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恐怖の根源
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人は得体の知れないものに恐怖を抱くものだ。それは時代や土地、生命によって千差万別で、中には理解し難いものもあるだろう。その中でも、人類だけが特に脅かされてきた恐怖というものがある。
それは“未知なる存在”、“未知なる概念”への恐怖だ。他の生き物には、そういった恐怖心というものは見られないだろう。動物にある警戒心や、敵対するものに威嚇をするのとは違い、人類だけにある恐怖心。
遥か昔、人は罪を犯し楽園を追放されたという話がある。そこで出てくる“善悪の知識の木”に実る果実、知恵の実、禁断の果実、エデンの果実と様々な呼ばれ方をしているが、その果実を得たことで人は知恵を身につけたと言われている。
人類だけが持つ恐怖とは、その知恵からくるものなのだ。意志があり、知識があり、自我を持つ人類は知恵を得たことで“想像力”を得ることになる。だがこれは良いことばかりではなく、決して切り離すことのできない“恐怖”が付いて回る。
自身の存在やアイデンティティを脅かされることによって、人は恐怖し争いや弾圧を繰り返してきた。それは人の歴史が物語っており、未来永劫抗うことのできない性となる。
これは余談だが、人は共食いというものに嫌悪感や悍ましさといったものを感じることだろう。しかし、この世界にいる生命において最も同族を殺しているのは、他でもない人類だ。知らない、分からないで目を瞑ってひた隠しにしてきた事実であり、他の生き物を差し置いてそれを嫌悪する。違うのだ。人はどの種族よりも多く同種を殺し、知恵を得たのにも関わらず、都合の悪いことは忘れ、また繰り返す。
それは現代においても同じで、その方法はより巧妙に、より効率的になってきている。だが、それに罪悪感など最早感じることはない。それが日常になり“普通のこと”となって染み付いてしまっているのだから。
自分達の知らざることを知っている、それがシン達の存在を脅かすと想像してしまったからこそ、彼らはその人物に恐怖した。
「異世界って・・ ・現実の世界のことか・・・?」
「アタシに聞くな!・・・だが、この世界の他に別の・・・アタシ達の世界が存在していることは事実・・・。奴の発言はここではない別の世界を知っているからこそ、公にあんなことを言えたんじゃないか?」
確定した事実ではない。しかし、彼らの中ではもう確信になっている。この人物は現実世界のことを知っている。そうじゃなければあんな嘘のような話、誰が信じようか。それを信じるのは、同じく異世界の存在を知る者だけなのだから。
「どうするッ!?俄かには信じ難い話だ。それに異世界というのが私達の世界であるなんて、それこそあり得ない。私達のいた世界、時代、世界線だけがこの世界に繋がっているなんて考えられるかい!?私達がこうやってこっちの世界に来てるんだ・・・、別の世界からだって人が来ていてもおかしくないじゃないか・・・」
ツクヨは冷静に物事を判断していた。そのように見えた。だが彼は冷や汗をかき、声は震えていた。ツクヨの言っていたことは最もなことだった。でもそれは自身に言い聞かせていたことなのかも知れない。そう思うことで“恐怖“から目を逸らそうとしていた。
「そうだ!白獅だッ!彼に聞こう。異世界から俺達の世界に来たという彼なら何か分かるかも知れない!」
シン達の世界に起きている異変、そして別の世界から来訪している者は、WoFのモンスターばかりではない。白獅やアサシンギルドの者達、彼らの内の誰かに転移した方法について知るものがいるかもしれない。だがもしその中に、ポータルを使って転移した者がいたら・・・。
シンは急ぎ左目に宿るテュルプ・オーブを起動し、今彼らが直面していることについて調べてみてもらうことにした。頭の中で文章を練り、メッセージを作るとそれを白獅宛に送る。そこへミアが、彼からの返事が来る前に、自分達の取るべき行動について悟りを開いたかのように言葉を口にした。
「駄目だ・・・。どの道放っておくことは出来ない。この世界の者、ましてシュトラールやロロネーみたいに危険な思想を持った奴や、何かを知る者をアタシらの世界に連れて行くことは出来ない・・・。現実世界で何かあれば、アタシのような不確定な存在に影響が無いとも限らない。最悪、突然消滅することだってあるかもしれない」
折角見つけた居場所が突然崩れ去るかもしれない。ミアは自身の存在を脅かす要因に恐怖を覚えていたのかもしれない。現実で一度全てを失った彼女は、そのトラウマで自身の築き上げてきたものを消失することに、強い嫌悪や恐怖を感じるようになってしまっていた。
これはツクヨも変わらない。人生において何よりも大切であった家族を失い、居るかも分からないWoFという世界で、失った者達に再会するため気持ちの整理もつけないまま消えてなくなるなど、決して望まない。
しかし、それに比べてシンには、彼らほどの恐怖心がなかった。無論、全く恐怖していないわけではない。いつかも分からぬ内に、自分という存在が消えて無くなるなど想像も出来ない。せめて覚悟を持ちたいと思うのは、自然なことだろう。それでも・・・。
