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神代 コウ

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苦難を心の糧に

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 彼女がウィリアムに興味があること自体が、彼女がシン達について来ると言い出したことよりも驚きだった。それと言うのも、子供が興味を持つようなものがあっただろうかと言うところにある。造船技師と聞いてどんな子供が喜ぶのか想像できるだろうか。

 乗り物が好きな子供というのはよく聞く話だが、それはあくまで完成した物が動いているところを見るのが好きであったり、形や配色がその子の感性にハマっている場合が殆どだろう。フーファンは製造途中の乗り物を見て楽しむ渋い趣味でもしているのだろうか。

 「フーファンはウィリアムさんのところで、何が見たいんだ?凄く楽しみにしているようだけれど・・・」

 ツクヨが彼女について来る理由を尋ねてみると、彼の造る船の何が良いのかが分からないのかといった具合に、その熱い思いを吐き出された。

 「ウィリアムさんの造る船は、ただの船ではありません!それこそ個人で楽しむためのボートや舟などにしたって様々な遊び心ある工夫が成されているんです!水中を楽しめる船といえば潜水艦が最もポピュラーですよね?でもそれって個人で持つには値段や保管場所、それに手入れの仕方なんか凄く大変だと思うんです。それがなんと!個人や少人数でも楽しめる夢のような・・・」

 今まで口を紡いでいたのが嘘のように、溜まっていた彼女の中の言霊が絶えず宙に舞っていく。あまりの饒舌に、目が点になるとは正にこのようなことだと、教科書に載る例と言わんばかりの見事なツクヨの姿を見て、シュユーがいつ終わるか分からぬフーファンの話に救いの手を差し伸べる。

 「はぁ・・・フーファン、人に自分の好きなものを話す時は短く簡潔にまとめなさい。貴方の好きであるものに、誰もが興味を持つとは限らないのですから。難しいことですが、会話とは相手のことも考えなければなりませんよ?」

 小姑のようにフーファンの悪い癖に説教を始めると彼女は膨れっ面になり、些細な抵抗だが鋭い返しをシュユーに返した。

 「なんですか!これから興味を持って頂けるようなメインディッシュを用意しておいたのに・・・。シュユーさんもシュユーさんですよ!?そんな小難しいことばかり考えているから、人との距離を縮められず難しい人や話しづらい人などと言われちゃうんです。貴方が考えている程、相手は貴方のことを考えてないですよ。もっと感情のままに人と接してみてはいかがですか!?」

 折角助けに来てくれた救いの手がみるみる引っ込んでいくのを、その場にいた誰もが感じていた。そして幼い少女の名刀のように鋭い刃は、シンやミア、そしてツクヨの心にも深く突き抜けていった。

 シンは自身にネガティブな負い目を感じており、人との接触をあまり好んでするような性格ではなかった。行動を起こす前に考えてしまう彼は、話しかければ下に見られるような気がして、なかなか自分から相手に近づくことが出来ず、いつも周りに暗いイメージを持たれがちになることに悩んでいた。

 幼少期は明るく母親思いだったミアは、社会に出て周りとのスタンスの違いに置いて行かれ、自分の立場や居場所を守る為に、媚を売り平気で嘘をつく彼らのやり方に圧倒されてしまう。そしてそれなりに話せていたと思っていた同僚にさえ、裏で悪い噂を流され、取るに足らないと判断すれば平気で蹴落とす、なりふり構わぬ者達の生き方に嫌悪感を抱くのと共に、或る種の恐怖を覚えた。

 そしてそんな世の中に、彼らよりも長く浸かっていたツクヨは自身の個を失い、感情という仮面を被りながら上司や取引先の人々に頭をさげ、自己を持たない会社の道具として生きていた。それが家族の為だと信じて身を削り、最早本当の自分の顔が分からなくなるほど自分を押さえつけ、偽り続けたのだ。

 各々が抱えていた問題は、他者に打ち明けられることもなく、相談することも出来ず、次々に自分の中へと蓄積されていくものなのだろうか。解決策もなく、人はそうやって腐っていくのかもしれない。

 彼らの抱える悩みなど露知らず、フーファンに代わり料理を楽しんでいたグレイスが、思い出してしまった彼らの心にかかる霧を払い、歩みを前へと進めさせてくれた。

 「次の目的は決まったんだろ?明日はウィリアムのところに行ってエイヴリーに話がつかないか聞きに行く、そんでその後に問題の投資をした人物についてセレモニーを観る!だったらそれに備えて今は食おうじゃねぇか。折角の料理が冷めちまうよ!ここはアタシが奢ってやるから、考えるのは全部終わってからにしねぇと前に進めない、そう割り切らなきゃね・・・」

 本当に強い人というのは、シン達が直面してきた問題やそれ以上に想像を絶する苦難を乗り越え、心が研ぎ澄まされた人のことを言うのかもしれない。皆を前向きにさせてくれるグレイスもきっと、抱えきれない悩みや苦しみを忘れることなく自分の糧に変えてきたからこそ心が強いのかもしれない。

 一行は、ただ黙々と残りの料理を平らげていく。明日の目的に備え英気を養い、後ろを振り返ることを止める。いつか受け入れられるようになり、新たな自分の糧になることを願い、時を重ねていくのだと。
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