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ヘンリー・エイヴリー
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レース当日、天気は晴れ。所々に小さな雲こそあれど大荒れを予感させるような天気ではない。だが、海の天気は変わりやすいと聞く。油断は出来ない。海の素人が突然の天候の変化で何が出来るかなど、知れたことかも知れないが心構えだけは持っておきたい。
ウィリアムの工房は、レースがあろうがなかろうが平常運転で営業しているようで、早朝から金属を打ち付けるような音がお馴染みのように、耳に届いて来る。最初にここへ来た頃は騒々しく思えていたこの音が、今では心地よいものとなってきているほどだ。すっかり工場の空気に慣れ親しんできたといってもいいのだろうか。
彼ら三人にとってお世話になったウィリアムに、一言もかけずにレースに出るというのは少し心苦しいものがある。だがきっとレースが始まればモニターでその様子を見られてしまうことだろう。ツバキがウィリアムにどやされてしまうのではないかと心配になる。
後ろめたさを感じながらも、一行はツバキの工房へと向かう。既に誰よりも先に起きていたツバキは船に乗り込んでおり、何やら甲板の上で物思いに耽っているように立ち尽くしている。
彼にも思うところがあるのだろう。男手ひとつで育ててくれたウィリアム、造船技術やエンジニアとしての技術を誰よりも側で見てきたツバキ。そして、このような形ではあるが、その恩師から学び得たものを漸く披露する時が来たのだ。失敗は許されない。不毛な結果を残してしまえば、それこそウィリアムに合わせる顔がなくなる。もしかしたら彼は、良くない結果となった場合、そのまま姿を眩ましてしまうのではないだろうか。
立ち尽くすその背中からは、レースに挑む勢いよりも、不安や緊張、そして寂しさのようなものも感じ取れる。そこで立ち止まっているわけにもいかず、三人はその近寄り難い空気の中へと足を運ぶ。すると、甲板の上から工房にいる彼らの耳に聞こえるか聞こえないかというような小さな声が、ふと聞こえてきたのだ。
「・・・余計な事しやがって・・・」
その声の主人が発した言葉は、それだけで捉えれば怒りや苛立ちの時に使われるものだが、人の発する言葉とは面白いものだ。その時の言葉の発し方や感情で、同じ言葉でも意味が全く違ってくる。
少年の声は震えていた。それはまるで少年の行いを全て分かった上で、愛情で包み込み、周りの者の手を離れ自らの足で歩もうとしている少年を、送り出すかのような意味で使われた言葉であることが、それを聞いた三人全員が直ぐに理解できた。
それを共有するかのように顔を見合わせると、三人は温かい表情で彼の待つ船へと乗り込んでいった。船の揺れで彼らの搭乗を感じ取ると、少年は急いで腕の裾で顔を擦り、いつもの憎たらしい口調で彼らを迎え入れた。
いつもの様子で船を動かし、練習場へのルートを辿るツバキの船は、ウィリアムの工房から見えない位置にまでくると、そこから迂回してレース会場へと向かう。そして彼らの出発を、ツバキの工房から見送る一人の男の影あった。男は彼らの船が完全に見えなくなると、壁に設置されたスイッチを押し、シャッターを下ろした。
我が子の出発を見送る事なく、その日の自分に与えられた仕事に集中するウィリアム。日頃ツバキに言っている仕事への心構えを崩すことないその姿勢から、彼が根っからの職人肌であることを思い知らされる。
ツバキの工房から、彼らの出発を見送った男がやって来る。ウィリアムの工房には普段は見ない、数十人の者達が訪れていた。彼らは仕上げられる船を見上げながら、一人の大男の側を囲うように立っている。そして、ツバキの工房からやって来た男もその集いに合流し、大男に船の様子を伺う。
「どうですかい?船の仕上がりは・・・。例の素材を使ったことによって、更に旦那の力を活かせるようになってますよ。・・・早く試してみたくて、うずうずしてんじゃないスか?」
男は、旦那と呼ぶ大男の表情を伺うように覗き込む。大男は顔を動かさないまま瞳だけを動かし、男の方を一度見ると、再び船の方へと視線を運ぶ。
「そうだな・・・。試せるような相手がいれば良いんだがな」
「キングやチン・シーでは役不足ですかい?」
「アイツらか・・・、厄介ではあるがこいつを使った全力をぶつける程の相手じゃぁねぇな・・・。まぁ見せ場はいつものポイントになるだろうよ」
「今回はどんな奴ですかねぇ・・・。見掛け倒しじゃなけりゃ良いんですが・・・」
男達がそんな会話をしている中、作業を終えたウィリアムが彼らの見上げる船から降りて来た。すると、ツバキ達を見送った男が、今度はウィリアムに話を振る。
「見送んなくて良かったのかい?ウィリアムの旦那。あんな事までしておいて・・・」
「初めに振ってきたのはお前さんじゃろうが。・・・そろそろ頃合いかも知れねぇ、そう思ってるところに丁度アンタが話を持ってきた。初めっからそのつもりで来やがったな?マクシム」
ツバキの工房から彼らを見送り、ウィリアムの仕上げていた船を見上げる男達の中で、一際目立つ大男と会話をしていた人物、それはエイヴリー海賊団の幹部の一人であるマクシムだった。