シンにあるのは、今を失いたくないとう恐怖だけで、ミアやツクヨほど大切な何かがあったわけではない。シンは現実世界において何も大切なモノに出会うことが出来なかった、中身のない人生、起伏のない薄い過去、彼は正しく“空っぽ”だったのだ。
それは“未知なる存在”、“未知なる概念”への恐怖だ。他の生き物には、そういった恐怖心というものは見られないだろう。動物にある警戒心や、敵対するものに威嚇をするのとは違い、人類だけにある恐怖心。
遥か昔、人は罪を犯し楽園を追放されたという話がある。そこで出てくる“善悪の知識の木”に実る果実、知恵の実、禁断の果実、エデンの果実と様々な呼ばれ方をしているが、その果実を得たことで人は知恵を身につけたと言われている。
人類だけが持つ恐怖とは、その知恵からくるものなのだ。意志があり、知識があり、自我を持つ人類は知恵を得たことで“想像力”を得ることになる。だがこれは良いことばかりではなく、決して切り離すことのできない“恐怖”が付いて回る。
自身の存在やアイデンティティを脅かされることによって、人は恐怖し争いや弾圧を繰り返してきた。それは人の歴史が物語っており、未来永劫抗うことのできない性となる。
これは余談だが、人は共食いというものに嫌悪感や悍ましさといったものを感じることだろう。しかし、この世界にいる生命において最も同族を殺しているのは、他でもない人類だ。知らない、分からないで目を瞑ってひた隠しにしてきた事実であり、他の生き物を差し置いてそれを嫌悪する。違うのだ。人はどの種族よりも多く同種を殺し、知恵を得たのにも関わらず、都合の悪いことは忘れ、また繰り返す。
それは現代においても同じで、その方法はより巧妙に、より効率的になってきている。だが、それに罪悪感など最早感じることはない。それが日常になり“普通のこと”となって染み付いてしまっているのだから。
自分達の知らざることを知っている、それがシン達の存在を脅かすと想像してしまったからこそ、彼らはその人物に恐怖した。
「異世界って・・ ・現実の世界のことか・・・?」
「アタシに聞くな!・・・だが、この世界の他に別の・・・アタシ達の世界が存在していることは事実・・・。奴の発言はここではない別の世界を知っているからこそ、公にあんなことを言えたんじゃないか?」
確定した事実ではない。しかし、彼らの中ではもう確信になっている。この人物は現実世界のことを知っている。そうじゃなければあんな嘘のような話、誰が信じようか。それを信じるのは、同じく異世界の存在を知る者だけなのだから。
「どうするッ!?俄かには信じ難い話だ。それに異世界というのが私達の世界であるなんて、それこそあり得ない。私達のいた世界、時代、世界線だけがこの世界に繋がっているなんて考えられるかい!?私達がこうやってこっちの世界に来てるんだ・・・、別の世界からだって人が来ていてもおかしくないじゃないか・・・」
ツクヨは冷静に物事を判断していた。そのように見えた。だが彼は冷や汗をかき、声は震えていた。ツクヨの言っていたことは最もなことだった。でもそれは自身に言い聞かせていたことなのかも知れない。そう思うことで“恐怖“から目を逸らそうとしていた。
「そうだ!白獅だッ!彼に聞こう。異世界から俺達の世界に来たという彼なら何か分かるかも知れない!」
シン達の世界に起きている異変、そして別の世界から来訪している者は、WoFのモンスターばかりではない。白獅やアサシンギルドの者達、彼らの内の誰かに転移した方法について知るものがいるかもしれない。だがもしその中に、ポータルを使って転移した者がいたら・・・。
シンは急ぎ左目に宿るテュルプ・オーブを起動し、今彼らが直面していることについて調べてみてもらうことにした。頭の中で文章を練り、メッセージを作るとそれを白獅宛に送る。そこへミアが、彼からの返事が来る前に、自分達の取るべき行動について悟りを開いたかのように言葉を口にした。
「駄目だ・・・。どの道放っておくことは出来ない。この世界の者、ましてシュトラールやロロネーみたいに危険な思想を持った奴や、何かを知る者をアタシらの世界に連れて行くことは出来ない・・・。現実世界で何かあれば、アタシのような不確定な存在に影響が無いとも限らない。最悪、突然消滅することだってあるかもしれない」
折角見つけた居場所が突然崩れ去るかもしれない。ミアは自身の存在を脅かす要因に恐怖を覚えていたのかもしれない。現実で一度全てを失った彼女は、そのトラウマで自身の築き上げてきたものを消失することに、強い嫌悪や恐怖を感じるようになってしまっていた。
これはツクヨも変わらない。人生において何よりも大切であった家族を失い、居るかも分からないWoFという世界で、失った者達に再会するため気持ちの整理もつけないまま消えてなくなるなど、決して望まない。
しかし、それに比べてシンには、彼らほどの恐怖心がなかった。無論、全く恐怖していないわけではない。いつかも分からぬ内に、自分という存在が消えて無くなるなど想像も出来ない。せめて覚悟を持ちたいと思うのは、自然なことだろう。それでも・・・。
シンにあるのは、今を失いたくないとう恐怖だけで、ミアやツクヨほど大切な何かがあったわけではない。シンは現実世界において何も大切なモノに出会うことが出来なかった、中身のない人生、起伏のない薄い過去、彼は正しく“空っぽ”だったのだ。
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