なかったのは、その者が何かをしたという可能性以外、彼の脳裏にはない。
剣先は依然、ローブの者の首スレスレで遮蔽物に突き立てられている状況にある。有利なのはロッシュに他ならない。僅かに手首を曲げさえすれば、その薄く柔らかい首の肉を裂くなど造作も無いこと。
故に彼を少しでも出し抜いてきたこの者に、自身を脅かした方法、スキルの謎を聞いておきたかった。今後彼を追い詰める者の手段の候補として、自身の爪の甘い部分を知るための知識が欲しかった。
「スキルには、些細で見落としそうになるほど綿密な設定というものが設けられている。使用する範囲や量、威力などによって僅かにクールタイムも変わってくるようだ・・・」
ローブの中から聞こえてきたのは、低い男の声だった。そしてその男が語り出した事に、してやられたというのがロッシュの率直な気持ちだった。
彼がローブの男との戦闘中に、相手の影を使ったスキルのクールタイムについて観察と実験を行っていた最中、またローブの男も自身のスキルについて実験をしていたのだ。
それがローブの男の言う、スキルの使用量とクールタイムの関係性についての実験だ。ロッシュと同じようにスキルを使用しながら、どのくらいの質量を使った影だとクールタイムはどれくらい増減するのかを試し、その実験の成果があったからこそ、今こうして余裕とも取れる態度に出ているのではないか。
「貴様ッ・・・!まさかこの戦闘中にッ!?」
一気に優位である筈の立場を失い、余裕の無くなったロッシュは突き立てた刃を瞬時に横に振り抜く。短剣から伝わる感触は無かったが、その剣先には僅かにローブの男のモノと思われる血が付いていた。
自身の驕り高ぶった甘さから招いた、仕留めきれない一撃に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、玉のような冷や汗をかいていた。ローブの男はフードの部分を僅かに切られるが、動揺する様子もなく微動だにしない。
「アンタの目に映る俺はそこにいたのかい?俺が出来るのは、精々アンタの視界に映る景色に影を落とし込むことぐらいだ。事前に頭の切れる男だと聞いていなければ、こうはならなかった・・・」
ローブの男が瞳をロッシュの方に向ける。すると、彼の立っている床が抜け、奈落の底へ落ちて行くように影の中へ半身が消えていった。手にしていた短剣を瞬時に離して床にしがみ付くロッシュ。その一瞬の判断が功を奏し、上半身で何とか船に残っている。
そして彼の半身が影を通じ、何処へ繋がっているのか。それはしがみ付く腕を剥ぎ、下へと引きずり込もうとする強い力と、彼の身に付けた衣類を侵食し重みを与え、体力と体温を奪う感覚で直ぐに分かった。
「ぉッ・・・!ぉぉぉおおおおおッ!!貴様ッ!!」
ロッシュの半身は影を通じ、海面へと投げ出されていたのだ。一掃のこと海の中であれば少しはマシだったかもしれない。だがこのローブの男は知ってか知らずか、大きな波を立て、打ち付ける衝撃も加わるより厳しい状況へ彼を陥れていた。
このままでは海へ投げ出される。流石に海の真ん中で浮く物もなく放置されれば命に関ることは必至だろう。ロッシュは直ぐに光を船中へ送り込み、船を止めるため力を注ぐ。
「ふ・・・船を止めろぉぉぉッ!今すぐにッ!!」
彼の叫び声と共に、船は大きな音を立てながら徐々にその速度を落としていく。船に乗り合わせていた船員達は何が起きたか分からず、慌ただしく船内を走り回り出したような足音が聞こえて来る。しかし、舵を切ろうとエンジンをかけ直そうと、一切の船の操縦が不可能になっていた。
彼のとった行動と、船の減速を確認したローブの男は静かに立ち上がると、その場を離れようと手で床を押し、足を引ずるように別の影へ向かおうとする。当然ロッシュは無言で男を見送るはずもなく、男が何処へ行くのか、何が目的なのか。自身が海から脱し、船内に戻ってその男に一泡吹かせられれば何でもいいと、引き止めるため定型文のような決まり文句を吐く。
「何処へ行くッ!?貴様の目的は何だッ!?」
「・・・足止めだ。彼女に・・・グレイスに会うための時間を稼げればそれでいい・・・」
ロッシュは、床に倒れ下半身を引きずるようにして移動するローブの男を目で追っていた。ふと、男の座っていた場所に目をやると、大きな血溜まりが出来ているのが視界に入る。
何故このままトドメを刺さなかったのか疑問であったが、どうやらローブの男もロッシュの攻撃を受けたことで負傷し、それだけの力が残っていなかったようだ。だが、そんな身体で何処へ行こうというのだろうかと彼は思う。船が止まり、影から脱すれば必ず探し出され、始末されることは目に見えている筈。
ローブの男は這いずる先にある影に到着すると、暗闇の中へとその姿を消していった。ロッシュを引き摺り込む影の穴は依然消える事なく効果を持続し、それは船が止まりロッシュが船内に這い上がり終えるまで残り続けた。
やっとの思いで影を脱したロッシュの耳に、何かが海に落ちるような音と小型船を走らせるようなモーター音が聞こえてくる。彼は急ぎ立ち上がると、ふらふらの足に鞭を打ちながら部屋を出て廊下の窓を覗く。
すると、そこには一台のボードに身を乗せた何者かの姿があった。スピードを上げ離れて行くその者は、間違いなくロッシュと戦っていたローブの男。身体を引きずる程の重傷を負っていたように見えたが、既に立ち上がれるまでに回復していたようだった。
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