そしてその工房に集まっていた者達こそ、エイヴリー海賊団であり、中心にいた大男こそ、このレースに出る者や海賊であるならその名を知らぬ者はいないとまで言わしめる大物、“ヘンリー・エイヴリー”その人なのである。
ウィリアムの工房は、レースがあろうがなかろうが平常運転で営業しているようで、早朝から金属を打ち付けるような音がお馴染みのように、耳に届いて来る。最初にここへ来た頃は騒々しく思えていたこの音が、今では心地よいものとなってきているほどだ。すっかり工場の空気に慣れ親しんできたといってもいいのだろうか。
彼ら三人にとってお世話になったウィリアムに、一言もかけずにレースに出るというのは少し心苦しいものがある。だがきっとレースが始まればモニターでその様子を見られてしまうことだろう。ツバキがウィリアムにどやされてしまうのではないかと心配になる。
後ろめたさを感じながらも、一行はツバキの工房へと向かう。既に誰よりも先に起きていたツバキは船に乗り込んでおり、何やら甲板の上で物思いに耽っているように立ち尽くしている。
彼にも思うところがあるのだろう。男手ひとつで育ててくれたウィリアム、造船技術やエンジニアとしての技術を誰よりも側で見てきたツバキ。そして、このような形ではあるが、その恩師から学び得たものを漸く披露する時が来たのだ。失敗は許されない。不毛な結果を残してしまえば、それこそウィリアムに合わせる顔がなくなる。もしかしたら彼は、良くない結果となった場合、そのまま姿を眩ましてしまうのではないだろうか。
立ち尽くすその背中からは、レースに挑む勢いよりも、不安や緊張、そして寂しさのようなものも感じ取れる。そこで立ち止まっているわけにもいかず、三人はその近寄り難い空気の中へと足を運ぶ。すると、甲板の上から工房にいる彼らの耳に聞こえるか聞こえないかというような小さな声が、ふと聞こえてきたのだ。
「・・・余計な事しやがって・・・」
その声の主人が発した言葉は、それだけで捉えれば怒りや苛立ちの時に使われるものだが、人の発する言葉とは面白いものだ。その時の言葉の発し方や感情で、同じ言葉でも意味が全く違ってくる。
少年の声は震えていた。それはまるで少年の行いを全て分かった上で、愛情で包み込み、周りの者の手を離れ自らの足で歩もうとしている少年を、送り出すかのような意味で使われた言葉であることが、それを聞いた三人全員が直ぐに理解できた。
それを共有するかのように顔を見合わせると、三人は温かい表情で彼の待つ船へと乗り込んでいった。船の揺れで彼らの搭乗を感じ取ると、少年は急いで腕の裾で顔を擦り、いつもの憎たらしい口調で彼らを迎え入れた。
いつもの様子で船を動かし、練習場へのルートを辿るツバキの船は、ウィリアムの工房から見えない位置にまでくると、そこから迂回してレース会場へと向かう。そして彼らの出発を、ツバキの工房から見送る一人の男の影あった。男は彼らの船が完全に見えなくなると、壁に設置されたスイッチを押し、シャッターを下ろした。
我が子の出発を見送る事なく、その日の自分に与えられた仕事に集中するウィリアム。日頃ツバキに言っている仕事への心構えを崩すことないその姿勢から、彼が根っからの職人肌であることを思い知らされる。
ツバキの工房から、彼らの出発を見送った男がやって来る。ウィリアムの工房には普段は見ない、数十人の者達が訪れていた。彼らは仕上げられる船を見上げながら、一人の大男の側を囲うように立っている。そして、ツバキの工房からやって来た男もその集いに合流し、大男に船の様子を伺う。
「どうですかい?船の仕上がりは・・・。例の素材を使ったことによって、更に旦那の力を活かせるようになってますよ。・・・早く試してみたくて、うずうずしてんじゃないスか?」
男は、旦那と呼ぶ大男の表情を伺うように覗き込む。大男は顔を動かさないまま瞳だけを動かし、男の方を一度見ると、再び船の方へと視線を運ぶ。
「そうだな・・・。試せるような相手がいれば良いんだがな」
「キングやチン・シーでは役不足ですかい?」
「アイツらか・・・、厄介ではあるがこいつを使った全力をぶつける程の相手じゃぁねぇな・・・。まぁ見せ場はいつものポイントになるだろうよ」
「今回はどんな奴ですかねぇ・・・。見掛け倒しじゃなけりゃ良いんですが・・・」
男達がそんな会話をしている中、作業を終えたウィリアムが彼らの見上げる船から降りて来た。すると、ツバキ達を見送った男が、今度はウィリアムに話を振る。
「見送んなくて良かったのかい?ウィリアムの旦那。あんな事までしておいて・・・」
「初めに振ってきたのはお前さんじゃろうが。・・・そろそろ頃合いかも知れねぇ、そう思ってるところに丁度アンタが話を持ってきた。初めっからそのつもりで来やがったな?マクシム」
ツバキの工房から彼らを見送り、ウィリアムの仕上げていた船を見上げる男達の中で、一際目立つ大男と会話をしていた人物、それはエイヴリー海賊団の幹部の一人であるマクシムだった。
そしてその工房に集まっていた者達こそ、エイヴリー海賊団であり、中心にいた大男こそ、このレースに出る者や海賊であるならその名を知らぬ者はいないとまで言わしめる大物、“ヘンリー・エイヴリー”その人なのである。
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