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変わらぬ心で
しおりを挟む事態の急変に伴い、二人の別れは慌ただしいものとなってしまった。グレイスは戦闘中の仲間の救援に向かう為、ハオランはチン・シーの前に予定通り現れたロロネーを挟撃する為に、それぞれの居るべき場所へ向かう。
「ハオラン!すまないが話はここまでだッ!アタシは仲間の救援に向かわせてもらうよ。ロッシュに聞かなきゃならない事もあるからね・・・」
「わかりました、私もあの方の元に戻りロロネーの挟撃に向かいます。・・・貴方達だけで大丈夫ですか・・・?」
グレイスの思惑通り、ただ何も知らず転移させられただけならまだいい。だが、ハオランの嫌な予感が当たっているのならば、ロロネーがロッシュに何か伝えている可能性がある。有利に運ぶと思っていた戦況が、自分の知らないところで不利な状況に陥ろうとしていることを知ると、人は動揺するものだ。ハオランは彼女にもそれが訪れるのではないかと心配していたのだ。
「どうだろうねぇ・・・当初の予定とは大分変わっちまったが、やるしかないさね!アイツらもアタシを信頼してついて来てくれてるんだ・・・。それに応えてみせなきゃね!」
不安な気持ちを掻き消すかのような笑顔を見せて、彼女は自分の船へと戻っていった。何故だかは分からないが、ハオランにはその時の彼女の背中がいつもよりも小さく感じた。それでも彼には彼のやるべきことがある。
彼はグレイスと別れると、何故かシン達のいる船へと向かってきた。砂浜を歩き、船のデッキから彼の様子を見ていたシン達に声をかける。
「すみませんが、あの方のいるところの近くまで船をお借りしたいのですが・・・」
「あぁ、構わないよ」
直ぐに返事を返したのはミアだった。元より何か考えがあった様子の彼女だが、何故ハオランに船を貸すのだろうか。彼にもツバキから譲り受けたボードがある筈。それなのに何故わざわざシン達の船に乗せてもらう必要があるのか。
ミアの快い返答に感謝の意を見せるハオランが船へと入って来ると、ツクヨが彼女の思惑について小声で尋ねる。
「どうしてだい?彼にだって乗り物はあるだろ?まさか・・・これで恩を着せようと・・・?」
「いや、この程度の恩では些か図々しい内容だろう。出来れば彼について行き、チン・シーとやらの力になることが叶えば、ツバキの回復も頼めるかもしれない。それにツバキのあのボードは、使用者のスキルに応じて特殊な行動が出来ることから、魔力やスキルを生み出すエネルギーを使ったエンジンを使っているのだろう。ツバキもガスエンジンの他に、特製のエンジンを使っていると言っていた」
つまりツバキの作ったボードは、ガスエンジンというガスを動力に動かすことと、使用者の何らかのエネルギーを動力に変え動かす、二通りのエンジンで動かせるということだ。そして動力は無尽蔵に沸いてくるものではなく、動けば消費される一方だ。機体が小さければ、それだけ蓄積できる動力は少なくなることだろう。
シン達はその現場を見たり聞いたりしたわけではないが、恐らくウィリアムの工房でツバキがハオランに自作のボードを渡す時、その事を伝えている筈だ。
要するにハオランは、動力の節約をするためにシン達の船に乗せてもらおうというのだ。これから戦地に赴くのならば、ツバキのボードの機動力は必ず必要になる。大事な時にガス欠など起こせないのはもっともな事だろう。
三人は話を終え得ると、彼と合流するため船内へと入っていった。目的地までの案内と、それまでの道中の戦闘にはハオランも手を貸してくれると申し出てくれ、心強い味方を得たシン達一行。重大な戦力である彼に操縦をさせる訳にはいかないので、三人の中から誰が操縦するか話し合おうという時に、ふと気になったことをシンが彼に尋ねる。
「グレイスとは一体何を話していたんだ?・・・別れの挨拶にしては長かったように見えたが・・・」
「えぇ、何処から話したものか・・・」
何もせずここで止まるのも時間の無駄になると、ツクヨは率先して操縦席へと向かってくれ船を出発させた。その間彼は、グレイスやシュユー達と行った作戦の成果や、グレイスの目的、この島に集う船団の正体など、順を追って説明してくれた。
そしてハオランが疑義の念を抱いたロロネーの不穏な点、グレイスとの別れ際に入った報告のことなどを聞き、三人もハオランと同じ心境になる。
「・・・それって・・・、グレイスは大丈夫なのか!?ロッシュは頭の切れる奴だと聞いたぞ・・・。このままじゃグレイスがッ!」
「私が言える義理ではありませんが、これはグレイスさんの問題です。ここは彼女に任せて、船を進めて頂きたい・・ ・」
「アタシもハオランに賛成だ。まず第一に考えなければならないのはツバキの事だ。彼無くしてアタシらに勝機はない。それに目的の物も手に入らなくなるぞ・・・。そうなればどうなってしまうか・・・」
「ミアの言う事も最もだが・・・だがッ!彼女が危険なら私は助けたいッ!私は・・・シンの気持ちと同じだ・・・」
一行の意見が割れる。ハオランの先を急ぎたい気持ちは勿論のこと、ミアの意見は現状をよく理解しており、現実を見ている。グレイスを助けたい気持ちはミアにも勿論あるだろう。だが、レースを勝ち抜く為にも目的の物を手に入れる為にもツバキは欠かせない存在だ。それに恩を売るなら、彼の回復を行える部隊のいるハオランを優先するべきだ。
グレイスはシン達にとって友好的であり、とても良い人物であることは間違いない。しかし彼女の部隊に回復を行える者がいるという確証を、シン達は得ていない。不確かな情報よりも、確かな情報を重要視するのは当然のことだ。
「わかった・・・。俺が残るッ・・・」
沈黙を破り、口を開いたのはシンだった。
「ハオランッ!目的地の座標をマップに記してくれ!それから、ボードを一台借りて行く・・・。やっぱり俺にはグレイスを残して行くことは出来ない・・・。事が済んだら直ぐに追いつくから・・・行かせてくれないか?ミア・・・」
真剣な眼差しでシンを見るミア。すると彼女は大きな息を吐いた後、シンの変わらぬ志に安心したのか、ホッとした優しい表情で笑った。
「アンタならそう言うと思ったよ・・・少し安心した」
「安心?」
黙って頷いた彼女は、船内に格納されていたボードを取り出し、シンの出発の準備を始めた。
「ハオラン、アンタの望み通り船は目的地に向かう。シンのマップにその位置を記してやってくれ。ツクヨとアタシでハオランを無事チン・シーの元へ送り届ける。シンはグレイスに手を貸してやってくれ。用が済んだら目的地で合流しよう。皆、それでいいな?」
「了解ッ!」
「了解です』
ボードを持ち、甲板へと向かうシンとミア。ハオランは船内に残り、ツクヨに方角の指示とツバキの容態を診ていた。見送ってくれたミアにシンが感謝すると、彼女は黙って首を横に振り、ボードに乗って海上に降りるシンを見送った。
「シンッ!恩恵というものは、どういった形で帰ってくるか分からないものだ!グレイスを助ける選択をしたキミの決断を信じてる。必ず無事に追いついてこいよ!待っててやるからなッ!」
「ありがとうッ!ミアッ!」
大きく手を振りながら離れて行く船を背に、シンはロッシュ海賊団と戦闘を繰り広げるグレイスの元へと向かっていった。
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