World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
180 / 1,646

ヘンリー・エイヴリー

しおりを挟む
 レース当日、天気は晴れ。所々に小さな雲こそあれど大荒れを予感させるような天気ではない。だが、海の天気は変わりやすいと聞く。油断は出来ない。海の素人が突然の天候の変化で何が出来るかなど、知れたことかも知れないが心構えだけは持っておきたい。

 ウィリアムの工房は、レースがあろうがなかろうが平常運転で営業しているようで、早朝から金属を打ち付けるような音がお馴染みのように、耳に届いて来る。最初にここへ来た頃は騒々しく思えていたこの音が、今では心地よいものとなってきているほどだ。すっかり工場の空気に慣れ親しんできたといってもいいのだろうか。

 彼ら三人にとってお世話になったウィリアムに、一言もかけずにレースに出るというのは少し心苦しいものがある。だがきっとレースが始まればモニターでその様子を見られてしまうことだろう。ツバキがウィリアムにどやされてしまうのではないかと心配になる。

 後ろめたさを感じながらも、一行はツバキの工房へと向かう。既に誰よりも先に起きていたツバキは船に乗り込んでおり、何やら甲板の上で物思いに耽っているように立ち尽くしている。

 彼にも思うところがあるのだろう。男手ひとつで育ててくれたウィリアム、造船技術やエンジニアとしての技術を誰よりも側で見てきたツバキ。そして、このような形ではあるが、その恩師から学び得たものを漸く披露する時が来たのだ。失敗は許されない。不毛な結果を残してしまえば、それこそウィリアムに合わせる顔がなくなる。もしかしたら彼は、良くない結果となった場合、そのまま姿を眩ましてしまうのではないだろうか。

 立ち尽くすその背中からは、レースに挑む勢いよりも、不安や緊張、そして寂しさのようなものも感じ取れる。そこで立ち止まっているわけにもいかず、三人はその近寄り難い空気の中へと足を運ぶ。すると、甲板の上から工房にいる彼らの耳に聞こえるか聞こえないかというような小さな声が、ふと聞こえてきたのだ。

 「・・・余計な事しやがって・・・」

 その声の主人が発した言葉は、それだけで捉えれば怒りや苛立ちの時に使われるものだが、人の発する言葉とは面白いものだ。その時の言葉の発し方や感情で、同じ言葉でも意味が全く違ってくる。

 少年の声は震えていた。それはまるで少年の行いを全て分かった上で、愛情で包み込み、周りの者の手を離れ自らの足で歩もうとしている少年を、送り出すかのような意味で使われた言葉であることが、それを聞いた三人全員が直ぐに理解できた。

 それを共有するかのように顔を見合わせると、三人は温かい表情で彼の待つ船へと乗り込んでいった。船の揺れで彼らの搭乗を感じ取ると、少年は急いで腕の裾で顔を擦り、いつもの憎たらしい口調で彼らを迎え入れた。

 いつもの様子で船を動かし、練習場へのルートを辿るツバキの船は、ウィリアムの工房から見えない位置にまでくると、そこから迂回してレース会場へと向かう。そして彼らの出発を、ツバキの工房から見送る一人の男の影あった。男は彼らの船が完全に見えなくなると、壁に設置されたスイッチを押し、シャッターを下ろした。

 我が子の出発を見送る事なく、その日の自分に与えられた仕事に集中するウィリアム。日頃ツバキに言っている仕事への心構えを崩すことないその姿勢から、彼が根っからの職人肌であることを思い知らされる。

 ツバキの工房から、彼らの出発を見送った男がやって来る。ウィリアムの工房には普段は見ない、数十人の者達が訪れていた。彼らは仕上げられる船を見上げながら、一人の大男の側を囲うように立っている。そして、ツバキの工房からやって来た男もその集いに合流し、大男に船の様子を伺う。

 「どうですかい?船の仕上がりは・・・。例の素材を使ったことによって、更に旦那の力を活かせるようになってますよ。・・・早く試してみたくて、うずうずしてんじゃないスか?」

 男は、旦那と呼ぶ大男の表情を伺うように覗き込む。大男は顔を動かさないまま瞳だけを動かし、男の方を一度見ると、再び船の方へと視線を運ぶ。

 「そうだな・・・。試せるような相手がいれば良いんだがな」

 「キングやチン・シーでは役不足ですかい?」

 「アイツらか・・・、厄介ではあるがこいつを使った全力をぶつける程の相手じゃぁねぇな・・・。まぁ見せ場はいつものポイントになるだろうよ」

 「今回はどんな奴ですかねぇ・・・。見掛け倒しじゃなけりゃ良いんですが・・・」

 男達がそんな会話をしている中、作業を終えたウィリアムが彼らの見上げる船から降りて来た。すると、ツバキ達を見送った男が、今度はウィリアムに話を振る。

 「見送んなくて良かったのかい?ウィリアムの旦那。あんな事までしておいて・・・」

 「初めに振ってきたのはお前さんじゃろうが。・・・そろそろ頃合いかも知れねぇ、そう思ってるところに丁度アンタが話を持ってきた。初めっからそのつもりで来やがったな?マクシム」

 ツバキの工房から彼らを見送り、ウィリアムの仕上げていた船を見上げる男達の中で、一際目立つ大男と会話をしていた人物、それはエイヴリー海賊団の幹部の一人であるマクシムだった。

 そしてその工房に集まっていた者達こそ、エイヴリー海賊団であり、中心にいた大男こそ、このレースに出る者や海賊であるならその名を知らぬ者はいないとまで言わしめる大物、“ヘンリー・エイヴリー”その人なのである。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

処理中です...